陶酔的忘却論

あの日、俺は足に怪我――右膝前十字靭帯断裂を負った。
もう二度と夢見ていた自分になんてなれないのではないかとずっと人生に絶望していた、そんなときに俺はある飴玉に出会った。今ころりと手のひらで弄ぶように転がしているこれは痛み止め――なんて言えるような代物ではないけれど、これを服用しているときは痛みも無力感も全部忘れられるから痛み止めでも間違いではないのだろう。青い監獄へと招待されたあとは私物を持ち込めない関係上一時的に断たざるを得なかったけれど、プロジェクト期間が終了した今は足が痛んだり痙攣したりする度に再び口にするようになっていた。
そんな俺を心配したのか、同棲中の彼女――**が俺を伺う。

「豹馬くん、それ、何?飴玉?」
「ん?……ああ、飴玉ってのはあってるけど、痛み止めみたいなもん。俺が足を怪我したことは**も知ってるだろ?」
「怪我って、あの試合のときの……まだ痛むんだ、」
「ああ、今は痙攣するって程度なんだけど」

そうは言いつつも、彼女の視線は飴玉の方へと注がれていた。
飴玉程度で痛み止めになんかならないだろうとか、もっといい薬があるんじゃないかとか、そう考えているようには見えなかった。むしろ――彼女も興味があると、そう言いたげな目線だ。
彼女も俺と同じで甘いものが好きだから、不自然なことではないのかもしれない。

「ん、興味ある?……そりゃそうだよな、**も甘いの好きだもんな」
「まあ、ある……方かな」
「わかった。でもあれをお前にやることはできないから、代わりのやる」

とはいえ、**には俺みたいになってもらうわけにはいかない。第一、俺もこの痛み止めの開発元が玲王の親の会社の傘下――つまり玲王に頼めばいつでも調達できると知った際一番最初に感じたのはまたあの薬で痛みを忘れられるのだという安心感だった。裏を返せば、そのくらい俺はどこかで痛み止めに依存していたのだ。
だから彼女には俺が普段服用している『痛み止め』の類似品で、同じ会社で開発された性感に効くというものを渡すことにした。王冠のマークが描かれた紫のパッケージのそれはさすがの俺も服用したことのないもので、玲王からも甘い味がついているとしか聞いてはいない。
べー、と差し出された彼女の舌に飴を置けば、未知の味と感覚に彼女の身体が震えた。

「あ、甘い……っ、甘いよ、ひょーまく……っ、」
「ん……?ああ、俺もこれは初めてだけど、確かにちょっと甘すぎるかもな」
「でも、どうなっちゃうの……?こわい、よ、」
「やっぱ不安か。じゃあこの飴が溶けるまで、ずーっとちゅーしてようか」

不安がる**をあやすようによしよしと頭を撫でながら、唇を塞いでやる。そのまま舌を絡めて触れた飴の味は玲王が言う通りの甘いもので、あの『痛み止め』とは少し違うけれど、身体の奥で滾る熱がずっと冷めないでいるような――脳天をぶち抜かれるような感覚を覚えた。飴が溶けきるのに従い唇を離した頃には、だらりと彼女の身体から力が抜けていて。
もう、彼女にも効いたみたいだ。

「ぁ、あ……ひょーまく、これ、へん……っ♡」
「なんじゃこれ、やべ、熱か……っ、」
「ぁ……っ、ひょーまくんも、あついの……?♡」
「ん、熱かど……っ、**も、ばっちり効いちょっみて?」

熱に浮かされつつまだ不安の残っている様子の彼女をとりあえずソファーの上に寝かせ、そのまま覆い被さり距離を縮める。向こうの方言が出てしまっていることなど、気に留めている余裕なんてなかった。
よしよしと頭を撫でてやると、彼女はうっとりとした顔つきで俺を見上げてきた。その瞳は先程口にした飴玉のように蕩けきっていて、今彼女がどうなっているのかなんて聞かなくても分かるほどだ。

「大丈夫、ないもおじゅうなかでな……っ、」
「ぅー……?なにも……なに、も……?♡」
「ああ、ないも。……**、俺と一緒に熱うなろ。熱う、きもっようなろ?」

もう何を言ってもわからないであろう彼女にそう微笑みかけ、身じろぎする彼女の唇をもう一度塞ぐ。今度はもっと深く、息もつけないほど激しく口づけて。
ああ、もうこのまま。足の痛みも、それ以外も全て忘れてしまえれば。
そうすれば、もう二度と絶望せずにいられるだろうか。

***

それからというもの、俺と**は文字通り痛みも時間も忘れて溺れ続けた。最低限の寝食や健康維持以外は全て、この飴が効いた状態でソファかベッドにいる毎日だ。
いつまでもこんなことをしていてはいけない。現実逃避を続けていては、ダメになってしまうだろう――そうわかってはいても、俺は今の俺を止められない。仕方ないじゃないか、**とこうしていれば痛みも悲しみも全部忘れられるのだから。

「よしよし、よか子やなあ。ひとりで全部舐められっせぇ、よか子」
「ぁ、えへ……♡いいこ……?いいこっていってる……?♡」
「ん…… よか子じゃっで、もっと気持ちようしてやっでな……っ」

俺の言葉をちゃんと理解しているのかいないのか、**は快楽に蕩けた目でこちらを見上げる。幸い玲王からもらったこの飴玉はひとつだけではなかったので、どちらかの飴の作用が切れてしまう度に次の飴を口に含んではキスを繰り返した。次第に2人で1個じゃ効かなくなって、彼女も抵抗なく飴を口にするようになって。
痛み止めの方にはない、身体に熱が滾っていく感じが堪らなくて――今まで使っていた痛み止めの方に手を伸ばすこともなくなり、今では痛み止めよりもこちらの方が断然良いとさえ思えるほどだった。

「ひょーまく、ぁ、あ……こすれ、て、っぁ♡」
「ん?どげんしたと、気持ちよかと……?」
「ぁ、う……っ、きもちい、きもちいいの……♡」

ああ――そういえば、さっきベッドサイドから飴を取ったときもナカに埋めたままだったか。
飴のせいかすっかり緩みきったそこは、俺が少し動くだけで擦れて気持ちいいらしい。その証拠に、今も彼女の身体はびくびくと震えていた。

「っん、ん……ひょーま、く、あつい……あついよ…… っ♡」
「よか顔ばしちょっな……ほんなら、こんままいっぱい擦っちゃろうか……っ!」
「いっ、ぱい……?……っぁ、あ……っ、ひゃ……!?♡」

**の返事を聞く前に、ごり、と奥まで一気に押し進める。そのままぐりぐりと押し付けるように動けば、彼女は一際大きく声をあげた。
何度も抽挿を繰り返しているせいで、結合部からは蜜が溢れ出して止まらないままだ。

「ぁ、あ……♡ひょーまく、いっちゃ……っあー……!♡」
「よかよ、いっぺん楽になりやんせ……っ!」
「ぁ……っぁ、ぁ……〜〜〜っ!♡」

最奥を突いた瞬間、彼女は身体を大きく震わせ達した。ぎゅうぎゅう締め付けてくるそこに耐えきれず、俺もゴム越しに何度目かの欲望を放つ。
けれど、まだ。俺も**ももう数え切れないほど貪るように互いを求め合ったというのに、それでも足りなくて。
この滾りは、この疼きは、どうやっても収まりそうにないのだ。

「ひょーまくん……♡」
「**、どげんしたと?」
「もっと……もっと、ほしい……っ♡」
「ん……よかよ。じゃあ、まいっどすっか」

もう一回、もう一回――そう言って、何回こうしていただろうか。
今は、そんなことどうだっていい。今俺の身体を支配しているのはあの飴玉と、この身体に滾る熱だけだ。
あれほど苦しめられていたはずの痛みも、今日が何月何日かも、何度ゴムを取り替えたのかさえも、何もかもを忘れて。
ふたり、壊れてしまうまで。