残り香だけを束にして、

机の上。
本棚に並んだ本の中から『私立聡明中学校 xx年度卒業記念文集』と背表紙に書かれた青いそれを手に取り、彼――てんやくんの文章が載ったページを探す。彼の苗字は飯田だから、確か掲載順はクラスの中でも前の方だ。
もう何回も開いて癖のついてしまったそのページには、プロヒーローである彼の兄・インゲニウムのようなヒーローになりたいのだと書いてあった。

「あーあ、てんやくんは今頃雄英か……」

誰にともなく呟いたところで、名前を呼び始めた頃を思い出す。
確か、私がすぐ後ろの席にいた頃。まずは他の子を名前で呼び、その流れで彼を呼んだことにすれば本人も周りも自然なこととして何も言わないだろうからとさりげなくてんやくんと呼んでみたのだ。最初は誰だろうという反応をされたものの、すぐに彼自身のことだと思い至ってくれたのは単純に嬉しかった。
ちょうどその頃に何か大きな学校行事があり、私達のクラスはその振り返りでメッセージを送り合った。クラス全員で回していったその紙が自分のところに戻ってきた頃には色とりどりのメッセージで埋まっていたが、彼の文章は初めの方に彼の髪のような藍色で書かれていたこともありすぐに見つかった。
いい笑顔だった、と褒めてくれた。
私も彼宛にメッセージを書いたような気がするが、「てんやくんへ」という書き出し以外覚えていない。どうせなら漢字で書けばよかったなあとも思ったけれど、今となってはもうどうでもよかった。

***

SNSを開き、検索窓をタップしてカーソルを合わせる。そのまま記憶を頼りにアカウント名の一文字一文字を一気に打ち込めば、彼の非公開アカウントが候補にのぼってきた。
イイダテンヤ、本名をそのままカタカナにしたシンプルな名前がまた彼らしい。

「……遠くなっちゃったなあ、」

その鍵をこじ開ける勇気なんて元々持ち合わせてもいなかった私は、周りのアカウントからのリプライで今の彼を窺い知るしかなかった。彼の雄英高校での同級生だという上鳴くんという人のアカウントから上がっている写真を見れば、彼は私の知らない顔で笑っていた。
あのときはすぐ前にいた、それだけで心の距離までもが縮まるものだと思っていた。けれどそれは私のただの一方的な思い込みで、実際は全くそのようなことなどなかったのだ。
彼が褒めてくれた笑顔は、もう見せられないのだろう。だって、もう彼は私の手の届かない存在になってしまったのだと悟ったあとなのだから。

「てんやくん……」

ごめんね。
私はもう、あの頃のようには笑えないや。