純情を脱いだ日
面倒見が良いところが好き。
明るいその性格も好き。
戦闘に巻き込まれ、傷ついた人々を慮る優しさも好き。
そんな貴方の側にいられることは、この上なく贅沢だと知っているのに。
心のどこかでそれ以上を求めてしまう私は、我儘でしょうか?
***
私達は付き合っている――まあ、一応。
だが私達の間には身体を触れ合わせることはおろか、唇を触れ合わせたことすらないのだ。
もしかしたら彼――秋樽さんは清らかな交際を是とする性格なのかもしれない。付き合っているとはいえまだ結婚しているわけではないから、それまでは純潔を保とうとしているのだろう。
だとしても、私としてはいささか寂しい気もしてしまうが――
「あ、あの……」
「うん?どうした、**?」
話しかけてはみるものの、踏みとどまってしまう私がいる。
そりゃそうだ、彼は暇があれば筋トレをするような人だ。私達市民を守るために日々鍛えている、そんな彼の邪魔をする権利は私にはない。
「……なんでもないです。すみません、筋トレの邪魔してしまって」
「はは、構わないよ。今日の分は終わらそうと思ってたところだしな」
結局、そうやって私のために時間を取らせる形になってしまった。
嬉しいと思う反面少々申し訳ない気持ちもあるが、せっかく時間を取ってくれているのだからちゃんと言わなければと思い直す。も、
「あの……私達って、付き合ってます……よね」
「……ん?ああ、そうだが……どうかしたのか?」
「はい、その……ですね。そろそろ……」
――ああ、だめ。言えない。
いざ切り出したとして、その後どのような反応を返されるかが不安で仕方ないのだ。厭らしいことばかり考えているのだと思われてしまったら、それで嫌われてしまったら。
もう、彼の側にはいられないのだろうか……そう考えると、言い出すことができない。
「**?……何か、あったのか?」
一人で悩んでいる私を見かねたのか、秋樽さんの方から話しかけられた。彼に心配をかけてしまった以上は、もう引き返すことができない。
――言わなくちゃ。
震えながらも、恐る恐る切り出す。
「そろそろ……抱いてほしい、かな……と」
「ああ、そうか……」
――言ってしまった。私、取り消しようもないことを言ってしまった……!
うるさく鳴る心臓の音を聞きながら、返事を待つ。頭を撫でられたかと思えば、いつもの柔らかい声でこう続けられた。
「……すまない。それはだめだ」
――だめだった。
最初から断られてしまうのが目に見えていたが、その時点で踏みとどまったままでいるべきだったのだろうか。今更、冗談だったとも言えない。
もう、彼に合わせる顔がない――そう思いつつも、どうにか顔を上げる。
「……です、よね。嫌われちゃったかな……」
「そうじゃない。**に無理をさせたくないんだ……わかるだろ、」
嫌われたのかもしれないと不安を口にすれば真逆の、しかし私の想いに応えているわけではない言葉が返ってくる。
やはり、彼は優しい。優しすぎるくらいだ。私があんな頼みごとをしても、厭らしいと切り捨てるどころか私の身体を気遣ってくれているのだ。
その優しさが、今の私には少しつらかった。
きっと、秋樽さんは私のことを壊れ物か何かだと思っているのだろう。
――これではまるで、妹や娘のような扱いではないか。
「っ……わかりません」
「……**?」
「秋樽さんは……貴方は、私に優しすぎです……っ!」
ぼろぼろと溢れる涙で、目の前の彼の顔が霞んでいく。
彼の言う『無理をさせる』というのがどういうことかはわからない。けれど、このままでは私は彼に一生触れてもらえないかもしれない……そちらの方が、私にとっては嫌だった。
「望んでいるのは、私の方です……!だから、その……っ、」
「おい、いきなりどうした、」
「その……自分のせいで私に無理させるだなんて、思わなくていいのに……!」
秋樽さんの服をぎゅっと掴めば、驚いてばかりだった彼の顔がどこか納得したかのようなそれに変わる。さすがに彼の身体が厚すぎたせいか押し倒すことは叶わなかったが、それでも彼はようやく私の我儘とも言える想いを受け止める気になったらしい。
「そう、か。……もう、いいんだな?」
「……えっ?」
「あのな、俺だって抑えてたんだぞ……!」
――ああ、なんだ。
彼だって、私と同じだったのか。
それ以上を求めてしまうことで、私を傷つけるのが怖かっただけなんだ。
けれど、もう大丈夫だとわかったから。
あまりにも重かった純情が、羽のように軽く思えて。
私は今日、純情を脱いだ。