01
なぐさみ
ただ、寂しさを埋めたかっただけ。
優等生としての階段を踏み外した、だなんて。そんな、大したものじゃない。
どうせ、単なる一時の気晴らし――
*
隣の席の荒船くんは、今日も私の横で大勢に囲まれていた。
確かに彼は成績も生身の運動神経もよく、帽子を取ったあとの容姿もいい。そんな彼がモテるのはある意味仕方ないのだろう。
何を隠そう、私もそんな彼に振られたうちの一人だ。だからといって、席順が変わるわけでもない。私は彼と顔を合わせるたびにつらくなってしまい、なるべく反対側を見て過ごしている。
幸い、今は下校時間だ。
防衛任務に出かけた彼を含め、私以外の同級生はもう教室にはいない。
「おーい、」
教室の扉の前。呼ぶ声に反応し、そちらを見る。
目が合ったと思えば、明るい髪の彼は私に向かって手を振ってきた。確か、荒船くんと同じボーダーの――
「……犬飼くん?」
「せいかーい。**ちゃん、だったよね?」
D組の犬飼くんが、どうしてB組の教室の前にいるのだろう。彼もまた、荒船くんを呼びに来たのか。
席を立ち、彼がいる教室前に向かう。
「そうだけど?……荒船くんなら、ここにはいないわ」
「知ってる。ところで君、ちょっと沈んだ顔してるけど……」
「……何よ、」
「振られちゃった?」
言い当てられた。
荒船くんから直接聞いたのか。それとも、彼自身で見抜いたのか。
「……実は、そうなの。昨日……」
「あちゃー……あいつ、そういうの鈍いもんねえ」
ぼろぼろと溢れる涙と共に、昨日のことを全て彼に打ち明ける。
途中まで何も言わずに背中を撫でてくれていたと思えば、彼の左手が目の前に差し出された。すっとその手を取れたのは、彼の利き手が荒船くんと同じ左手だからだろうか。
「ね、**ちゃん。今日、俺の隊は防衛任務もないしさ……俺でよければ、**ちゃんの気が晴れるまでどこか行く?なんなら、俺が全部奢るよ?」
「ほん、とに……?」
「本当。俺だったら、そんな思いさせないよ?」
そうやって顔を覗き込まれれば、もう。
「……わかった。最後まで付き合ってよね」
――断ろうだなんて、思えないじゃないの。
***
高校生の私達ではホテルなどを取るわけにもいかず、とりあえず近くのカラオケ店に学生証を見せて入る。親には友達のところに行くからと連絡しておいたが、まさか同学年の男子生徒と2人だなどとは思うまい。
ワンドリンク制ということで、代わりに頼むからと飲み物を訊かれる。
「ぶどうジュースは……ないのかー。じゃあウーロン茶!**ちゃんは?」
「その……こういうのは、」
「値段気にしてる?奢るから、好きなの選んでいーよ」
メニュー表のソフトドリンクのページには、透明なグラスに注がれたカラフルな飲み物の写真と共にメニューが並べられている。タピオカ黒糖ミルクティー、クランベリーミックスコーラ、みかんティーにイチゴミルクフロート――どちらかというと、綾辻さんとかその辺りの華やかな子達が飲んでいそうなものだ。迷った末に、流行っているというタピオカミルクティーを指す。
「じゃあ……」
「了解。女の子って、こういうの好きだよねえ」
そう言って彼がフロントに電話を入れ、暫くしたのちに頼んだ飲み物やチキンバスケットなどが来た。
普段見ないような光景に、目がちかちかする。
*
そこそこに飲み、そこそこに食べ、そこそこに歌って。けれど、私が本当に求めていたものはそれらの中にはなかった。
そろそろ帰る時間なのに、まだここにいたいと思っている自分がいる。
「さて、**ちゃん。そろそろ出る?それとも……」
「……いえ。まだ……」
「確かに、このまま帰っちゃうのはもったいないよね」
防音室の中、ソファーの上。
とん、と距離を詰められてしまえば、もう退路は断たれたようなものだ。
本当は荒船くんとこうなりたかった。こうなるはず、だった。
けれどそれが叶わなくなってぽっかり空いた心の隙間に、目の前の彼があまりにも簡単に入り込んでしまうのだ。
ただ、振られた寂しさを埋めたかっただけ。
本当に、一時の慰みがほしかった――それだけの願望で。
「――どうせなら、俺にしない?」
その提案を拒れない私は、どこまで堕ちているのだろう。
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