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「最低だ。酷い、最低だ…っ、」


口を開けば詰る言葉がとまらない。
一度緩んだ涙腺は熱くなるばかりで堪えようとしても難しい。

こんなに醜い気持ちばっかりで。

…キスすることをさっくんが受け入れた時の桃井の顔。
想像し、頬を赤らめ、喜悦していた。

あんなの、見たくなかった。

きっと、さっくんとのセックスの時も、あんな顔をしたのかもしれないとか、考えたくないことがぐるぐると脳を占領する。

…取り消せればいいのに。

さっくんとしたこと全部、桃井の記憶から消えればいい。

……嫌だ。
桃井がずっとそれを、その感触を残したまま生きていくなんて、嫌だ。

子どものような癇癪が内から溢れて、外に飛び出そうになる。


「…ばか、」


傷のある場所にもキスマークを付け、噛む。
他人の痕跡を隠すように、噛み痕を付けた。

それ自体痛いのに、更に上から傷を与える。

…けど、新たに痛みを与えられている本人は、それを嫌がることも苦にした様子もない。

ふわり、
蕩けてしまうような甘い笑みを零した彼がオレの頬に触れる。
あまりにも愛おしそうにほっぺをすりすり撫でる仕草をするから、…むぅと拗ねる。


「…なんだよ」


むくれて吐き出した文句に、ふふ、と眩しそうに細められる目。


「嫉妬して俺に構って下さる夏空様が可愛くて可愛くて、壊れてしまいそうな心臓をどうしようかと悩んでいました」

「…っ、あ、う」


怯む。
その顔だけで責めるのをやめてしまおうかと思うほど、弱気になってしまう。

言葉だけじゃなく、本当に幸せだという表情をするさっくんから、「うるさい」と力なく暴言を投げてぷいと顔を背けた。


「香織から俺を守ってくださる夏空様の御姿、とても凛々しくて格好良かったです」

「…っ、」


至極嬉しそうに笑う顔に不服にも見惚れてしまい、頬を熱くする。ぎゅ、と痛む心臓に瞳を伏せる。


「それ、やめろ」

「…?…どれ、のことですか?」

「香織って呼ぶの、禁止」


不機嫌になったオレの言葉にきょとんしたさっくんが、一瞬遅れて…ああ、と納得し、「はい。わかりました」と殊更機嫌良さげに笑ったのを見上げる。


「俺がそう呼ぶの、嫌でしたか?」

「…っ、わざわざ、聞くな」


泣きそうになって眉間に皺が寄る。
見られたくなくてもぞもぞと顔を背けて後ろを向こうとすれば、手で前髪をうえに上げられる。

ふ、と笑みを零す気配と同時に額に唇が触れた。
離れていく吐息に驚いて顔を上げれば、ドキリとするほど優しく細められた目と合う。


「情熱的な口づけをしてくださったのも、嬉しすぎて死んでしまうかと思いました」

「っ、ば!!!」


か、と言いたい声が喉に引っ込んで出ない。

嗚呼、夏空様から人前でキスしていただけるなんて、あの時の俺を奪われまいとしつつも凛とした色っぽい御顔が云々と余計なことを付け足しまくられて「ぅぎゃぁぁあああ…!!」大声を上げてその口を手で塞いだ。

手で口を覆えてもその悪戯っ子みたいに笑う目まで隠せないのがなんとも悔しい。


「…もう、これ以上オレに意地悪するなら、許さないからな」


ふん、と干上がる顔を隠しながら手を離してやる。


「勝手に、キスしようとしやがって」


それもオレの目の前で。

ふざけるな、と詰って泣きたくなる。


「…好きだって言ったオレが…それを見てどう思うか、ちょっとは考えなかったのか」

「っ、」


…少しでも、嫌な気持ちになるって考えてはくれなかったのか。
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