ピンクの犯行声明
私の嗜好は、そして思考はいつも『可愛らしさ』に傾いている。
愛くるしいぬいぐるみを目にすれば顔を綻ばせてしまうし、街頭を練り歩く宣伝用の着ぐるみと出くわせばついつい頭を撫でたくなってしまう。
今日もそう。たまたま通りがかった旧弓手町駅の近くで、銀髪に赤い瞳の少年――小学生だろうか、彼の側で浮いている黒いぬいぐるみに目を奪われてしまっていた。
炊飯器ほどの大きさのそれは、耳から察するに兎のぬいぐるみだろう。ころんと丸いフォルムに、申し訳程度にくっついた短い足、すやすやと眠っているかのような糸目。
――その全てが、私を虜にした。
「可愛い……!」
あれがどういう仕組みで浮いているのかはわからないが、きっと遠隔操作でもしているのだろう。そんなことよりもまずあの柔らかそうな頬っぺたをつついてみたいし、自分のそれを擦り寄らせてみたい。願わくば、抱きしめてしまいたい。
あの黒うさちゃん(命名・私)が市販品なら今すぐ同じものを買ってその願望を叶えているところだが、今まで他のどの店でも見たことがないものだからおそらくあの子の親御さんの手作りだと思われる。息子さんのために遠隔操作のドローンまで仕込んでしまうとは、相当器用で子供想いの親御さんだ。
同じものを買えないのならば、一晩でもいいからお持ち帰りしたい。そんな願望が一瞬浮かんで、そのまま脳内を通り過ぎた。あの様子を見るに、彼にとってあの黒うさちゃんは大事な相棒ともいえる存在だろう。そんな黒うさちゃんを私ごときが家に持ち帰ろうだなんて許されるはずがない。
『僕が先に測っていいか?』
あの子の友達と思われる、眼鏡をかけた少年が話しかける声が聞こえる。
黒うさちゃんは友達の声に応えるように口から体温計らしき機械を出してきたが、音声認識機能でもついているのだろうか。もしかしたら、家電を操作できたりもするのかもしれない。本当にそうだとしたら尚更持ち帰らせてもらいたくなってしまうが、あの子が相棒を取られて泣く可能性を考えてぐっと堪えた。
そうこうしているうちに、ボーダーの隊員と思われる少年達があの子の方に近づいてくる。紫色の隊服を着た彼ら――三輪隊といったか――は、あの子の友達らしき女の子に用があるようだ。それが黒うさちゃんをつつきたいとかその辺りの用事ならば是非私もあの場に行って同じことをお願いしたいところだが、残念ながら漏れ聞こえた会話の内容はそういったほのぼのとしたものではなかった。まあ何にせよ、あくまでも一般市民の私がボーダーの邪魔をするわけにはいかないので、とりあえずはこの場を離れることにした。
***
数日後。
フライドポテトを買いにバーガークイーンに寄ると、この間見かけたあの子がレジに立っていた。例の黒うさちゃんを探したが、持っていないようだ。
友達の分も一緒に注文したらしく、多く盛られたトレイを前にしている。
「ふむ……」
これは他でもない、話しかけるチャンスだろう。
初対面を装って――というか互いに顔を突き合わせるのはまごうことなく初めてなのだが――話しかけてみる。
「君、困ってるみたいだけど。どうしたの?」
「うーむ……運びづらいな……」
「まあ、そんなに積んでたらね……よかったら、手伝ってあげよっか?」
幸い、私はまだ何も頼んでいない。
空いた両手にあの子が運びきれない分を持ち、彼のあとをついていく。
「ふむ、もうしわけない」
「いいよ。私はまだ何も頼んでないし」
友達が座っている近くのテーブルの上に、両手にあった品物を置く。
彼らに軽く会釈をし、自分の分の注文を済ませようとレジに向かおうとした、その時。
『ユーマ、あまり一気に運ばない方がいいと……』
と、どこからかにゅー……という音がする。そうして姿を現した影は、間違いなく彼がこの間連れていた黒うさちゃんだ。
生で見る黒うさちゃんは、やはり想像以上に――
「かっ、可愛い……!」
「ふむ?」
つい、口に出てしまっていた。
あの子に聞き返されたことでなんとか冷静さを取り戻し、改めて話しかけ直す。
「……ごめん。あの……あの黒うさちゃんが可愛すぎて……!」
「レプリカのことか?」
「そ……そう!あれ、レプリカくんっていうんだね!」
早く頬っぺたをつつきたい、あわよくば抱きしめたい――そう考えるだけで表情筋が緩んでしまうが、いきなりそれを頼むのは流石に失礼だろう。けれど、せめて撫でるくらいは許されるのではないか。
何も知らないふりをして、持ち主の彼に問いかけた。
「ね!一回、撫でてみても……いい、かな?」
「ほう……だってさ、レプリカ」
『私をか?』
伺われ、とっさの反応だった。音声認識機能ではなく、黒うさちゃん――もといレプリカくん自身に意思か何かがあるのだろう。けれど、もう何があっても驚かない。どこからともなく現れようが、意思を持って受け答えようが、今更関係ない。
どんな疑問を感じても、可愛さの前ではその全てがどうでもよくなるのだ。
「失礼しまーす……」
手に触れた額は思ったよりもつるつるとしていて、本物の炊飯器を思わせた。ぬいぐるみらしくふわふわとした柔らかなものではなかったが、それでも撫で心地が気持ちいいことには変わりないので何も問題はない。
これだけ撫で心地がいいのなら、きっと抱き心地だって同じくらいにいいものなのだろうと簡単に想像がつく。
「よしよし……」
『……私を撫でて、何かあるのか?』
「ん〜?そりゃ、可愛くて堪らないんだよ〜!」
それから欲望の赴くまま、彼らの赦しに甘える形で頬をつついたり擦り寄らせたり抱きしめたりして。そんな私をただただ不思議そうに見ている彼らの前で、レプリカくんの触り心地を思いきり堪能させてもらった。
当然というべきかお持ち帰りはさせてもらえなかったが、それでも充分にレプリカくんの可愛らしさに触れることができたので、ここは大満足としよう。