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私が『清緑』に来て次の日の夜、私の寝る部屋に行くと彼がいた。

「穂香…昨日は大丈夫だったか?」

どうやら、お兄ちゃんは昨日のことを心配してくれているらしい。確かに彼につけられた痕はまだ残っているけれど、今はそれほど痛くない。

『…うん、』
「そうか……」
『お兄ちゃんだった、から…』

そう答えるとそっと手を握られて、咄嗟に握り返せば強い力で引き寄せられる。

「わかった…もう少しこっち、な?」

諭すように言われては振りほどけない。
どうにもできない私はそのまま、ふわりと彼の腕に収められる。

「そう、穂香はいい子だな……」
『ん…ね、もっと言って…』

そっと目を合わせれば、私の顎を掬う彼の右手。
甘い言葉を浴びせられ火照った私の顔には少し冷たかった。

「ああ…お前が望むなら、」
『やった、嬉しい……』

心地よいこの感覚に私は純粋に反応を返していたが、お兄ちゃんは違うようだった。

「穂香……」

少し難しい顔で私から目を逸らし、しばらくして何かを決めたように見つめ直す。

『お兄ちゃん、どうしたの……?』
「その柱の前に座って。楽に、でいいから…」

――それだけで、お兄ちゃんがいい子と褒めてくれるなら。
浴衣を着たままぺたんと座る。何をするのだろうと思っていれば、木の柱に括り付けるように赤い縄で縛り上げられた。

『お兄、ちゃん…まっ、てぇっ、』

動かないようにと押さえつけられる身体。
その上から少しずつ縄が這わされる度に、段々と私が自由を奪われていくのがわかる。

『なんで…こんな、いきなり…ねえっ、』
「よしよし…いい子だから、大人しくしててな…?」

訳を訊いても答えようとせず、縛り上げる手も止まってくれないままだ。
指に絡む赤い縄はいつの間にか私の脚にも伸ばされ巻きついてきた。

『ねえっ、ちょっと待って、』
「穂香…少し黙ってなさい」
『…………っ!』

口を開こうとするも、上から手で押さえられては何も言えない。
一体何が彼に火をつけたのだろう。
考えるも心当たりは一つだけ。

「……親父に何かされたんだな』
『う、そ…なんで、知って』

見透かしているかのように、そっと昨日のことを呟く。
誰かから聞いたのか、見ていたのか。

「やはりか…親父も様子がおかしかったからな」
『おとーさんとは、何でも…』

咄嗟に繕おうとするも、視線を彷徨わせることしかできない。
もしかして、あの事かな…

***
 
押し黙っているだけの穂香。
それなら…

「本当に何もなかったんだな?それならもう聞かないことにするから」

ただ戸惑わせてばかりいるのは可哀想だと思い、縄を外そうと結び目に手をかける。
そのまま結び目を解くと、俺を止めるような穂香の震えた声がした。

『あのね…本当は、あったの』
「穂香…どうしたんだ?」
『昨日ね、おとーさんが部屋に来たの…』

昨日、親父は穂香の部屋にただ訪れただけなのだろうか。
俺と廊下ですれ違った時は「心配することじゃない」とだけ答えていたけれど…

「来ただけなのか?答えたくないならいいんだが…」
『よく覚えてないけど、拭いてくれた』
「そうか…穂香にとって、嫌じゃなかったか?」
『あとはただ見られてるだけだったし…お兄ちゃんと、同じ感じ…』

安心と共に、覚える少しの違和感。

「同じ……か。あまり嬉しくはないな……」
『ごめん、やきもち妬かせちゃった…?』

彼女の言葉で、その正体に気づかされる。まさか――父親相手に妬くとは思いもしなかった。

「ああ…少しだけな。それよりも、いきなり縛りつけて悪かった…っ」
『ううん、ちょっとどきどきした…』

俺がしたことを謝ったら、穂香はいつものように優しく微笑み許してくれた。

「ありがとう。痛かったよな…今すぐに解いてやるから、待っててな」

浴衣の上からだったこともあり、幸い穂香の肌に縄の跡はついていないようだ。
縄を解き終え、ぼうっとした表情で柱にしなだれかかる彼女とゆっくり目を合わせる。
これで何もなければ…

『嫌じゃないから、また…しても、いいよ?』
「そうか…ならまた縛ってもいいかもな。そうすれば俺のものって示せるから…な」

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