普遍のタイムリミット
3つで1パックのコーヒーゼリーに付いてきたクリームシロップを入れて、スプーンで掬った。それは、私にはまだ少しほろ苦いのかもしれない。
多分、背伸びしたいんだと思う。
『ねえ、**ちゃん。お友達になりましょう!』
私の親友――ホワイトがいつかそう言った日から、私は彼女といつもいるようになった。彼女達とお茶をしたり、プリクラを撮ったり。それだけで、私の世界に色が添えられていく。
“そういうこと”に、興味はあった。彼女達と会う、ずっと前から。
けれども父親が厳しいこともあり、自分とは遠い世界だと思っていた。彼女達が言ってることは大抵わかるけど、その領域に私自身がいることはない。彼女達に見合う自分になりたくて制服を着崩したりもしているが、それだけでは足りないことに気づきつつある。
そんな時だったのだ。
「**ちゃんに用がある人がいるの」
ホワイトに言われて、スマートフォンの画面から目を離した私の前にはクラスメイトの――名前は確か、レオ君。ホワイトから話は聞いていたから、どんな人かはうっすらと知っていた。妹が病気だから、その治療費を稼ぐためにホストで働いているらしい。
「えーと…**さん、だっけ。ホワイトの親友さんかな?」
「そう…だけど?」
「やっぱりね。…ホワイト、先に下駄箱の方に行っててくれる?」
「はーい!」
そんなわけで、机を挟んで向かい合わせになっている。
「誤解を恐れずに言うね。――君、もしかして“ああいうこと”に興味はあったりする?」
「…ある。けど、うちは親が…特に父さんが厳しいから。今は、会社の用事で泊まってるけど…」
ちなみに母は基本放任主義だ。私が何をやっても、父に見つからないように隠してくれていることは有難いけれど。
「成る程、よくあるパターンだね。…じゃあさ、今日出かけない?」
「出かけるって…今から?放課後に?」
「ごめん、無理だった?あ、お金なら僕が出すからさ?」
「大丈夫!行ってみたかったし…!」
もしかしたら、今日しかないのかもしれない。
私は母に『今日は友達の家に泊まる。父さんには絶対に言わないで』というメッセージを送って、スマートフォンをポケットに入れた。
「ホワイト、**さん連れてきたよ」
「ありがと!行こ、**ちゃん!」
そんな2人の後を追っていくと、30分くらいで裏通りの歓楽街に着いた。
「あ、クラウスさん!」
赤髪の偉丈夫はクラウスさんというらしい。隣にいるスティーブンさんと共に、この辺りでJKリフレを経営しているそうだ。
「どうだ、私のところで働かないかね?」
「あ、いえ、興味はありますけど、心の準備が…」
「まあ、無理強いはしないがな」
その後もレオ君の先輩のホストのザップさん、酒に弱いらしいソープ嬢のチェインさん、子持ちキャバ嬢のK・Kさん…とか、まあとにかく色々な知り合いを紹介してくれた。レオ君の顔の広さに軽く驚いたが、もしかしてこれが普通なのだろうか。
「それで、今日親になんて言ったの?」
「友達の家に泊まる、って…でも、ホワイトにいきなり言うのも申し訳ないし、かと言ってこのまま帰るのも…嫌なの、」
「そっか。だったら…ホテル行く?」
それが指し示すことは言われなくてもわかる。けれど乗らないのは少し申し訳ないと感じてしまった。
「…いいよ。コンビニで夕食買ってさ、そっから先は考えよう?」
***
「ここでいい?」
何もわからないままに、あるホテルに着く。ホワイトは先にどこかへ行ったようだ。部屋へと移動して、軽く夕食を食べて、風呂から上がったらホワイトが貸してくれた予備の下着の上に、来る時に着ていた制服を着た。
「今日この辺に来てみて、どうだった?」
「なんかね、上手く言えないんだけど…こんな世界って本当にあったんだね、って」
自分とは一生縁のないものだと思っていた。まさか私がそこに行くことになるとは、夢にも思わなかったから。
「だから、さっきからずっと純粋そうなんだね?」
違う。どうすればいいのかを知らないだけだ。
「えっ…素だよ?どちらかといえばレオ君の方が、」
純粋そうじゃないか、そう言おうとしたらいきなり腕を引かれて、そのまま倒れこむ形になる。
「…これでも、純粋だと思うの?」
首の後ろに手を回され、リボンのホックを外された。空色の瞳が、私を見上げる。前言撤回しよう、彼は純粋じゃなかった。
「あ…いや、やっぱそんなわけ、ない…か。レオ君、ホストだし?」
「まあね。…レオでいいよ。**って呼ぶね」
「おはよう。…昨日どうだった?」
…とりあえず状況を整理しよう。
椅子に座っているとはいえ同じ部屋にレオ君――違う、レオがいて、私はリボンが外された制服を着ていて――昨日のことは全部本当にあったことと考えられる。
「あー…うん…ホテル来てからはよく覚えてない、かな」
正確に言えば、「思い出せない」だろう。
「今日、学校ないよね?」
確か、昨日は金曜だったはずだ。流石にこの状況から学校に行くのは、弁明がし難い。
「土曜日だからね」
「よかった…!」
代金を支払ってもらい、ホテルから出た。
駅前でホワイトの姿を見かける。
「あっ、レオと**じゃない!なあに、付き合いだしたの?」
「…流れだってば。まあ本当に付き合ってもいい、けど…」
そこに、昨日知った赤髪の――クラウスさんが来た。
「また会ったな、レオナルド君の友人達」
「ですね。…クラウスさん、あなたのところで働く決心がつきました」
「そうか、ならうちに来るといい」
そして、私はゆっくりと、だが確実に堕ちていく。友人から「あの子、変わったねー」とか言われるのは正直言って気持ちが良い。
いい子な自分は、もう終わり。