碧の愚情
世界一となるべく、己の全てを費やす――ライバル達との実力差を感じて焦っていた俺に、憧れの人はそんなアドバイスをくれた。
ならば世界一のその先に、俺は何を求めるのか。
***
俺には憧れの人が2人いる。
1人はノエル・ノア――俺が今いるチームの指導者で、アドバイスを求めたのもこの人だ。常に沈着冷静で感情を表に出すことのないまま、ただひたすら合理的に世界一を目指している。それでもう1人の方というのは、俺が一難高校に通っていた頃贔屓にしていた地元の和菓子屋の、看板娘のお姉さんだ。
憧れの人とひとくくりに言えど、彼女に対するそれはノアへのものとは違う。おそらく世で言う恋心だとか、そういった類のものなのだろう。
『きんつばだよね、今店頭に並べるから待っててね』
滅多に笑わないノアとは対称的に、俺の記憶の中でずっと笑いかけている――そんな彼女に、いつからか俺は焦がれていた。
最初はただ単に大好物のきんつばが食べたくて通っていただけだったし、きんつばさえ売り切れていなければ彼女が店を休んでいても買いに行っていた。けれど俺はいつの間にかきんつばを買いにというよりはお姉さんに会うためにあの店に通うようになり、彼女が休みとなると寂しさと諦めからか本来の目的だったはずのきんつばも買わずに帰ってしまうくらいになった。
お姉さんの名前も年齢も知らないくせに、彼女の笑顔と手渡してくれるきんつばの味だけはやたら覚えていた。どうかその笑顔を俺だけに向けてほしいだとか、彼女の名前を知り呼んでみたいだとか、そんなひどく独善的なことさえ願ってしまうけれど、生憎と人は他人を変えることはできない。
「お姉さん……っ、」
世界一のストライカーになった暁には、お姉さんを迎えに行く。
そうちゃんと目標を捉え直したのはほんの昨日今日の話だけれど、いつかは彼女を迎えに行くと決めていたこと自体はかなり前だったと思う。入寮テストを受けた頃だったか、世界一へと至る自信も覚悟もなかった頃の俺はせめて日本代表になった暁にはと中途半端な目標を――それこそ1年生になったら友達100人できるかな、なんて昔聞いた童謡レベルのぼんやりとした目標を立てていた。
この青の監獄に入寮するまでずっと彼女の店の常連だったから、きんつばばかりを買う客としてでも覚えていてくれたから――優しくてよく笑ってくれていた彼女ならば、俺を選びはしないまでも認めてはくれるだろうと。『たかが』日本代表の範疇に収まっているだけで日本を優勝に導けていない俺『でも』いいよと彼女は手を広げ受け入れてくれるだろう、今思えばそんな甘えがどこかにあったのかもしれない。今はそもそも外出券を手に入れるために10ゴールを決めなければならない以上長らく行けておらず、その間に忘れられているかもしれない可能性だってあるのに。
「……お姉さんは、俺を待っててくれんのかな」
ここに身を置くようになってからというもの、俺はどれだけエゴに目覚めてしまったのか。自分のことをどう思っているのかも、恋人がいるかどうかも、そもそも名前すら知らない――そんな彼女を迎えに行こうだなんて。俺はいったい何を言っているのかと、自分で自分に呆れてしまう。
けれど、もし世界一に手が届いたら、その暁には。
「なあ、俺じゃ……駄目なのかよ、」
なんて、よくある曖昧な言い方じゃなくて。
俺を――俺だけを選べと、自信を持って言えるだろうか。