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反感を露わにすると、音海がこっちに目を向ける。
「桃井、オレは何をされても良い。けど、さっくんには二度と触れるな」
「…っ、」
刺すような言葉の冷たさに息を呑む。
それに対しての返答も待たず「帰るぞ」と咲人に言い、教室から出ていこうとする。
「さっくんから話を聞いた時、頭がどうにかなるかと思った」
「……え、…」
途中、足を止め、…振り返った音海の重い声に、呆気にとられる。
”咲人から”話を聞いた…?何、何の…?
…傷、の…?
これも作り話…?
どれ、どこまでが、嘘…?
「された本人が怪我まで見せて話をしてるのに、それでも認めようとしない」
「…っ、」
「最低だな。お前」
蔑むように見られ、憤りに、ぐ、と歯を噛みしめた。
「だから、私は何もして、…っ、」
何もしてない。
ほんとに、何もしてないんだってば…!!
私が加害者であると信じて一切疑わずに歩きだしてしまう背に、投げた否定のための言葉。
…その瞬間、
教室を出る直前 こっちに視線を向けた咲人と、目が合う。
今まで皆に見せていた優しい態度でもなく
先程までの無表情や、冷然とした素振りでもなく
「――…」
全てを知っていて、今私が言おうとしたことを妨げるようなタイミング。
酷く綺麗な表情で、しーっと人差し指を口元に当てて微笑む咲人に
…嵌められたんだと、ようやく気付いた。
――――――――――
私の知らない傷。
…仮に、音海が嘘を吐いてないのなら、他の誰かに…?
なら、何故彼は私にされたって言ったのか。
……もしかして
(あれは、)
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