穴が空いたコップでも、水を絶えず注ぎ続ければ、水がある状態を保つことができる。
それは、誰の言葉だったか。
*
俺の彼女――真結はいつも優しくて、ふにゃりと柔らかく笑ってくれる。けれど今までずっと練習やら試合やらで側を離れてしまっていたのがよほど寂しかったのだろう、それこそ昔の俺のように泣き虫になってしまうことがある。プロを引退した今では基本的に彼女の側につきっきりの生活を送っているが、それでも今日のようにふとしたきっかけで苛まれることはあるようで。
共に戦ってきた日本代表のチームメイトや観客の中には、恋人を理由に引退表明した俺をよく思わない者だっているだろう。けれど、俺は別に構わなかった。ただの俺のエゴだと言ってしまえばそれまでなのだけれど、ワールドカップで日本を優勝に導くという幼い頃からの夢を既に叶えた以上彼女を置いてまで挑むべきものなどもう何もないのだし、何より好きな人に幸せであってほしいと願うのは当然だろう?
「よいちゃ……っ、」
「よしよし。ずっと側にいるからな」
「本当に……?練習とか、行かなくていいの……?」
「行かねえって。もうお前だけの俺だよ」
キングサイズのベッドの上に座りながらすすり泣く真結を抱き締め、背中をさすりながら囁く。俺と彼女の家には現役時代を想起させるものは何も置かないと決めていて、メダルや賞状などの記念品は全て両親の元に送った。そのときは本当にいいのかと驚かれたけれど、最終的には俺が幸せなだけで嬉しいのだと受け入れてくれたので感謝している。
トレーニングマシンだの何だのは、去年のスポーツ関連ニュースを振り返る年末特番の抽選のプレゼントとして出品させてもらった。サインを入れるのは少々面倒だったけれど、そうすれば向こう側が『あの次世代のモドリッチこと潔選手が愛用していた』などと妙にギラついた、されど薄っぺらいキャッチコピーをつけてくれるからある意味では楽だった。
皆が知っている元日本代表の潔選手は、もうどこにもいない。
ここにいるのは真結を幸せにしたくて堪らない、ただの1人のエゴイストだけ。
「真結、」
「よいちゃ……?」
「ちょっと待っててな、」
――そんなにつらくなるのなら、いっそ快楽へと沈めてしまおうか。
そう思い立った俺は宥めるように頭を撫でたのち、一旦ベッドを降りる。それから玲王の伝手で手に入れた媚薬の瓶と、真結のサイズのアイマスクと、彼女が好む桃味の天然水と、予備も含めて2箱分のゴム――それらをベッドサイドに用意し再び彼女のもとへ戻るとその間すらも寂しかったのだろう、すぐに俺を見つけた彼女が俺の服の端っこを握ってきた。
手始めに瓶を真結に渡し、飲み下す様子を見届ける。こくり、こくりと喉を動かしつつ全て飲み込んだ頃にはすっかり頬が赤く染まっていた。じわじわと熱に浮かされていく彼女の艶やかな表情はもっと見ていたくなるけれど、それをどうにか堪えつつアイマスクを彼女に装着していく。
「ぇ……?よいちゃんのかお、みれないの?さみしいよ……っ、」
「俺も、真結の顔が見られなくなるのは寂しいよ。俺の顔見てくれないのも、寂しい……でも、ごめんな」
「じゃあ、なんで、」
「何も考えんな。……な?」
そうは言ったものの人間の脳はそう都合よくはできておらず、俺とてそうするのは難しい。だからせめて視界を遮り俺の声だけを意識するように仕向ければ、快楽に集中してくれるだろう。これは他でもない真結のため、彼女を幸せにするためなのだ。
痛かったり苦しかったり、暑いと感じたりしたらすぐに知らせること――それだけ約束させ、俺は彼女の唇を塞いだ。
「ぁ……よいちゃ……んむっ、」
「今からは全部、俺に委ねてくれればいい」
頭から爪先まで快楽でじゃぶじゃぶに満たして、痛いのも苦しいのも全部取り除いて。気持ちいいことだけしか考えられなくなるくらい、頭の中いっぱいにしてやるから。
だから、幸せにさせてくれ。
***
キスをしたり、服越しに触ったり。それだけでもう既に真結の身体はびくびくと震えていて、その感度の良さに思わず口角が上がる。
よいちゃん、よいちゃん、と甘ったるい声で名前を呼んでくる彼女の声色はどろりと溶けきっていて、俺の好物であるきんつばよりも甘いんじゃないかとすら思えた。
「あつい……ぬぎたいよ、よいちゃん……っ♡」
「……脱ぎたい?」
「んー……みえない、めかくしはずして……?♡」
「だめ。どうせ手元だっておぼつかないだろうし、俺が脱がすよ」
はらり、はらり。花の蕾が綻んでいくように、1枚ずつ衣服を脱がして。そのまま脚を軽く開くよう誘導すれば何の疑問も抱かず開いてしまう、そんな従順さが可愛くて仕方がない。
最後の1枚まで取り払ってしまった頃にはもう秘部を隠すものは何もなく、早く触れてほしいと言わんばかりにひくついていた。
「ぁ、あ……よいちゃ、なに……するのー……?♡」
「さっきも言ったろ?何も考えなくていいから」
「ぅ……?……ぁ、よいちゃ、ゆび……はいって……ぁ、あー……♡」
シーツを掴む真結も可愛いけれど、あえて俺の服にしがみつくように手を引いて誘導してやる。それからゆっくりと指を沈めてやると、彼女はぎゅっと俺の服を掴みながら一際大きく喘いで達した。
一応痛くないかと尋ねるも、こくこくと首を縦に振りながらただ気持ちいいとだけ訴えてくる。まあ、当たり前だろう。媚薬――それもあの御影コーポレーション傘下の製薬会社が開発した高濃度のものが効いている状態でそうそう痛みなんて感じるわけがないのだし、そうでなくても真結の気持ちいいところは全部俺が一番わかっているのだから。
指を増やしかき回していくたびに、真結の声もナカも比例してぐちゃぐちゃに蕩けていく。断続的にびくびくと震えていた彼女の肢体はついに自重を支えきれなくなって、縋りつくように俺の方に倒れ込んできた。
「ぁ、よいちゃ……っ♡」
「よしよし……楽にしててな」
真結の身体を横抱きにし、ころんとベッドの上に転がす。箱から取り出したゴムの封を切り熱を持った中心に装着すれば、あとはそのまま彼女の秘部に宛てがいゆっくり腰を進めていくだけだ。
もう、何もわからないんだろ。俺がどこにいるかも、どんな顔で彼女の乱れるところを見ているのかも。俺の声だけが聞こえて、俺の手の動きだけに翻弄されて、頭の芯までもうぐずぐずに蕩かされていて。
それでもいい、それでいいんだ。痛みも苦しみも時間さえも忘れて、永遠にずっとそのままで。これが夢で幻だというのなら、いっそ目覚められなくたっていい。
俺は、彼女は、しあわせなままがいいんだ。
「なあ、真結」
「よいちゃ……?♡」
「ずーっと、幸せでいような」
このまま、もっと、もっと蕩けて。深く、深く、澱みの中へ。
溺れるままに、堕ちていけ。 2023.08.13