まろむ罪悪
朝。いつも通り目覚めた僕に、大惨事が起きた。
普段からずっとかけてきた愛用の眼鏡が、壊れてしまったのだ。
「な……!」
左側のつるの接合部分が離れ、右耳にしか掛けられなくなった状態の眼鏡を前に僕は冷や汗をかくしかなかった。父さんからのお下がりの、大事なフレームなのに。
裸眼ではっきりとものが見えるほど僕の視力は強くない。かといって、コンタクトを所持しているわけでもない。換装すれば視力は回復するが、空閑ではあるまいし常にトリオン体で過ごすわけにもいかない。
そんなわけで、眼鏡なしで過ごす一日が幕を開けたのだった。
***
「オサム?今日は眼鏡かけないのか?」
「壊れたんだよ……」
聴覚と触覚を頼りに、なんとか歩いた通学路の途中。
眼鏡をかけていない僕を不思議に思ったらしい空閑に、今までの状況を説明する。
「――というわけで、今日一日迷惑かけると思う」
「ふむふむ……なるほどな」
「母さんが同じ型のフレーム用意してくれてるとこだから、明日には大丈夫そうだ」
『オサム、私もサポートしよう』
そう協力を申し出てくれた空閑やレプリカのおかげで無事に過ごせることにはなったし、実際彼らと合流してからは何かにぶつかることもなかった。けれど、空閑はこれから迅さんに用事があると言っていた。
つまり、ボーダー本部に入るまでは再び何かとぶつかる可能性ができたということだ。
「……どうすればいいんだ、」
*
放課後、ボーダーの出入口。
まだ換装していないし空閑はいないしで、僕は再び聴覚と触覚に頼ることになった。もうすぐトリオン体に換装できるのだから、それまでの辛抱だろう。
「三雲くん?」
聴覚に遅れて、ぼんやりとした視界が誰かの姿を捉えた。
**先輩だ。彼女も、ボーダー本部を訪れたのだろう。彼女を通そうと道の右側に行こうとした、そのとき。
「先ぱ……っ、」
視界が悪かったせいか、**先輩の足元につまづいて倒れてしまった。
しかも、先輩を巻き込む形でだ。彼女を道の先に通すために動いたのに、その本人にまで転ばせてしまったのだ。これこそが、文字通り本末転倒というものだろう。
「……すっ、すみません!」
なんとか立ち上がろうと、床に手をついた――と思ったが、手に触れる感覚はそれが床ではないと伝えてくる。何かと思ったら、先輩の上腹部だった。
つまり、事故とはいえ彼女の身体に触ってしまっていたのだ。
胸元やスカートの中などではないだけよかったものの、もしそうなら絶対にビンタなり説教なりされていただろう。
「あの……三雲くん?」
自慢ではないが、僕はそういうことへの耐性があるほうではない。
空閑に千佳との恋人関係を疑われたときだって、平静を保とうとはしたけれど顔が熱くなっていた。幼馴染相手ですらそうなのだから、本命の**先輩が相手だと僕はそれ以上に戸惑ってしまうことくらい初めから目に見えていたはずだ。事実、今このような状況に追い込まれてしまった僕の頭はショートしかけてしまっている。
「なっ……何も、何も見てませんので!というか見えませんので!」
「だよね。眼鏡してないし」
「……っ」
「ま、今日は君の目の悪さに免じて許してあげるよ!」
何はともあれ、早く本部に行こう――そう言わんばかりに差し出された先輩の手を握り、今度こそ立ち上がる僕。彼女に手を引かれている以上、この心音が治まることはしばらくないだろう。
もう二度と眼鏡を壊しはしまいと、僕はそう心に誓った。