19
というか、それ以上言葉にできなかった。
(…さっき、…桃井を、名前で呼んで、た…?)
「お姫様だっこがいーい」
「…恥ずかしいから、そういうことは人前ではしないと仰っていませんでしたか?」
「いーの!今はいいの!動けないの!」
甘えるのが当然で、…昔からずっとそうだったみたいに、可愛い顔でイヤイヤと首を振り、要求を伝えながら頬を膨らませる桃井。
それに対し、さっくんは特に不満げな表情を浮かべることなく、その会話さえ楽しんでいるようにクス、と零れるような笑みを浮かべている。
「……、」
朝と比べて、予想以上に距離感が縮まっていた。
桃井がため口になってるってだけじゃない。
さっくんも、そうだ。…いつもの『先生』の時とも、『執事』の時とも違う。
……………甘い。
とにかく、言葉にできないくらい…表情が、仕草が、甘ったるい。
「………な、」
“なんだよ、それ“
言いかけた言葉を、飲み込む。
オレの時はいつも、…やれやれ、とか仕方ないなぁみたいな感じだったのに。
……そんなに桃井に頼られるのが嬉しいのか。
(…っ、オレじゃない方が、やっぱりいいんだ、さっくんは、)
子ども染みた感情が、むき出しになりそうだった。
ここまで間近で見せつけられて、心臓が抉られたような酷い気分になる。
(…やばい、)
だめだとわかっているのに、本当に情けないとわかっているのに、涙ぐみそうになる。
幼児みたいに、かんしゃくを起こしてめちゃくちゃにしたくなる。
桃井へのさっくんの対応が、
あまりにも自分への接し方と違う気がして、思わず逃げるように震える足を後退させた。
ジャリ、と思いのほか運動靴の裏で鳴る砂の大きな音に、さっくんの視線がこっちに向く、
「……っ、」
顔を見られる前に、急いで背けた。
「雨宮先生…、なぜあなたがここに、…?」
先生が、少し離れた場所で目をぱちくりしている。
この異様な光景に惹かれた生徒達もいつの間にかランニングをやめていて、「え…っ、なんで…?」とざわついていた。
「咲人、早く運んで、ねーってば、」
「……」
すぐに言うことを聞いてくれないからか段々口調が強くなる桃井に、さっくんは腰を屈め、顔を近づける。
「っ、さく、」
「…では、しっかり掴まっててくださいね」
頬を朱に染める桃井の耳元で、小さくそう呟き、
「え、?きゃ…っ」
腰の上のあたりと腿裏に手を回し、軽々とその身体を抱き上げた。
ふわりと、浮く。
正にそんな感じだった。
[back][TOP]栞を挟む