劇的に愛してみせて
幼馴染の**が、一週間後に式を挙げると聞いた。母親の借金を返すために、金持ちというだけの特に好きでもない大手実業家と結婚させられるらしい。
ボーダーの任務や広報の仕事に追われている間に、まさかこんなことになろうとは思わなかった。送られてもおかしくないはずの招待状の類は一切送られてこなかったが、それもきっと俺を心配させまいと秘密にしていたからだろう。
「……嘘、だろ?」
――どうして、俺じゃないのだろう。
――俺なら、そんな思いは絶対にさせないのに。
そう思ってもみたものの、よくよく考えれば俺のせいだ。家族のように仲良くしていた幼馴染だから、きっと俺の元にいてくれるだろうと油断してしまっていたのだ。こうなってしまうくらいなら、彼女が俺の手を離れる前にさっさと告白して付き合っていればよかった。
けれど、今となってはもう遅い。
何とかこの未来を変えられないかと迅に訊いてみたものの、届を既に出しているならほぼ覆らないと返ってきた。
「やっぱり、もう遅いのか……?」
俺が**のことを諦めかけていると、迅は思いがけない提案をする。
「――嵐山、聞いてる?」
「迅……?」
「その花嫁さんを略奪……とかしてみたら、少しは変わるかもしれないよ?」
――略奪婚、か。
そんな方法があるのに、どうして俺はそれを思い付かなかったのだろう。ボーダーの広報部隊としてのイメージを守ろうとしすぎて、無意識に躊躇っていたのかもしれない。
けれど、今はそんな建前など関係ない。**が大して好きでもない奴なんかと――いや、俺以外と結ばれるだなんて、そちらの方が余程許されない。
俺が、絶対に許さない。
「……なるほど。いい方法ありがとな、迅」
「で、どうするんだ?」
「略奪――することにしたよ」
「そうか。劇的なものになりそうだな」
こうなったら当日結婚式場に乗り込んで強引にでも奪い取ってやろう――いや、取り戻してやろうと。
そう決めた俺にもう迷いはなく、彼女の服に仕込んでいた盗聴器から得た式場の名前を元にルートを調べるまでにそう時間はかからなかった。
***
当日、昼頃。
ボーダーの任務はあったものの、それより大事な用事があると相談したら苦い顔をされつつもなんとか許しを得た。元々近界民に恨みはない俺が、任務と家族を天秤にかけた際に後者を選ぶのはある意味必然だった。
本部基地前に停車してもらっていたタクシーに乗せてもらい、式場に着く。
「ここで降ろしてください、」
無理を承知で受付に相談を持ちかければ、あのボーダーの隊員だからとすぐに入れてもらえた。
そのまま足早に廊下を進んだ先、**が式を挙げているという会場の扉の前。漏れ聞こえる声からすると、もう誓う寸前のようだった。
『夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?』
『はい、誓いま――』
覚悟を決め、扉を勢いよく開く。
「嵐山准、現着した!」
目に飛び込んだのはウエディングドレスを着た**と、彼女の結婚相手であるというタキシードを着た男性。見た目からするに、本部長くらいの年齢だろう。
**のドレス姿を見ることができたという点だけは何の文句もなかったが、問題はその相手だ。親の都合で出会わされたばかりだというこいつは、一体**の何を知っているというのか。ずっと幼馴染として**を見てきた俺を前にしても、まだ彼女との愛を誓うなどと示し合わせの嘘を宣えるのか。
「あの、待って?……なんで、准くんがここに?」
「なんでって、家族なんだから。助けるのは当然だろう?」
そのまま**の元に駆け寄り、強引に肩に抱えて出口へと走る。
会場には向こうの関係者らしき取材陣も並んでおり、どうしてあの嵐山が、出る予定はなかったはずだろなどと散々騒いでいたがどうでもよかった。
彼女をドライバーに預け、取材陣の元に赴く俺。
「その……これは一体、どういうことかね?」
取材陣の前、録っていたボイスデータを突き出す。
データを録っていたことに盗聴だなんだと周りは驚いていたが、**を救うためなのだから仕方がない。それに、もし彼女自身がここにいたらもっと大きな騒ぎになっていただろう。
『いい?**。もう籍は入れておいたから、この人と結婚するのよ』
『いや、あの……私は、准くんが……』
『准くんって、あんた何言ってんの?たかがボーダーの給料で私の借金が返し切れるわけないでしょ?』
流れた途端、席を立つ何人かの取材陣の姿。
**の母親に借金のことを問いに行く者、その実業家のスキャンダルだと問い詰めに行く者などが現れ、その結果今や俺の前にいる取材陣は半分くらい減った。
俺の前にい続ける者の中には略取罪に問われるぞと怒号を飛ばす者もいたが、新婦がこの連れ去り行為に同意している場合は問われないことくらい既に知っている。
『あーあ……准くんが助けに来てくれたらいいのにな、』
同意の証拠は、この彼女の一声で充分だろう。
もう既に突きつけたのだから、あとは待たせているタクシーに再び乗り込み、そのまま**と駆け落ちをするだけだ。逃げる先は決まっていないが、とりあえず今日はホテルかどこかに泊まらせてもらおう。
本当に助けてきてくれたのかとドレス姿のまま泣きじゃくる彼女の背中を撫でながら、俺はこれからの彼女とのことについて車の中でずっと考えていた。
***
その後。
「ごめんね、あの時断れなくて。本当に助けてくれるなんて思わなかったよ……」
「いや、俺こそ迎えに行くのが遅くなってすまなかった」
俺は**に両親と縁を切らせ、無事に俺との縁を結び直した。もちろん、盗聴していたことなどは全く話していない。
それで実業家や**の両親がどうなったかというと、強引に金目当てで結婚させたとして俺を巻き添えにメディアに載り、肩身が狭くなったらしい。俺の**に手を出したのだから、どうなろうとも自業自得だ。
顛末を報告するために、迅に連絡を入れる。
「もしもし、迅?」
『おっ、嵐山か。まさか、式場に乗り込んだんだって?』
「ああ。決まってるだろ」
――俺、ちゃんと**のこと取り戻せたよ。
電話越しにそう告げれば、迅は本当に劇的なものになったなと笑っていた。