醒めないを彷徨い歩く

上流階級などに、興味はない。奈々さんの侍女として御殿に上がって、そのあと側室になった。それで隼人君に推挙されたから、御中臈になっただけ。
綱吉君――私達が側室として接している将軍様で、私は彼本人の希望で綱吉君と呼んでいるが――のことは「面白くて頼れる感じの人」だとは思っているけれど、それ以上はいかない。
よくハルちゃんとかに「綱吉さんからの寵愛が厚くて羨ましい」とか言われるけど、そういうことを言われても私にはピンとこない。

「信子さん、」
この人は御台所、つまりは綱吉君の正室。歳は私やハルちゃん、綱吉君と同じくらい…なのだが、私達にとってはあくまでも「将軍の妻」なので、信子さんと呼んでいる。
「…何かしら」
「綱吉君を独り占めしよう、とは思わないの?」
「思ったこともあるわ。けど、仕方ないのでしょうね。個人の事情を絡めていいところではないって、割り切ってるから。…どうしていきなりそんなことを聞いてくるの」
「どうして、って…だって普通はそういうものじゃないのかな、って思っただけだよ」
ただ、妻になるならば自分が心から決めた人のところがよかった。それだけなのだ。
「もし、信子さんが私だったら、どうするつもり?」
「…どういうことよ」
「自分が興味もない人に気に入られて、そのまま妻としてもらわれる――ってことになったら、嫌じゃないの?」
「別に?自分がどう思おうと、多分向こう側にとっては知ったことではないのでしょうね。私とて、結婚するまでは会ったことなどほとんどなかったのだから」
信子さん、やっぱり大人だなあ。こうも簡単に割り切れるものなのだろうか。それとも、私の考えが普通じゃないだけなのか。
「でも、貴方が言っていることもわからなくもないわ。どうせなら自分が決めた人がいいに決まってる」
「そうだよね…」
けれど、これだけはわかってる。現実は誰にも優しくしてはくれないということくらい、わかってる――


***


「ああ、もう…何で私はここにいるんだっけ?」
なんて、私はどうしてそんなことを思ってしまうんだろう。私は誰かに愛されていて、だからこそこの場にいて――それは普通に考えればとても幸せなことのはずなのに。
息苦しいのは、なんでだろう――
「…京子ちゃん」
「クロームちゃん?」
彼女もまた、綱吉君の側室だ。はじめは信子さんのお付きの女房だったけど、江戸城本丸大奥の実力者、ビアンキさんの推薦で綱吉君の側室となったという。
「うん…何か、あった?」
「あのね、世間的に考えれば幸せなはずなのに、どうしようもなく苦しいの」
「…どうして?上様のこと、とか?」
「そうなの…愛されているとはわかっているけど…」
「けど?」
「別に好きでもない人に好意向けられたって、意味ないって思うのは…間違ってるのかなあ?」
「さあ…そういうこと考えたことないから…」
「そっか。でもね、私は本気で自分から好きになった人に、好きになってもらいたいの。そうじゃないと納得できないなんて…贅沢、かな」
そんなことは無理なんだって、頭の中では分かっているのに。
「この状況が、すぐに醒める夢だったらいいのになあ…っ」
心が重心の置き場を求めて、彷徨っている。


侍女(じじょ)→上流階級の婦人に個人的に仕えて雑用や身の回りの世話をする女性。
御中臈(おちゅうろう)→江戸時代の大奥の役職の1つ。定員は8名とされる。将軍、もしくは御台所の身辺を世話する。大奥女中の中から家格や容姿の良い者が推挙により選ばれた。