はにかみ屋さんのエールコール
『もしもし、**?』
「……洋兄?」
今は寮住まいのひとつ年上の兄――泡瀬洋雪が、町工場の実家に住む私に電話をかけてきた。
いつも自分で判断でき、それを行動に起こせる力を持っているはずの兄がわざわざこうやって私に電話で相談してくるということは、そんな兄でも決めきれない何かがあったのだろう。
「なしたん、」
『俺さ、八百万って奴が気になってんだ』
「八百万さん……って、1年A組の?」
方言で話しかけた私に同じようなトーンで返してくるのは、妹である私相手だからだろう。
それはさておき、八百万さんというのは誰だったか――確か、黒髪のポニーテールで長身の人だ。私は体育祭の中継で見たことがあるだけで実際に接したことはないからよくわからないが、父によるととても裕福な家柄の出身らしい。尤も、兄は他人を家柄で判断するような人ではないので、そこはあまり関係ないのだろうけれど。
『そう、あいつ。どうにかしてくっつきてえんだども、**はどうすればいいて思う?』
「え?それ、私に訊くこと?」
『俺、女心とかようわからねえすけさ』
考えてもみれば、いくら分子レベルでくっつけることができる個性を持つ兄とはいえど、人間関係という目に見えないものをどうにかする力までは持っていない。だからこそ、こうやって意中の相手とくっつく方法に悩むのだろう。
けれど、八百万さんのことを何も知らない私が言えることは、これだけだ。
「洋兄は、そのままでいいて思うよ」
こう主張するのは少し恥ずかしいけれど、彼は妹である私から見る限り頼りがいのある自慢の兄なのだから。
八百万さんも、きっとそのままの彼を好きになってくれるだろう。
『……そっか。わかった』
「いえいえ、」
『そろっと課題やらんばいけねえすけ、切るわ』
そう言って電話が切れると共に、スマホから聞こえる音が兄の声からビジートーンへと切り替わる。
聞こえないと確信した上で、私はひとり「頑張れ」と呟いた。