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そのまま数秒して、朝霧が驚くくらいの速度でパッと離れた。
「あ、いや、なんか忘れ物して戻ってきたらいつも警戒心むき出しな音海くんが教室で無防備に寝てたから気になってしかも髪の毛さらさらそうで触ってみたくなってーって、」
「ぎゃああ何自爆してんの私!」と二つ結びの黒髪をゆらしながら、なんだか百面相で言い訳をし始めた。
「違うの違うの怪しいことは考えたけど実際逮捕案件は何もしてないから大丈夫だからってまたこれも自爆してる私??!!」って紅潮している頬をぱたぱた手であおぎながら、ごまかすように笑ってこっちを見て、ぴたりとその動作が止まる。
「…?大丈夫…?」
「何が?」
「…あ、あの、勘違いだったら、ごめんね。泣きそうな顔、してるように見えて…」
「……別に、何もない」
いつもより、歯切れが悪いのは自分でもわかっている。
心配そうにちらちら見てくる朝霧から顔を背け、「…もし、そう見えたとしても夕日のせいだから」とこっちもわけのわからない言い訳を返し、頬杖をついて窓の外を見るふりをした。
「何かあったら、言ってね。私、音海くんが困ってることがあるなら、全力で力になるから!」
「…うん」
こくん、うなずいて小さく「ありがとう」とお礼を言うと、何故か窓のガラス越しにその顔がびっくりしたような表情になったのが見えて戸惑う。
「何、その顔」
「だ、だって、まさか、うんって、ありがとう、って、え、本物?!音海くん本物?!!」
「…失礼だな。オレが偽物に見える?」
さすがに言いたい放題されてむっとしながら振り向くと、きらきらと嬉しそうに目を輝かせていた。
「いや、だっていつも『別に』とか、『関係ないだろ』とかそういうツンツンした猫みたいなことしか言わないのに!」
「………」
ちょっとだけ、普段の他人への無関心さと対応の雑さを反省した。
「…そもそも、猫は話さないだろ」
ここまでこんな些細な一言で感動されると、普段の自分があまりにも非情すぎる態度なんじゃないかとに思えてくる。
「そりゃあ猫は話さないけど、こう…なんか猫っぽさがあるんだよ音海くんは!」
「…なんだそれ」
「うはは、弱ってるっぽい音海くん可愛い―!」
「っ、撫でるな。それにうるさい」
よしよーしと今度は遠慮なく頭をわしゃわしゃしてくる朝霧を睨めば、余計に喜ばれた。なぜだ。
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