たゆたうようなのなかで

初めから、わかっていた。あの人は、私だけのものではないのだと。
私があの人に会えるのは朝食後と、朝と夜の総触れぐらいのもの。夜にこちらに来るときは昼頃に必ず連絡が来るが、ただでさえ泊りが可能なのは月に数日だけなのに、私を選ぶ日ともなると月に一回か二回になる。
朝は御台所である信子さんが、私達を連れて綱吉さんのもとに行く。綱吉さんは、ずらりと並んだ私達にあいさつをしてくださる。その後は「夜の総触れ」まで、あの人とは会えない。だから、綱吉さんに毎日のように会える信子さんが羨ましい…けどそれは仕方ない。今の私はあくまで側室だから。
いや、側室として公的に認められているだけ、良かったのかもしれない。自分こそあなたの運命の人だ、なんて立候補することは私にはできない。

元々私は宮中に仕えており、勾当内侍を務めていた。だが、綱吉さんの世継ぎを望む奈々さんの意向で、側室候補として出向いた。――本当に、それだけのつもりだった。
しかし、何の間違いか、私が奈々さん付きの女中として仕え始めた頃より少し前に、綱吉さんに惹かれてしまった。今でこそ、綱吉さんの寵を受けて、その側室となったことで綱吉さんと接する機会は増えつつあるのだけれど…。
「今日は貴方をご指名だそうだ」
側用人の隼人さんから連絡が入る。
「…とても嬉しいと伝えてください」
頭の中に薄い喜びが流れ出す。ああ、今夜は貴方を独占できるのですね。


***


「ねえ、綱吉さん?」
「…なんだ?」
「私が貴方に逢ってからというもの、ずっと惹かれていたと言ったら…貴方は私を受け入れてくれますか?」
「受け入れるって…正室にしてくれ、と言いたいのか?」
「いや、正室にしてくれなくてもいいんです。そうしてくれたら嬉しいことこの上ないのですけど…ただ、受け入れて頂ければ…」
2番でも、3番でも構わないし、それ以上は、もう望まない。…だから、どうか。
「そっか…残念だが、正室にはしてやれないぞ?」
――ああ、やっぱりそうなるのか。
「わかってます、貴方には信子さんがいるって…それでも、貴方のことが好きすぎて、もうどうしようもないんです…っ」
右の頬に雫が垂れる。おそらく、今の私は泣いているのではないだろうか。
「…落ち着け、大丈夫だから」
綱吉さんが、私の頭を軽く撫でてくださる。
「っ…はい」
それが私だけにしていることではないということも、貴方が私だけのものにはなり得ないことも、ずっと前から知っている。
けれど今は喜んでいよう。私を指名してくださったその日だけは、私にだけ情を向けてくださるのだから。


総触れ(そうぶ - )→毎朝と毎晩行なわれる、将軍への謁見。
勾当内侍(こうとうのないし)→掌侍(ないしのじょう、律令制における女官の1つで、尚侍・典侍とともに後宮全体の実務を取り仕切る立場)の第一臈(上首)のこと。宮中における経理・総務・人事・庶務などの事務処理全般を統括し、更に官位などの要望取次や訴訟などの実請伝宣など天皇と宮中内外との取次を担当した。