結び目は脆く緩い 2

「優一郎には赤が似合うのね、瞳の色と一緒だわ…少し前までは緑だったのに」
「…お嬢がそうしたんだろ、」

――世界が滅んでから十年あたりの頃、任務で幸か不幸か**と当たってしまった。そのまま暴走して、目を覚ましたらこうなっていた。それ以前のことは悲しいかな、よく覚えていない。
確か俺は最初、ミカに助けられたものだと誤解していたんだろう。ミカは既にこちらに居たし、何よりずっと「優ちゃんを助ける」とか言っていたから。それを否定されるのと同じ頃、**の血を飲まされ助けられたことを知って、彼女の下に付くことに決めたんだっけな。

「でもリボンが赤だと、フェリドに見えてしまうわ。あいつのことは面白いから嫌いではないけれど…何を考えているかわからないわね」
何を考えているのかがわからない。それは彼女も一緒ではないだろうか。
「それはお嬢も一緒なんじゃ…」
「あら、そうかしら?」
そう言って歪められた口の端は血に染まっていて。
「そうだろ…なあ、口元どうした?」
「別に?少し前に飲んだ血が飲みきれなかったから、こうなっているだけよ」
「そっか。ちょっと待っててな、」


***


濡らしたタオルを側に置いて、**をゆっくり床に降ろす。
「しばらく、動かないでいられるよな?」
すぐに首を横に振る彼女に構わず、顔を手で押さえつけてこちらを向かせる。
「…何、して……!」
そのまま、**の口元の血を拭う。
「すぐに終わらせる、」

「…よし、もう大丈夫だ」
「優、いちろ…?」
**の縋り付くような声がする。
「どした?」
宥めようと頭を撫でれば、服の胸元あたりの部分を掴んで見上げられた。
「ねえ…何処かに、行ってしまうの…?」
「…かもな?」
そんな事、絶対にしないけれど。――むしろ彼女を手放すなんて、こちらから願い下げだ、っての。
「そう、なの…?」
目元からはらりと零れる雫を掬い取り、後頭部に手を添えて頭を持ち上げる。
傷つけないように、慎重に揺さぶりをかけたつもりなのに。
「違うって。離れるわけないだろ?…本当にお嬢は、俺がいないとどうしようもないみたいだな?」
そういう状態に置いているのは他でもない俺だというのに、**は誰も責めないどころか、自分のせいで俺が離れていくんじゃないかと思っているらしい。
「そう、かもしれないわね…ずっと側にいるんでしょうね?」
強がっているのか、声が震えている。
「当たり前だろ?従者なんだから」
「そう言われればそうね。…ねえ、優一郎?」
「なんだ?」
「…**って呼びなさい、今だけでいいわ」

当たり前のように、彼女の命令に応える。
「ああ。…**、耳元貸してくれるか」
「いいけど、何か言いたいことでもあるの?」

「…Rubrum enim in abyssum irent.」
――落ちるなら、底のない赤へ。