イート・サッド

痩せたいと思い始めたのは、いつからだっただろう。羽や角などの差異があるとはいえ総じて理想の体型をした周りへのコンプレックスは、発端が思い出せなくなるほど私の内側でぐるぐると渦巻いていたのだ。
この全身に張り付く丸みを己の手で削ぎ落としてしまえればどれだけいいだろうか、そんなことを思いもしたけれど生憎私にそのための個性はない。

「帰ったら……また食べさせられるんだろうな……」

今日もまた、母親をなんとか振り切って0キロカロリーのゼリー2つで半日をやり過ごしていた。
そんな私を格好の的だと思ったのだろう、怪しい男がこちらに近づく。

「お姉さん、」
「……何なのよ、もう」
「痩せられるやつがあるんだけど、どう?」

言い方からして、おそらく違法な薬でも売りにきたのだろう。
なんの薬かはわからないが、彼らの言うような痩せ薬ではないことだけは確かだ。そもそもそんな薬ひとつで簡単に痩せられるなら、これまで私が毎日悩んできた意味とはなんなのだろうか。

「……馬鹿みたいなこと言わないで」
「ん?どういうこと?」
「何のつもりだか知らないけど、簡単に痩せられるなら今頃こんな苦労してないっての!」

勢いで怒鳴りはしたとはいえ、売人と直接当たるほど強さも度胸もない私はとりあえず安全な場所に逃げることにした。ここにヒーローやヴィジランテが来てくれる保証はないけれど、今の私にはそれしかできなかったのだ。
痛む身体を引きずりながら物陰へと身を隠そうとする私を逃がしたくないのか売人は走って追ってくるが、その勢いは誰かの手によっていともたやすく制止された。

「自分、何しとんねん」

黄色いヒーロースーツを纏ったその声の主は――確か、BMIヒーロー・ファットガムといったか。
大阪の事務所を拠点に活動しているはずの彼が、どうしてこんなところにいるのだろう。現在は警察と手を組んで違法薬物絡みの事件を片っ端から潰しているとのことだが、もしかしたらその一環で先程の売人を確保しにでも来たのだろうか。
売人の身体がいともたやすくその脂肪に沈んでいったのを見届けたところで、何を思ったのか話を振られる。

「あの『痩せられる』言われてたやつな、例の『トリガー』とかいうクスリやと思うんよ。ま、買わんで正解ってことやな」
「……そう」
「いやー、おかげですぐ摘発できたわ。ありがとさん」
「別に、」

彼はお礼と称して飴を渡してきたが、決して彼に協力するために怒ったわけではない。そもそも、受け取ってしまえば痩せからまた遠ざかってしまうだろう。
その手を払い除け、反論と共に返す。

「っ……あんたのためなんかじゃない。馬鹿にされてるみたいでムカついただけ」
「なるほどなー……」
「なんなの?あんたまで、さっきの奴みたいに私のこと馬鹿にするわけ?」

その脂肪を力に変えられる個性を持ち、ファニーなキャラクターで愛される彼には私の気持ちなど絶対にわからないだろう。痩せなければ愛されない、そんな私の気持ちなんて。
半ば八つ当たりにも近いことを言っている自覚はあるが、それほどまでに私の精神は荒んでいたのだ。

「何言うとんねん。そないなわけないやろが」
「っ……じゃあ、なんだって言うの、」
「お礼っつーたけど、本当は嬢ちゃんが心配になってもうたん」

どうやら、彼は私の様子を見て心配になったらしい。このままでは私が家に帰るまでに栄養失調で倒れてしまうだろうからと、一旦自分の事務所へと連れていくことにしたようだ。
ここから大阪に行くとしたら、今日中には帰れないことは確実だ。
不本意とはいえ一応家に帰らなければと断ったものの、ヒーローの事務所にいる旨を伝えれば安心してくれるだろうと押し切られてしまえば受け入れるしかなかった。

「で、嬢ちゃんはなんつー名前なん?」
「……**だけど、」
「ほな、行くで」

そうして、私は大阪にある彼の事務所に連れて行かれることとなった。

***

それからというもの、彼――ファットさんとは奇妙な関係を築くに至っている。
彼はよく地元の人から渡されたたこ焼きを私にも分けてくれようとするが、当然私は相も変わらず断り続ける。その度に彼は呆れたような顔をするが、彼の個性を考えれば全部食べ切った方がいいはずだ。
そもそも、こんなやりとりをいつまで続けさせる気なのだろうか。こうも心配されていると、くすぐったくて仕方がない。

「……いいよ。私が食べたら痩せらんなくなっちゃう」
「これ、**の分やで?」
「あんたは食べなきゃ駄目なんでしょ?どうせならあんたの力にして」

そう突っぱねようとすれば、開いた口に先程返したはずのたこ焼きを突っ込まれる。
口の中を火傷させられてしまった私は、何も言わず咀嚼するしかなかった。

「何言うとんねん。栄養つけんとあかんのはお前やろが」
「っ…………」
「やっぱ、このまま親御さんとこ帰すわけにはいかんわな。しばらく世話焼かせてもらうで」

どうやら、しばらく帰らせる気はないらしい。
サイドキックでも事務員でもないのに事務所に身を置かされる私の立場とはなんなのだろうと一瞬考えてもみたが、今はもうそのようなことはどうでもよかった。