翼の在り処

『**さんのとこの子は凄いなぁ』
『やっぱり、貴方とお姉さんじゃ出来が違うわね』

家にいても学校にいても、耳に入るのは妹の噂ばかり。
嫌だ。そんな目で見ないで。誰かの姉としてじゃなくて、私のことをちゃんと見てよ。

『お姉ちゃんでしょう?なんで貴方はできないの?』
『本当、うちにはあの子1人でよかったのにね』

そうか、強いから認めてもらえているのか。
それなら、私もあの子より強くなれば認めてもらえるの?だったらいくらでも強くなって、絶対に見返してやる。
そのためなら全部捨てることになったって――最後は独りになったって、いい。

だから、私は――

***

「ゆ、め……?」

目が覚めた頃には、私の身体はベッドの上にあった。

おかしい。何をやっているんだろう。
私はさっきまで魔法の修行をしていた――はず。

――起きなければ。私には時間がない。
明日の依頼のためにも、1秒でも無駄にしていられない。
それなのに、私の頭の上に氷嚢があるせいで、立ち上がるどころか顔を上げることさえできない。

「…大丈夫か?」

声の主は、私の仲間のリオンだ。
氷嚢を用意してくれたのも、魔法からしておそらく彼なのだろう。

「どうして……」
「お前は魔力の使い過ぎだから、しばらく休んどけってマスターが言ってた」
「明日の依頼は…?」
「他のメンバーでやっとく。それにしても高い熱だな…氷嚢の底が融け始めてる」

嘘、でしょう。
休憩も補給も、あの頃から一度も欠かしてなどいないのに。
私としたことが、所属ギルドに心配と迷惑をかけることなんて、あってはならないのに。

「心配かけたわね、私のせいで…」
「いや、心配っつーか…お前も倒れることってあるんだなー、って」
「許して、くれるの?」
「当たり前だ、仲間なんだから。つか、なんで泣いてんだよ?」
「少し…嫌な夢を見てしまって」

正確には、あれは夢じゃない。思い出だ。
昔の私が妹と比べられている時の、嫌な思い出。

「そういや、お前のことあんまり詳しく聞いてなかったな…」
「確かにそうね。別に隠しているわけではないのよ?ただ、機会がなかっただけで」
「じゃあ、今聞いてもいいか?嫌なら無理に聞かないけど」
「ええ。…私は、ずっと独りだったの」



師匠も、仲間もいなかった。いるとすれば、天才の妹ばかりを可愛がって私には目もくれないような、そんな人々だけ。
魔法がそこまで盛んではない故なのか、ギルドも魔法の専門学校もなかった。それでも、妹をどうしても越えたかった私は、何千ジュエルもする魔導書を取り寄せて学ぶしかなかった。自由に使える資金のほぼ全てを、魔導書やアイテムに注ぎ込んだ。
それぐらい、私の強さへの執着と劣等感は強かった。

『**・**さん、よかったら考えてみてくれないかな?』
『えっ…留学?私が、ですか?』

18歳になった頃、フィオーレへの留学の話が来た。本来は妹に振られるはずの話だったらしいが、妹は既に別のことに興味を移していたからか私の方に回ってきたのだそう。
そこを魔法が盛んな国だと聞いていた私は、故郷から少し距離があるにも関わらず、二つ返事で了承した。

故郷に背を向けたその後も、私は1人で自分を追い込み続けて。使う魔法とその姿勢から、ついた異名は『孤高の雪姫』。
いつしか人々は私にも目を向けてくれるようになった。けれどそれは妹の存在を前提としたものばかりで、本当の仲間なんていないことに変わりはなかった。
そんな時。

『越えたい人がいるんだ。協力してくれねえか?』

再び私に声がかかった。今度は、心から私に訴えかける声。
その頃は零帝さんと呼んでいた彼だけが、本当の意味で私を認めてくれた。それどころか、自分が入る予定だったギルド――今私達がいる『蛇姫の鱗』に私も招いてくれたのだ。

私はというと、デリオラの封印解除に直接協力することはしなかった。それは彼ら自身がしてこそ意味を成すことであり、部外者である私がしたとして何の意味も成さないからだ。
けれど、敵ギルドの足止めくらいはした。せめて認めてくれた恩は返さなければ、そう思ったのだ。

『どうして、私を妹と比べないんですか?』
『いや、だってお前の妹さんのこと知らねえし…それに、俺も兄弟はいないけど、弟弟子がいてな。そいつと比べられるのは嫌だから』
『そうですか…零帝さんは、少し私と似ていますね』

彼と私は似ている。越えたい何かがあって、それに向かって真っ直ぐで。
この時から、私は独りではなくなった。

***

「――と、いうわけなのよ」
「なるほどな。お前があんまり周りにべったりしてないのは、そういうわけだったのか」
「…そうね。元々そういう性格だからかもしれないけど」

ずっと、誰にも頼らなかった。頼れなかったのだ。
比べられるばかりだった境遇が、私の性格の殆どを形成していた。

けれど、あの日出会った彼らは確実に私の世界を変えてくれた。
誰かの姉としてではない私自身でいることを、彼らは許してくれた。畳んだままでいた翼を、彼らは広げてくれたのだ。

そして、そこまで私を導いてくれたのは――

「…ありがとう。貴方のお陰で私は救われたわ」
「救われた、って…そこまで言うことか?…まあ、お前は昔の俺に似てるから放っとけなかったんだろうな」

彼の方もまた、私と似ていると思っていたらしい。
だから、私にこんなに優しく接してくれているのだろう。だとしても…いや、だからこそ心配をかけたくなかった。

誰かに心配をかけたくない、そのような状況は幾度かあった。
今までの私なら、誰かの足手纏いになるくらいなら独りでもよかったと簡単に切り捨てられた。それなのに、今の私にはなぜだかその選択ができない。

いつの間に、私はこんなに丸くなってしまったのか。

「お前の事情はわかった。今まで言えなかった理由も理解できる。…けどさ、もうちょっと仲間に頼ることを覚えたっていいんだぞ?」
「そう…かしら」
「…お前も俺も、もう独りじゃないんだからさ」

そう言って、彼は布団をかけて立ち去る。

誰かを信頼するのは構わないけれど、誰かに依存してはいけない。本当に大事なことは、自分の力でやらなければ意味がない。
それは大原則で、今も変わらない。

それでも、ここの仲間達になら頼ることもできるかもしれない。少しずつならば、弱みを見せることもできるかもしれない。

とりあえず、今日は彼らの優しさに甘えることにした。