ぬるい夜じゃ駄目だ

日が落ちようとも決して眠りはしない繁華街。まだ学生である私がこんな時間にこんなところにいてもいいのかと周りの視線が問うてくるが、それもそのはず家には何日間も帰っていない。
そんな日々を繰り返していく中、今日もまた行くあてもなく進んでいた足はふいに後ろからかけられた声で止まった。
この声とその主を、私は確かに知っている。

「よお、**」

振り返った先にはボサボサの髪に鋭い眼光と、白いマスクの青年がいた。
紛れもなく、クラスメイトの影浦だ。自分の家のお好み焼き屋はどうしたと言いたくなるが、私はそれを言える立場とやらにはいない。

「影浦じゃん。なんでこんなとこに?」
「あ?……いや、別に。焼き鳥屋探してただけだ」
「……そう。あんた、焼き鳥好きだもんね」
「まあな。にしても……ここの奴らは、俺になんにも刺してこねえな」

彼は他人から自分へ向けて抱く意識や感情を自然に感じ取ってしまう体質の持ち主らしく、肌にちくちくと刺さる感覚があると言っていた。
けれど人というものは案外自分のことで手一杯なもので、見知らぬ他人に意識を抱くほどの暇はない者がほとんどだ。その事実が、彼にとっては何も刺してこないという結果として映るのだろう。

「あんたが思ってるほど、他人はあんたに興味ないってことだよ」
「そうかよ。そんならむしろありがてえわ」
「まあ、私はあんたのことすぐにわかったけどね……」

愛の反対は憎悪ではなく無関心だとよく言われるが、私が影浦に無関心でないからといってそれは彼に好意を抱いているという意味にはならない。彼はあくまでもただのクラスメイトであり、知人だ。
それを踏まえると、無関心の反対は愛ではなく別の何かなのではないかという疑問に辿り着く。

「で、お前はどこか行きてえのか?」
「別に、行くあてなんてないよ。それとも、今からこの辺の美味しい焼き鳥屋でも教えてあげようか?」
「お、そりゃいいな。どうせ、お前も今夜の夕飯決めてねえんだろ?」
「まーね」

あんたのおかげでそれができた、などと白々しい礼を言ってやろうかとも思ったけれどやめた。私が必死に行くあてを探していたように見えてしまうのは、どうも腑に落ちない。
けれど、その感情だって彼にはどうせ全て刺さってしまうのだろう。

「ほら、連れてけよ。その焼き鳥屋によ」
「いいけど、人通り半端じゃないからはぐれないでよ?」
「んな簡単にはぐれねえって」
「はいはい」

そんな訳で、私は影浦を引き連れ幅の狭い路地を歩く。
安くて美味しかった焼き鳥屋は確かこの辺りだったかと、私の中にうっすらと残っている記憶が証言した。私と彼のクラスメイトである村上ならすぐに思い出せただろうが、生憎私はそこまで記憶力がいいわけではない。
けれど案外私も道を覚えているもので、その焼き鳥屋には迷うことなく着いた。

「あー……やっぱ人多いな」
「そりゃ、安くて美味しいんだから人だって来るでしょ」
「それもそうか」

店に入れば、ここの店主が私に手を振る。
どうやら私がこの街によく入り浸るのは周知の事実のようで、いつもはあまり直接接しない店主も私の顔自体はよく見たことがあるらしい。とはいえ「今日は彼氏と来たのか」などと根も葉もないことを言われるほど親しくはしていないつもりだ――まあ、親しい相手だとしてもそのようなことを言われる筋合いとやらはないのだが。
謂れのない戯言に構っている暇などないと、席に着き注文を済ませる。

「えーと、私はささみとつくねと軟骨、つまみはポテトフライで。あんたはどうすんの?」
「俺はねぎまとぼんじりとレバー、あと枝豆にでもしとくか」
「あんた、このまま酒でも飲みそうな勢いだね」
「いくら俺でも飲まねえよ、そんなん」

そうやって影浦と冗談を――とはいえ少なくとも店主とのそれより幾ばくかは心地よいであろう軽口を――叩き合っているうちに、注文の品がこちらに運ばれてくる。
たて、このあとはどこで寝泊まりをしようか。いつものネットカフェでもいいけれど、今日だけは彼の家に転がり込むという選択肢もある――そんなことを考えながら、私は運ばれた串に齧り付いた。