02
ひだりて
親の仕事の都合で、引っ越すことになった。
家にある荷物をまとめたり、手続きをしたりなどの物理的な負担ももちろんあるが、それ以上に私を締めつけるのは、それまでの人間関係が変わるということだ。
三門市を離れることは、ボーダーの仲間達や学校の同級生達と別れるということをも意味する。影浦くんの家でお好み焼きを食べることも、仲良しの女の子達とタマガタワーに遊びに行くことも、もうなくなってしまうのだ。
寂しさに沈んでいると、同級生である隠岐くんの姿が。
「なあ、**ちゃん。引っ越すんやって?」
「隠岐くん……?」
「大変やん?ようわかるわ」
そういえば、彼も大阪からスカウトされてこちらに来たのだったか。
だからなのか、彼は引っ越しがどういうものなのかを知っている。
「そうなんだよー……皆とお別れって思うと寂しくてさー……」
「もう、そないに寂しがらへんでも。俺らとは離れとっても連絡とれるし、何より向こうにだってええ人はようさんいるんちゃう?」
「それはそうなんだけどー……」
確かに、行った先で友人を作ればいいという意見も尤もだろうし、何より隠岐くん自身が引っ越し先である三門市でそれを体現している。
けれど、向こうには――いや、どこにも彼の代わりなんているはずがなくて。
「でも、向こうに行ったって隠岐くんはいないでしょ?」
「あはは。そうやな!向こうに俺はおらへんな!」
至って真剣な私の問いに、「一本とられたわ〜」と笑って返す彼。
つられて私も笑ってしまえば、寂しさが少し紛れる気がした。
「それでなんやけど、**ちゃん」
「どうしたの?」
「手、怪我してんで?」
隠岐くんに言われて左手を見ると、薬指のあたりに傷ができていた。
家で荷物をまとめていたときにできたものだろうか。
「あ……っ、」
「貸してくれへん?」
隠岐くんは私の前に屈みこんでそっと手を取ると、もう片方の手で制服のポケットから絆創膏を取り出し、傷口にぺたりと貼ってくれた。
婚約指輪をはめるのとは訳が違うのに、ときめいてしまった。
「っ……隠岐くん、」
「あんなぁ、絆創膏って『絆を創る』って書くんやって」
「絆を……?」
「おん、安心して。**ちゃんは決して一人ちゃうで」
どんどん顔が熱くなっていく私をよそに、隠岐くんは平然と続ける。
かと思えば彼に先程から握られたままの左手を引かれ、私はバランスを崩し彼の身体にもたれかかる形になってしまった。
背中に手を回され、そのまま先程までとは違う真剣な声音で囁かれる。
「いつか必ず、迎えに行ったるから」
――それ、って。
――一人じゃない、ってのは……そういう……?
先程の言葉の意味に気付き、さらに熱くなってしまう。
意識しているのかしていないのかはわからないが、彼の言動を鑑みるに後者だろう。それにしても、あれは流石に反則だ。あんな風にされたら、私じゃなくても照れてしまう。
「隠岐くん……!」
「ん、どないしたん?」
「ずるすぎるよ、もう……!」
やっと手を離してくれた隠岐くんは、その手でそのまま私の頭を撫でた。
その手がやけに冷たく感じたのは、きっと私の顔に熱が集まりすぎているからだろう。
「かんにんな。これで俺のこと、忘れんといとってくれるかなって思てさ」
「忘れる訳、ないじゃん……!」
むしろ、忘れろと言う方が無茶だ。
照れのあまり顔が上げられないままの私は、しばらく彼の手に撫でられるままでいるしかなかった。
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