幸せになるための魔法
※プロヒ設定
***
ヒーローのサポートをする企業に勤め始めて何年か経った冬のある日、私の携帯電話に一本の連絡が来た。画面を見ると、学生時代の同窓生の名前。
「…なんで?」
その同窓生・上鳴くんは中学も高校も同じだった。とはいえ、高校の時の学級は違っている。何より彼と私では目指している方向が違っていたし、交友関係も互いに別の方向に放物線を広げていたのだ。
耳郎さん、と呼ばれる子と仲良くしているのも、文化祭の様子で知っている。
とりあえず、折り返しで電話を掛ける。
「で…上鳴くんさあ、何かあった?」
『**、寿司いこーぜ!』
「…ん?」
『この辺に○×寿司ってあるじゃん?今、緑谷がそこの寿司屋とタイアップしてんだとよ!だからさ!』
――そうだった。
その寿司屋は彼の元同級生である現役のヒーロー、デクとのタイアップで今とても噂になっているのだった。
誘ってきたのは自分の同級生が関わっているからなのか、単に流行りものが好きだからなのか――多分両方なのだろう。
だとしても、なぜ私を誘うのか。確かに、一緒にいて楽しくはあったけれど。
「A組の子じゃなくていいの?」
『あー…皆忙しいらしくてさ、電話掛けたんだけど断られちった』
「なるほどね。それで中高と元同窓生の私ってわけか」
『ま、そういうこったな』
上鳴くんは単純が故に嘘が下手だ。彼が挙げたその理由も、きっと本当。
私も予定が埋まりきっているわけではないので、互いの空いている日を訊いて行くことにした。
「別にいいよ。いつにする?」
『そうだなー…来週の土曜なら空いてる。お前は?』
「私も。その日ならまだタイアップ期間中だから、その日にしよう」
こうして、私と上鳴くんの寿司屋行きは決まった。
***
番号を呼ばれたところで、上鳴くんがベンチを立った。どうやら彼を雇っているヒーロー事務所の関係者が、私達の為に奥の方の席を予約してくれたらしい。
ちなみに、今日の食事代は彼持ちだ。私は折半を提案したのだが、大丈夫だからと断られてしまったのでそれに甘えることにしたのだ。
このようなふとしたきっかけで、手の届かない存在になってしまったことを実感させられる。
あの頃は一緒に学校生活を送っていた同窓生だったけれど、今の彼はスタンガンヒーロー・チャージズマとして活躍しているのだ。時折仕事として彼らの事務所宛にサポート器具を開発したりはするけれど、こんな風に肩書きを取り外した状態で話す機会はあまりない。
タッチパネルを軽くタップして、お互いの注文を入力する。
「なー、最初の注文何にした?」
「私はとりあえずサーモン。上鳴くんは?」
「わら焼き鮪、だっけ?ってやつ頼んでみた」
「あんた、流行り物本当好きだよね」
彼が頼んだそれは、期間限定商品としてピックアップされているネタだった。どうせ『期間限定』の文字に踊らされたのだろう――やはりプロヒーローになってもそこは変わらなかったようだ。
ちなみに飲み物は私がメロンソーダ、上鳴くんはコーラをそれぞれLサイズ。もちろん、目的はデクのクリアファイルだ。
とりあえず2人分の注文が運ばれてきたので、それぞれを受け取る。
お取り忘れにご注意ください、なんて軽快なデクのアナウンスが響く。
「頂きます!…この鮪旨っ!」
「当たりだったの?」
「ああ!2貫あるからさ、もう1貫の方食べるか?」
「…なんでそうなるの?」
舌の上で蕩けるようなサーモンを堪能している間もなく、突然の提案。
恐らくだが彼はわら焼き鮪の1貫を、私のまだ食べていない1貫と交換するつもりなのだろう。
――ちょっと待って。幾ら何でも距離が近すぎる。
親友でも恋人でもない、ただ久し振りに会っただけの高校時代の同窓生に対して、普通そういうことをするものなのだろうか。 仮に、そうであっても相手はプロヒーローだ。奥の方の席とはいえ万が一マスコミにでも乗り込まれたら、彼はどうするつもりなのか。
「せっかく2貫載ってるんだぜ?1貫交換すれば2種類食べられて特じゃん!」
「あ……そういうことね」
返答を聞き、上鳴くん自身には私が考えるような意図はないのだと気づく。
――ああ、もう。
――変な意識した私が馬鹿だった、って事じゃん…
「ごめん、なんか勘違いしちゃって」
「いいって。それより1貫食べ終わったんだろー?皿ごとこっちくれよ〜」
皿ごと、というところにどこか安心する。
はい、と私のサーモンを向こうに寄越せば、同じように私のところにわら焼き鮪を寄越してくる彼。
何だかこの空間だけ、学生時代に戻ったみたいだ。
「もー…誤解されちゃったらどうするの?」
「それってマスコミに?いや、別によくね?」
「…えっ?」
「普通に元同級生と寿司食べてるだけじゃん。それとも…その、彼氏彼女…?みたいな、そういう風に見られないかって?」
上鳴くんは、私の心配事を一切意に介していない。私が不安視している理由がわからないのならまだしも、わかった上でこの様子だ。
全く、どうしてこうもさらっと言ってのけるのか。
「そ、そうだよ…!」
「んー…見られてもよくね?」
「…なん、で?」
「その、さ…俺は**とそういう風に見られてもいい、っつーか…」
顔を逸らし呟かれた言葉で、真意に気づく。
そうか――だから意に介していなかったんだ。
「それって、そういう関係になりたい…ってこと?」
「あー……うん、まあ…それで間違ってはない、かな」
――馬鹿。
――遠回しすぎるよ。
何も言わず、同じように赤くなっているであろう顔を伏せる。
照れ隠しと言われれば、それまでなのだが。
「…ごめん、**は嫌だった?」
「嫌…ではないよ、驚いただけ。…ほら、早く次のやつ決めよ?」
「ん?あ…ああ、そうだな!」
次の注文を入力しようと、タッチパネルに目を向ける。
この名前のない関係は、空気感は、いつしかありきたりな名前で括られてしまうのだろう。
そうじゃなくただ擽ったいだけの今が、私にはなんとなく心地いい。
だから、私が改めて答えを返すその時までは。
「何頼んだの?」
「いか天ガーリックソース!**は?」
「生ハムにしたよ!」
――この擽ったくて心地いい幸せを、続けさせてください。