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また、
彼を目にした人は皆好きになる。
…それが、ついさっきまで俺とキスをしようとしていた人だとしても
優さんを、求めようとする。
(…嫌だ、)
嫌だ。もう、優さんを取られそうになるのは嫌だ。
「…今は、……優さんは、俺の、恋人だから」
ああ、言ってしまった。
言葉に被せるように、主張した。優さんはきっと他の人にこんなこと言われたくない。
男同士で、みたいなそういうことを知られたくない。
「優さんは、誰にも渡さない」
けど、奪われたくなかった。
みっともなくてもいい。
格好悪くても良い。
だから、
「―――…」
す、と息を吸った。
座席に中途半端に座ったまま、ドアの前にいる優さんの胸倉をつかむ。
驚いた表情をする彼に構わず、ちょっとだけ引き寄せ、自ら身を乗り出して唇を重ねた。
…人前でこんな大胆なことをしたのは生まれて初めてだ。
でも、別にいい。
酒のせいだ。
これは全部酔ってるせいだから、別にいいんだと、自分を納得させる。
と同時に、とてつもない後悔が襲って来た。
嫌われる。
こんなことして、優さんに嫌われたらどうするんだ。
何してるんだ俺、と残っている理性が責め立ててきた。
でも、優さんを取られたくない。
複雑な感情を抱えたまま…吐息を零し、身体を離す。
唇に残る感触と、頬を染める酒による要因ではないもの。
(…怒ってる、かな…)
なんて、今更ながらに様子を窺い、彼を見上げ て
「優さん…?」
呆然とした、
というか、意表を突かれた…と、いうような感じで、
素の感情をあまり見せない優さんの珍しい表情に目を瞬く。
と、
「…うん」
一瞬遅れて彼は口元を緩め、
「――…俺は、流羽のものだよ」
酷く翳った冷たい瞳で見惚れるほど艶やかに微笑んだ。
「っ、」
唇を噛む。
彼の服を掴んだ手が、小さく震える。
思ってもないくせに。
俺のものだなんて、思ったこともないくせに。
――――――――――――――
嗚呼、この人は……いつもこうやって
甘い言葉で執拗に俺を弄ぶ。
(惨めに縋りたくなるから、)
(期待させるようなことを言わないで。)
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