目蓋のうらの凍原は言う
日本代表になり、兄・糸師冴を超える――俺の人生を狂わせた糸師冴をぐちゃぐちゃにしてやる、そのためだけに俺は生きている。雪の降るあの日、兄の人生に俺は要らないのだと言い切られたあの瞬間から、ずっと。
新英雄対戦を控え2週間の休息を得た今でも、周りが好きなタイプがどうのと騒いでいるのを横目に見つつ、これまでそしてこれからの命懸けの殺し合いに比べれば女などどうでもいいだろうと、半ば呆れ返ってすらいた。
そんな中だ、俺を変える女に出会ったのは。
「あの……これ、落としましたよ?」
「あ……ああ、」
はい、と手渡されたそれは、兄とまだ仲がよかった頃にもらったお揃いのハンカチだった。いつの間にかポケットから落としてしまっていたのだろうそれを拾ってくれたその女と、彼女に礼を言うため振り返った俺の、その目が合った、瞬間。
その顔が、声が、表情が、仕草が、全てが一瞬で俺を虜にした。
フクロウの目に惹かれるのとも、ホラー映画を浴びてゾクゾクするのとも違う――もっと、胸の奥底が熱くなるような感覚。彼女の何が俺をそうさせるのかはわからないけれど、普段女になど興味のない俺を惹きつけるには容易くて。
紛れもない、これは――一目惚れ、だった。
「って……糸師凛くん、ですよね?糸師冴さんの、弟の……!」
「そうだけど……どこで、」
「あ、あの……U-20日本代表戦見てたんです、」
彼女に名前を覚えてもらえていることに、一瞬感じた喜び。そして、それすら結局兄ありきのものなのだと突きつけられたことでの絶望。
糸師冴の弟、という認識はもう慣れている――なんせ、兄ちゃんは世界一のストライカーになることを諦めた今でもなお新世界11傑として数えられているような選手だ。とはいえ一目惚れした女性にまで『糸師冴の弟』としてしか見てもらえていない事実は鈍く、しかし的確に胸を抉った。
自分でもよくわからない感情が渦巻いて、けれど彼女から目が離せなくて。きっかけは兄でもいいから、最終的には兄ありきではなく俺を見てほしくて。
それが恋だと自覚したのは、それからすぐのことだった。
***
それから何やら急ぎの用があるらしい彼女――**さんを引き留め、兄の話をダシに連絡先を交換してしばらく。新英雄対戦を勝ち抜き23人のうちの1人として日本代表に内定した俺は、練習の合間に彼女と付き合うようになっていた。
彼女の家を訪れることもしばしばあるものの、いつもリビングや来客用の部屋止まりで自分の部屋には絶対に入れてくれないのが少し引っ掛かりはする。けれど貞淑を貫くために男を自室に入れないようにしているだけなのかもしれないし、もしくは俺が女をろくに知らないからそう思うだけで女性は皆こういうものなのかもしれない、何より俺には元々女に割いている時間などないはずだったのだからこれでいいのだと、俺は必死に自分に言い聞かせていた。
そして、何度目かのデートの約束をしたある日。
「……来ねえな、**さん」
待ち合わせに指定した鎌倉の時計台に、なかなか**さんが現れなかったのだ。
ダンジョンと称される横浜駅ならともかく、ここなら普通は道に迷ったりしないはずだ。まさか――しっかり者の彼女ならあり得ないはずなのだが、寝坊でもしたのだろうか。
心配になった俺は彼女の家に赴き、渡されていた合鍵でドアを開ける。
けれどリビングにも来客用の部屋にもおらず、風呂やトイレにも鍵はかかっていない。自分の知っている部屋の中の全てに彼女がいないことを確認した俺は、仕方なく彼女の自室と思わしき部屋に入ることにした。
ノックをするも無反応だったということは、本当に寝坊しているのだろうか。こんな形で彼女の部屋を訪れたくはなかったものの恐る恐る扉を開けた――その先には。
「**さん、入る……ぞ……っ、て、」
海を眺める兄ちゃん、塩昆布茶を飲む兄ちゃん、試合中の兄ちゃん、試合後のインタビューを受ける兄ちゃん、着替えている間の筋肉が見える兄ちゃん――壁一面に並んだ俺とそっくりの翡翠色の瞳が、侵入者たる俺を幾重にも捉えた。
兄ちゃんのサイン入りのボールが置かれた棚、兄ちゃんのチームのレプリカユニフォーム、兄ちゃんが載った新聞や雑誌の切り抜きに混ざって明らかに盗撮と思われるものすらある幾多の写真が貼られた壁。
そして、その兄ちゃん一色に染め上げられた部屋の中心――ベッドに座りながら自慰行為をする、**さんのあられもない姿。
「ぁ……だめ、だめ……冴さん、さえ、さ……っ♡」
「……今、冴さん、って、」
「やだやだ、ねえ……っ、みないで、さえさん……っ♡」
俺の声が聞こえているのかいないのか、ひたすらに、縋るように兄の名前を呼ぶ**さん。耳に嵌っているワイヤレスイヤホンも、どうせ盗聴か何かで手に入れた兄の音声が流れているのだろう。
彼女は俺と交際している今でも、兄だけが好きだった。今考えてみれば、むしろ俺との交際への承諾そのものが元々兄との接点ありきだったのだ。
――最悪だ。
最初から、俺は騙されていたのだ。
俺こそが世界で一番ぬるい、愚か者だったのだ。
けれど、どうしてだろうか。
こんなにも、絶望しているというのに。
俺はどうして、兄の写真に囲まれながら自分を慰めている彼女に、心のどこかで興奮しているのだろう。
「凛……くん?どうし、て、」
「待ち合わせに遅れたから、心配になって来てみたら……兄ちゃんのこと考えながら、ひとりでしてたなんてな」
俺の姿を見てようやく片耳分のイヤホンを外した**さんに歩み寄り、その手首を掴む。そのまま勢いよく彼女をベッドに押し倒せば、俺を見上げる彼女の顔には怯えたような色が浮かぶものの、それはすぐに期待の色に染まった。
いくらこの場で**さんを犯したとて、兄が彼女のことをただの観客としてしか扱っていない限りは、糸師冴の人生をぐちゃぐちゃにすることへの一助にすらならないだろう。けれど――例えそうだったとしても、もう止まれなかった。
そりゃそうだ、目の前で好きな女の自慰行為を見せつけられているのだ。しかも、俺ではない男――よりによって憎き兄ちゃんのことを考えながらだ。これを見て正気でいろだなんて、いくら俺と言えどできるはずがない。
「なあ、**さん」
この一面の兄ちゃんに囲まれている中で、俺に犯されたら。
あんたは、どんな顔をするんだよ。
*
ベッドに転がした**さんを上から見下ろし、唇を奪う。
何度目かのキスだったけれど、彼女の目には兄ちゃんが映っている――いや、初めからずっと兄ちゃんが映っていたのだろう。そんな彼女の目に俺は決して映ることがないと知りながらも、それでも俺は**さんを求め続けた。
「ん、ぅ……ふ、ぁ……♡」
舌を絡めるたび、ぴくりと震える体。兄ちゃんのことしか頭にないだろうに、口内を弄られる感覚は気持ちいいらしい。
今スペインにいる兄ちゃんは、何をどう頑張っても**さんにこうしてやれないだろう――いや、後にも先にも彼女にこうしてやれるのは俺だけだと思うと、少しだけ胸がすっとした。そのまま裸で転がっている彼女の体を撫でれば、柔らかな胸が掌を押し返す感触とともに甘い声が漏れる。
「凛くん、あの……待っ、」
「兄ちゃんは、あんたのことなんかなんとも思ってねえよ」
――だから、俺にしとけって。
何か言いかけた口をもう一度塞ぎ、今度は首筋に吸い付く。そしてそのまま舌先で舐め上げ、鎖骨まで辿り着けば強く吸う。赤い痕がついたそこに軽く歯を立てれば、またひとつ新たな印が増えた。
そうやってあちこちにキスマークをつけていくうちに、次第に彼女も慣れてきたのか大人しくなっていった。兄ちゃんのことが頭から離れない以上はまだ抵抗されるかもしれないと思っていたけれど、案外快楽に弱いタイプなのかもしれない。
「……なあ、」
「え、あっ……!」
**さんの脚を大きく開かせ、その間に自分の膝を入れる。
彼女が元々全裸で自慰行為をしていた手前脱がす手間をかけなくていいのは幸いだが、まさかここまで濡れていたとは思わなかった。既にドロドロになっているそこを指先でなぞると、**さんは恥ずかしげに身を捩らせる。
「ぁ……っ♡やだ、凛く、そこは、っ♡」
「嫌じゃないだろ?」
「ひ、ぁ……っ♡」
つぷりと中指を挿入すれば、それだけで腰を跳ねさせる**さん。初めて触れたはずのその場所の熱さに、俺は思わず唾を飲み込んだ。そのままゆっくりと出し入れすると、くちゅくちゅと厭らしい音が響く。
それが余計羞恥心を煽るらしく彼女は自分の腕で顔を隠してしまったけれど、それを許さず手首を掴みシーツに縫い留めれば、潤んだ瞳がこちらを見てきた。
――ああ、やっぱり可愛いな。
今、彼女は間違いなく、誰でもない俺の手で乱れている――その事実が、俺をどうしようもなく昂らせた。
「さえさ、ん……冴さん、たすけ、♡」
「……兄ちゃんのことが好きなくせに、その弟に犯されて感じてんのかよ」
「ち、違……ぁ、んぅ……っ♡」
違うと言いつつも、**さんの膣は俺の指を離さないと言わんばかりに強く締め付けてくる。それに、まだ一本しか入っていないというのに彼女の表情は明らかに蕩け始めていた。
ああ、もっと乱したい。兄ちゃんじゃ届かない奥の奥まで暴いてやりたい――そんな欲望のままに二本目を挿れ、中でバラバラに動かす。
同時に親指の腹でクリトリスを押し潰すと、**さんは大きく目を見開いた。
「ひっ!?あ、だめ、それだめ……っ!イっちゃ……〜ッ!!」
「……ははっ、」
本当にイッたのだ。それも、俺の指だけで。
兄ちゃんにすら見せたことがないであろう淫らな姿に、思わず笑みを浮かべてしまう。きっと、こんな姿を見られるのは後にも先にも俺だけだ。俺だけが、彼女のこんな顔を見ているのだ――そう思うと、優越感で満たされた気がした。
ずるりと指を引き抜けば、名残惜しそうな吐息が漏れる。すっかり出来上がってしまった**さんの姿に、俺のモノは既に限界寸前だった。
「なあ。どうせそんなだから、処女も兄ちゃんのためにとっておいてあるとか言うんだろ?」
「そ……そう、だけど、」
「諦めろよ、兄ちゃんは絶対にあんたには手なんか出してくれねーんだから。でも、俺ならあんたにこんなことだってできるし、兄ちゃんより優しくしてやれる」
だからさ。あんたの処女、俺にくれよ。
そう言ってベルトに手をかけると、**さんはこくりと小さく首を縦に振った。
***
「あ、あぁ……っ、は、はいって……っ♡」
「……っ、」
ゴム越しでもない先端が入口に触れる感覚に、ぶわりと全身が粟立つ。
行為に及ぶことも考えてコンドームを持ち歩くようにしていけばよかったけれどもう遅く、俺のものを受け入れようと必死に呼吸を整える**さんの姿を前に、我慢などできるはずもなかった。
そのまま勢いよく最奥まで貫けば、彼女の口から甲高い悲鳴が上がる。
「あ、ぁ……♡おっき、ぃ……」
「っく……っ、**さん、動くぞ」
「やだやだ、凛く、まっ、――ぁああっ♡」
待って、と言いかけた**さんを無視して律動を開始すれば、彼女はすぐに甘い声をあげる。それに比例してきゅうっと締まるナカと、結合部から溢れる血混じりの蜜。
壁に貼られている無数の兄ちゃんに見せつけるように、わざと彼女の脚を大きく開かせたまま何度も突けば、そのたびに膣壁がきつく絡みついてくる。
――ああ、気持ちいい。
頭の中が、目の前にいる女を犯したいという欲で埋め尽くされていく。
兄ちゃんのことなんて忘れて、俺だけを見てほしい。兄ちゃんのことなんか考えられないくらい、ぐちゃぐちゃに溶かしてしまいたい。兄ちゃんが彼女に気づかないうちに、俺が最初で最後の男になってやる。
「ひ、ぁ……っ、凛くん……っ♡」
「俺も、持ってかれ……っ、」
さらに激しく抽送を繰り返しているうちに、**さんはまた絶頂を迎えたらしい。
先程よりも強い締め付けに俺まで持っていかれそうになるけれど、彼女も俺もまだ学生だ。それを無視してまで既成事実を作るほどの勇気も何もない俺はどうにか耐えて引き抜き、そのまま彼女の顔の上に白濁を放った。