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その後、麗央が消えた方向を呆然と眺めながら固まっていると


「あれ、もしかして…また麗央と喧嘩でもした?」

「…っ!!」


買い物袋を持ったもう一人の幼なじみの彼方(天使のほう)がにこりと綺麗な微笑みで声をかけてきてくれた。


「…っ、う」

「……う?」

「うああああん、彼方ヘルプミーー!!」


やっぱり素直に麗央からの制裁を待つはずもない俺は即座に駆け寄ることにしたのだ。

「れおがかくかくしかじか…ぐすぐす…」なんて泣いて抱き付いたら「部屋来る?」と天女のような言葉をかけてくれたので彼方の部屋に逃げ込んでしまった。

(逃げたなんて麗央に知られたら、それこそ怒られるんだろうけど)


「下僕の分際で……」なんてぶち切れられる。


相変わらず綺麗に整頓された部屋を見渡して、「彼方らしいなぁ」なんて思う。

俺が女だったら即結婚してる。
嫁に欲しい。

歳が1つ上だからっていうのもあるのかもしれないけど、落ち着いてて、安らぐ雰囲気を纏っている彼方は俺が麗央と喧嘩するといつも慰めてくれた。

優しくて大人びてるのにちょっと抜けたとこがある、そんな彼方が大好きだ。

…というわけで、困ったことがあるといつも頼ってばかりいた。

頼りすぎたからこんなに情けなくなってしまったのは分かってるんだけど、やめられないんだよな…。


………

………………


「そっか。麗央の彼女に手を出しちゃったか」


いや、手は出してないけどな。
お茶を飲みながら「なんやかんやで」と話すと、彼方は相変わらず優しげな表情で笑ってよしよしと頭を撫でてくれた。
優しい彼方、やっぱり天使。


「麗央、滅茶苦茶怒ってたんじゃない?」

「…それはもう」


いやまぁ自分の彼女に手を出されて(向こうが手を出してきたんだけど)怒らない人間は余程できた人だろうと思う。

(お、俺だったら…、どうしただろう)

幼なじみと、自分の恋人の今にもキスしそうなシーンを想像してみる。

……恋人なんていたことあんの?なんてツッコミはなしで。

持っていたコップを持つ手がミシリと鳴った。


「…(嫌だ…)」


「うおおおん。なんて罪深いことをしてしまったんだ俺はぁぁぁ」

と泣きそうになって、床をブルドーザーのごとく回転しまくっていると

「カーペット、元に戻しといてね」と言われたので、皺くちゃになったそれをそそくさと伸ばした。

…なんと地味な作業。


「でも、…」

「ん?」

「……俺は、麗央が怒ってるのって…襟夜の考えてる理由だけじゃないと思うけどな」


ぽつりと小さい声で呟く彼方に「なんか言った?」とシーツの乱れがうまく直らずに若干泣きつつ声をかけると、ううん別に、と返ってきて、訳も分からず首を傾げた。


「もし、麗央が制裁するために部屋に来るんだったら、早く戻らないと。もっと怒られるよ」

「…うん」


(確かに、)

分かってはいる。

でも、だからといって自分から魔窟に行くわけにはいかないんだ…!!


「うえええん彼方助けてくれええ…」


ゾンビのように彼方の足にへばりつくと、彼方は困ったように眉を下げて微笑む。


「それだと、今度は俺が麗央に殺されちゃうからなぁ」


よしよしと頭を撫でられて、一瞬和みそうになった気分を振り払うようにぶんぶん首を振った。

しょぼんと首を垂れる。

やっぱり、頼ってばかりは駄目だよな…。


「…逝ってきます…」


よろよろと立ち上がって、彼方に「ごめん。ありがとう」とお礼を言ってから、玄関に向かう。


「いってらっしゃい」と、行ってか逝ってかわからない言葉を言って、にこやかに微笑んで死刑台に送り出してくれる優しい天使に、ちょっとは引き留めて欲しかったな…なんて涙ぐんだ。


「あ、ちょっと待って」


彼方があ、と何かに気づいたように声を上げたので、振り返る。


「何…?どうかした?」


何かごそごそと鞄を探っている様子を見て、首を傾げた。

すると、楽しそうに笑いながらそれを差し出してきた。


「これ着て行ってみれば?」

「……へ」
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