04

まどろみ


今晩は恋人の辰也さんの家に、初めて泊まることになった――はいいものの、緊張のせいかなかなか彼の目が見れないでいる。それは彼の家の規模に驚いてしまったというのもそうだが、何より彼と私以外の誰も立ち入らないという状況がそうさせていた。 就寝時間になった今も、私はずっと視線を泳がせたままだ。
そんな私に配慮してか、辰也さんは後ろから声をかけてくれるようになっている。私ばかりが気を遣わせてしまっている今の状況が申し訳なく思えてしまうけれど、それでも緊張とは簡単に解れるものではない。

「**ちゃん、」
「は……はいっ、」

辰也さんが人生に一度も怒ったことがないほどに温厚な人物であることをわかっていても、いつかは迷惑を掛けすぎて怒られるのではないかと思ってしまう私がいる。まあ結局私は一日中ずっと目を逸らし続けていたのだから、怒られてしまっても仕方がない。付き合っているのにいつまでもその先に進めないからと、別れを切り出されることだってあり得るだろう。
けれど、そこに続くのは想定外の言葉だった。

「緊張、しちゃってるんだね。わかるよ」
「……はい。付き合ってるのに、駄目……ですよね、こんなんじゃ」
「いいよ、そろそろ目を休めなきゃだし」

どうやら、目を合わせられないならもういっそ何も見なくていいという結論に達したらしい。そういうことではないだろうと言い返す間もなく彼は薄紫色の箱を私の目の前に出し、そこからアイマスクが入った一枚の薄い袋を私の前に差し出してきた。
切り口を開けて取り出した薄いピンク色のアイマスクからは、既にラベンダーの香りが漂っている。

「あの……その、これは?」
「ああ、僕が眠れないときによく使ってるアイマスクだね。二〇分経ったら僕が取ってあげるから、目を閉じてていいよ」

言われるがままに瞼を閉じれば、辰也さんは既に熱を持ち始めたそれを私の両耳にかける。しばらくするとじんわりと双眸に熱が集まり、次第にそれは全身へと巡っていった。
彼の姿を探しても、目隠ししているせいか当然見つからない。まあ、この状況を作り出したのは紛れもなく私だけれど。

「……もしかして、見えないと逆に不安になっちゃうかな」
「そんなこと……ないです、けど」
「大丈夫、ずっと隣にいるからね……」

私の手を優しく握りながら、思考の奥に擦り込むように囁かれる。そうして力が抜けるまま、ゆっくり敷き布団に身を預けた。
このまま微睡んでいるうちに、辰也さんの隣で眠りに落ちるのだろうか――そう考えると、彼の前で無自覚のうちに失態を晒してしまうのではないかとも思ってしまう。けれどその懸念すらも、夢のように心地いいこの状態を拒む理由までにはなり得なかった。

「たつやさん……」

ふわりふわりと浮き沈みを繰り返す意識の中では、うわ言のように呼んだ彼の名前でさえも空中に溶けていく。
深い水底まで沈みきるのは少しだけ怖くて、私の方からも手を握り返した。そうできるくらいに、私を縛り固めていた緊張は温かさによって簡単に解れてしまったのだ。彼は確か二十分後には取り外してくれると言っていたが、それがまだ私の目の上にあるということはまだそれほど時間が経っていないのだろう。

「どうしたの?」
「んー……あと、どれくらいですかー……?」
「まだ5分くらいじゃないかな。大丈夫、寝てていいよ」

――それより、このままじゃ冷えちゃうよ。
そう言って、辰也さんは捲ったままだった布団を私の身体に掛けてくれた。こうやって私を慮ってくれる彼に甘えるのも、今なら何の遠慮もなくできる。

「――おやすみ、」

そうして私の身体は、意識は、微睡みに押し流されるまま深い深い水底に沈んで。
辰也さんの手を握りながら、私は眠りに就いた。

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