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体温に、身体に、香りに、包まれる。
硬直している間に、背中の後ろに回された腕の力が増す。
顔を強くその胸板に押し付けられたせいで息が詰まった。
すぽっと顔を上に出しても、お互いの頬同士が擦れ、身体の密着度も増して、その感触に浅い呼吸さえもできなくなりそうになる。
「…っ、っ」
ぶわっと頬が火だるまのように発火する。
全身から滝のように汗が出て、内側からうああああと焦るほどに熱くなった。
肩と腰に回された手に力が込められて、更に現実感を増す抱擁。
ぎゅうううっとこれでもかって程、俺をその腕の中に閉じ込めるように抱きしめられて、ばたばたと起こさない程度に暴れる。そんな抵抗で逃げられるはずもなく、
(…な、なななな…っ)
顔を上げれば、すぐ上に瞼を閉じている…綺麗な顔。
今ならキスしてもばれなさそうだった。
けど、
「の、のの、の...っ、」
残念ながらこっちにはそんな邪な考えさえ思いつく余裕はない。
動揺しすぎて名前を呼ぶことさえできないのに。
頭の中が真っ白になって、はわ、あわわわと顔がトマトの疑似人間になる。
二度目の抱きしめ!!前に野良に抱きしめてもらってから、まさかの二度目の幸運…!!
夢じゃないだろうな、と自分のほっぺーをうぃーと引き伸ばしてみる。
「…っ、痛い。夢、じゃない」
ぎゅう。
野良の体温に、身体に包まれる。
…まさかここまでのラッキーチャンスを狙ってたわけではないから、目のやりばがなかった。
それどころか呼吸の行き場もない。
黒いTシャツを着ている野良の胸元から覗く肌が、肌蹴ている肩が、あああエロい。けしからんぞ!もっとやれ。
といいたいところだけど、官能的過ぎる。
思春期の高校生という純情な心には刺激が強すぎた。
…なんて脳内でひたすらわちゃわちゃしていると、
「…さとう…」
「…っ、」
お、おれ…?!!
まさか起きたのか、と緊張にぴん!と背筋が伸びた。
しかし、それはただの寝言だったらしく、
「…の、ばー…か」
「………」
寝ぼけているせいでいつもより舌足らずな声に、むぎゃー!と心中に生じたむず痒さと歓喜とか悔しさとか諸々な感情で叫びたくなる。
ぐ、くそう…!!!
なんだそれ…!!
なんなんだくそ可愛すぎるだろ……!!
「……」
熱くなる顔を手で覆いながら悶えつつ視線を上にあげると、相変わらず穏やかな表情で規則正しく寝息を立てていた。
しかし嬉しい。
夢でも名前を呼んでもらえることは、最高に嬉しい。
ぬぐぐぐとじたばたしたいぐらいにその余韻に身を悶えさせる。
(…ふふ、野良め。寝言で俺を呼ぶとはなんて罪な男だ。嬉しすぎるじゃないか。)
…なんて、思った直後、
「……――…」
「…っ、」
耳に届いた声…、
その呟かれた『名前』に、ぐちゃっと心臓が潰れる音がした。
上昇した体温が、一気に零度以下になる。
(…それって、さ、)
その可愛らしい名前に、思い当たる節がある。
会ったこともある。
年上の、まさに大人っぽい雰囲気のお姉さんだった。
…寝言で他の女の名前を呼ぶ野良に胸がじくじくと痛んだ。
さっき呼んでもらえたことなんか、頭からふっとぶくらいに。
「…もしかして、その人が好きなの、かな」
どうしてだろう。
こういう時に限って、笑みが浮かぶのは。
沈む気分に、静かに瞼を伏せた。
…野良には好きな人がいる。
男の俺なんかじゃなく、ちゃんと…女で、好きな人がいる。
"…伝えたところで、何も変わらないからだよ"
そう呟いて…あんな辛そうな表情をしてしまうほど、求めている相手。
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