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店同士の関係を差し引いてしまえば、そこにあるのは薄い血の繋がりだけだと――そう、思っていた。
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様子を見ようと伸元の部屋を覗けば、布団を掛けられた娘さんがいた。眠くなってもおかしくない時間帯ということもあり、これ自体は何の違和感も覚えなかった、のだが。
目に留まったのは、すぅすぅと寝息を立てて眠る彼女の無防備な姿で。
「(艶っぽいなぁ…)」
――だめだ。
こんな感情、親戚の娘に抱くようなものじゃない。
安芸さんに悪いこともあるが、何より妻を裏切ることになる。
「…お嬢ちゃん、なんて格好で寝てんだ…っ、」
少しはだけた浴衣からは、誰かに噛まれたであろう幾つもの痕が覗く。
娘さんがこの旅館を訪ねて来る頃には、首筋にそのような痕などなかったはず――ということは、先程まで彼女といた伸元につけられたのだろう。
そうか――伸元と娘さんは、そのような関係にあったのか。
それならば、尚更俺は手を出せまい。ただでさえ親戚の娘で、その上息子の彼女なのだ。それに、俺の方も先立たれたとはいえ妻がいる身だ。
娘さんに手を出すということは、妻も息子も親戚も裏切ることになるのだ。
それだけならまだしも、娘さん本人は俺のことを『おとーさん』と呼び慕っている。そんな純粋で無垢な彼女を、仮にも慕われている俺が傷つける訳にはいかないだろう。
しかし、一度火がついてしまったからには、わかっていてもそう簡単に止められるわけではないのもまた事実で。
「まあ…少しだけなら、いいか…」
ざわざわとした良心の咎めを感じつつもそれを頭の隅に置き、娘さんの浴衣の裾を少し捲る。そうして露わになるのは、少し赤みを帯びた太腿。彼女が目覚めないうちに…と、するりとそこを撫で上げる。
まだ伸元に何もされていない、滑らかな肌。彼女の身体が温かいのは、寝ているからだろう。
『…ん…………っう…?』
――まずい。娘さんを起こしてしまったか。
少し不安になったが、おそらくただの寝息だろう。微かにぴくりと動く彼女の身体をもう片方の手で押さえつつ、今度は撫でていた肌の上に舌を這わせる。
『っ……お兄、ちゃん…………?』
口から紡がれるそれを聞く度、嫉妬心に駆られそうになる。娘さんは伸元の彼女なのだから、俺が妬いたところでどうにもならないだろうに。
噛み跡をつけてしまいそうになる自分を無理矢理に抑え込みながらゆっくりとそれを続けると、次第にべたべたになっていく彼女の肌。
「すまねぇな…俺じゃあいつの代わりにはなれねぇんだ、」
そうして5分くらい経った頃、彼女がぱちりと目を覚ました。
***
布団の中。起きて周りを見渡すも、お兄ちゃんの影はもうない。きっと、誰かに呼び出されてどこかに行ってしまったのだろう。
少し寂しさを覚えながらも、ゆっくりと前に視線を戻す。
そこには見慣れた影があった。
『…おとーさん?』
嘘、私、さっきまでお兄ちゃんに甘やかされていたはず。
ということは、私がいつの間にか寝ていて、その間にここに来たのか。
『おとーさん、なんでここにいるの?』
「今から言うから…こっち来な」
そんなに勿体ぶることなのだろうか。
気になりつつも、今はとりあえずお兄ちゃんの行方が知りたい。
言われるがままに距離を詰める。
「ここに来た時、すぐに伸元のところに行かせただろう?それでお嬢ちゃん達が中々戻ってこないから様子を見にきたんだ」
――そうか。おとーさんも私を心配してくれているんだ。
それを知らずに寝ていた自分が、少し情けなくなってしまう。
「で、見に来たら変わらずここにいた、と。安心したよ」
『ありがとう…っ、』
「ああ。…お嬢ちゃん。伸元に、何もされていないよな?」
全て見透かされているような訊き方に、背筋が震える。
何もされていない、わけじゃない。けれど――
『なに、も…っ、』
「いけねぇな、お嬢ちゃん。この痕、全部あいつにつけられたんだろう?」
そう言って更にはだけさせられた浴衣の中へと手を滑りこませ、するすると痕に触れられる。その手はまるで、染め直すとでも言っているようだ。
『ん…っう!』
「そんなはしたない声で、あいつのことも誘惑したんだろう?悪い子だなぁ、」
誘惑って、そんな。違う、私はお兄ちゃんを誘惑したわけじゃない。
なのに――悪い子だと言われてしまっては反論ができない。
『待って、違うの…っ、』
「そうかい、」
なんとか言葉を絞り出した私に構わず、這わせ続けられる手。お兄ちゃんに触れられた時とは少し違う感じがするけれど、それもまた心地いいと思ってしまう。
『ん…どうしたの、おとーさん』
いつも通りの呼び方で呼べば、彼は少し訝しげな顔をする。
「お嬢ちゃん…ここに来て、まだそう呼ぶのかい?」
『だめ…だった?じゃあ、どうすれば…』
そう戸惑う私に、彼から言い渡されたのは。
「そうだなぁ…『智己さん』って呼びな」
『…ともみ、さん』
震えながらも紡いだそれは本来私では使わないような呼び方。
そのせいか、私の中の背徳感は増していく。
「慣れねぇもんだな、」
『なら、やめる……?』
「いいや、それでいい。お嬢ちゃん、」
呼ばれて首を傾げると、私の手を握りながら微笑みかける彼。
「――少し、慰めてはくれねぇか」
その言葉の意味を、私は知らなかったけれど。
『え?…あ、うん』
二つ返事で了承すれば、そっと目元が手で覆われる。
「んで、しばらく目を閉じててな」
『…うん?』
「好んで見るもんじゃないだろう、」
そうして私の視界が黒一色になったところで、着ていた浴衣の裾が捲りあげられる。視覚も奪われ衣も剥がされ、それが何の慰みになるのかもわからないまま横たわる私。
ぼんやりとその意味を考えていると、露わになった太腿に違和感を覚えた。それを振り払おうと少し動かせば、少し強く足首を握られる。
どうやら、じっとしていなければならないようだ。
「お嬢ちゃん、すぐ終わらせるからな…』
何もしなくていいという今の状況は、ある意味で楽だった。
目隠しされる前のように何かされるのではないかと思っていたが、それもなくただ見られているだけ。
『…智己さん、」
「ん…?」
『これで、本当にいいの……?』
「ああ、構わんよ……っは、」
やがて足首を掴む手が強くなり、太腿に生暖かい液体がかかる。
「待ってな、今拭くから」
『……ん、ありがと』
***
ティッシュペーパーで拭き取っている間も、先程娘さんにしてしまったことが俺の心を締め付けていた。
太腿が綺麗になったことを確認し、ゆっくりと布団を掛け直す。
「お嬢ちゃん…息子の彼女なのに、こんなにしちまってすまねぇな…」
謝るだけで許されることではないとわかっているけれど、そうせずにはいられなかった。そうすることで楽になれると、心のどこかで思っているのだろう。
「なぁ、お嬢ちゃん…………」
――お前さんには、いつか俺がしちまったことの意味を知る日が来るんかな。
例えその日が今日だったとしても、俺はお前さんにどういう顔をしたらいいかわからねぇ。俺はそれだけのことをお嬢ちゃんにしちまったんだよな――なんて、自嘲してみる気にもなれなかった。
「…さてと、そろそろ戻るか」
怪しまれないよう適度に部屋を整え、彼女の部屋を出る。
廊下を歩き何人かの従業員とすれ違う度に、ちらほらと聞こえてくる噂話――どうやら、察されてはいるようだ。
「旦那、雰囲気変わってないか…?」
「ああ…次の奥さんでも見つけたんかな…」
従業員が言っているのは、おそらく娘さんのことだろう。
確かに先程の相手は彼女だった。だが、彼女を伸元の嫁として迎える気はあれど、俺の再婚相手になってもらおうなどとは微塵も思っていない。
そうだ。彼女はあくまでも『親戚の娘さん』、それでいいんだ。
――そう、あるべきなんだ。なのに…
「はぁ…」
何も考えないように意識しても、浮かんでくるのは娘さんの顔で――いい加減、どうにかしねぇとなぁ。
『萩のや』の新作の和菓子でも頂くか?
――お嬢ちゃんの実家だぞ、余計思い出すだけだ。
玄関に出てダイムを撫でるか?
――お嬢ちゃんの匂いがまだ残っているだろう。
その他にも色々な方法を考えてみたものの、今の思考回路では何もかもが娘さんに結び付けられてしまう。
じゃあ、俺はどうやって忘れたらいい――
悩みながら歩き続けて、もうすぐ部屋に着くというところで伸元の影が見えた。驚きに足を止めると、あいつはこちらに向かってくる。
「親父…」
「何だ、伸元」
「穂香に何をした?」
「なぁに、お前が心配することじゃない」
「親父…やっぱり穂香狙いか」
「あのなぁ、いくら俺でも息子の彼女さんは狙わねぇよ」
「それならいい。じゃあ後で」
その言葉を聞いて俺は確信した。
やはり娘さんは伸元とそういった関係にあること、そして、俺がしてしまったことはあいつから見ても到底許されないものであることを。
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