悲しい明日はもう来ない
白で塗りつぶされたかのような、無機質な病室の中。
不治の病を宣告されてからは、そこに閉じこもる日々が続いている。
――ああ、寂しい。悲しい。
明日なんて、ずっと来なくていいのに。
*
「よ、**。元気だったか?」
「…見ればわかるでしょ」
たまに来る私の恋人――狡噛慎也だ。彼は外務省の仕事で忙しいながらも、こうやって見舞いには来てくれる。
私が食事を制限されている故か食べ物などは持って来ず、ただこうしてゆっくり話すだけの時間は癒しにはなっている。けれど、私がほしいのは優しい言葉じゃない。
彼の手で齎される死――それだけだ。
いずれ病魔に冒され死んでしまうくらいなら、その前に他ならぬ慎也の手で息を止めたいのだ。
けれど、言ったところでどうせ彼は叶えてくれない。
最期まで一緒に生きてくれ――きっと、そう言うだろうから。
***
「**?…どうした、調子悪いのか?」
思い詰めている私に気づいたのか、声をかけてくれた。
考えていることを言ったらその内容で、言わなくても黙っていることで、どち
らにしろ彼を心配させてしまうだろう。
そんな私の逡巡に構わず、彼は髪の毛がぐちゃぐちゃに乱れてしまうような荒
い手つきで頭を撫でる。
「何かあったら言ってくれ、な?」
「…いいの?」
「ああ。何でも」
「ごめん…」
やはり、私は慎也を心配させてしまっていた。
言わなければ。叶うかどうかはわからない、けれど――
「じゃあさ、その…お願いが、あるんだけど」
「お願い…?」
「うん、聞いてくれる……?」
「ああ。**の頼みなら何でも」
あくまでも真摯に寄り添おうとしてくれる彼を見る度、心が痛む。
『何でも』という言葉に甘え、絞り出すように願望を紡いだ。
「あのね、私……病気じゃなくて、慎也の手で死にたい」
案の定と言うべきか、それを聞いた彼は驚いた表情をしていた。
言わないほうがよかったのかな、と一瞬思わされる。
「それって…俺に**を殺してほしい、ってことか?」
「うん…だって、これ以上生きてたってどうせ苦しいだけだもん…!ね、いいでしょ……?」
「確か、もう治る見込みがないって医者にも言われているんだったな…」
少しだけ、寂しそうな顔で微笑む慎也。
やはり止められるのかと思ったけれど、その笑みには諦めの色が混じっていた。
「…わかった、やるよ。例え隔離されることになっても、俺は元々潜在犯だしな」
「本当に…?本当に、してくれるの…?」
「ああ。**の幸せのためだから」
ただ機械的に生命を繋ぎ止めているだけの装置を外され、首に手が添えられる。
捜査で何度使われたかわからないその手は骨張ってはいたけれど、私にはとても温かかった。
「慎也……っ」
「おやすみ、**。…愛しているよ」
「わた、しも……っ、」
言葉と共に、ぎゅっと強く首を絞められる。
段々呼吸が苦しくなって、意識が遠くなっていく。
これでいい。これがいいの。
息を引き取ることに、後悔なんてない。
だって――これでもう、悲しい明日は来ないから。