例えばその手にひとすくいの三日月を、

※事後

宇宙に行きたいと思ったことはあるか、と荒船に尋ねられたことがある。
荒船隊隊員の穂刈か、あいつも観に行ったらしい流行りのアクション映画のどちらかの影響だろう。それか、いわゆる男のロマンなどというやつか。
確かに俺も、一人乗りのロケットで行けたら――などと思っていたような記憶があるが、それはあくまでも子供の頃の話だ。けれど今の俺はそこまでロマンチストではないし、もし行けたとして結局この眼に映るであろうものはあちら側の世界となんら変わりないのだと知った頃には、もう諦めてしまった。

「っあー……何してんだよ、俺……」

――どうして、こんなことを思い出したのだろうか。



俺が寝ていた場所の隣で静かに眠っている彼女――**を起こさないようにと気をつけながら、先程まで吸っていた煙草の火を消す。
ああ、そうだ。匂いが移らないように、歯も磨かなければ。

そもそもどうしてこんな状況になったかというと、それは昨日の夜の俺の行動から始まる。ボーダー本部基地を出た後、見上げた先の夜空にあまりにも綺麗な三日月が映っていたものだから、こんな夜には酒でも飲もうと馴染みのバーに足を運んだのだ。
そのカウンターでいつも通りビールを飲む俺の横で、**は夕焼けのような色をしたカクテル――確か、カシスオレンジといったか――を飲んでいた。そのカクテルはそこまで強いものではないらしいが、彼女はあまり酒に強い体質ではないようで、隣にいただけで全く面識のなかった俺に寄りかかってきた。
そのまま時は過ぎて閉店時間になったものの、俺は彼女の住所を知らない故に家に帰してやることもできず、タクシーの乗降場もない。仕方なく彼女に肩を貸しながら地下鉄に乗り、ホテル街の近くの駅で降りることにした――ものの今空いているホテルがいわゆるラブホテルと呼ばれるような所しかなく、俺は彼女と勢いで一夜を共にしてしまった、というわけだ。隊服を着ていない俺をボーダー隊員と認識する者が彼女を含め近くにいなかったことだけが、唯一の救いだろうか。

「むにゃ………こーたろーしゃ……?」

一夜だけの過ちを犯してしまった罪悪感と、いわゆるお持ち帰りというものを実現できた喜びとの間で揺れる俺を他所に、**はすっかり眠りに落ちている。
眠れずに布団を抜け出して、煙草まで吸った俺とは、大違いだ。
見知らぬ大学生と一夜を共にしておいてよく寝られるよな、と感心すらする。

そんな彼女だから、今俺が苛まれている取り返しのつかない罪さえも、笑って許しくれるだろうと――あるいは、罪とさえ思っていないのかもしれないと、ある種の期待をしてしまう。
それでも、たとえ許されたとしても、俺の心を縛り続けるそれが消えるわけではい。**にだって本当は付き合っている相手などがいたのかもしれないのに、俺は誘惑に負けて彼女に手を出してしまったのだ。

目を背けようとすれば、一瞬楽になれる。
そして、それを続けた分だけ、楽になれる時間は増えていく。

――そうだ。
――一人乗りのロケットに、乗り込んでしまえば。
――そして、そのまま帰らないままでいれば。

子供の頃の夢とも言えないような空想を、ふいに思い出した。
期限切れのチケットにすら縋りたくなるくらいに、この後ろ暗い過ちから逃げてしまいたいと。
そう願う俺は、どこまで情けないのだろうか。



結局ろくに眠れないまま、俺は***の隣で朝を迎えてしまった。
彼女をちゃんと起こして、家に帰してやらなければ。そう思いつつ、寝顔を見たら起こさない方がいいかもしれないとも思ってしまう。
それを知ったら、あいつは俺をチキンだと揶揄うのだろうか。

――ああ、そうだよ。
お前が昨晩かっこいいとか何だとか褒めていた奴はな、本当は相反する感情の間で揺れてばかりいる、どうしようもない臆病者なんだよ。

それでも、その弱さをなんとか誤魔化してしまいたくて。
未だに眠り続ける彼女の頬に、俺はそっと口付けを落とした。