8 夏らしく【前篇】



全国大会から一週間。
幸村は相手選手に見事0ゲームで勝利し、立海は決勝でも無敗で勝利を収め遂に全国ナンバー1の栄光を手にした。
桜華はマネージャーになったその年に全国優勝と言う場面に立ち会えた事を大いに喜んだ。
そして改めて試合を振り返り、幸村達一年レギュラー三人の強さを思い知った。


(幸村君と弦一郎と蓮二、いつの間にか立海の三強なんて呼ばれてるんだよね……一年生なのに凄いっ!でもそれだけの実力があるのは確かだもんね)


真田は『皇帝』

柳は『達人』

幸村は『神の子』


とても中学生につけられる二つ名ではない事に驚くも、それも彼らの強さ故なのだ。
実力がなければこの様な二つ名はまずつかないだろう。
桜華は「やっぱり凄いなあ……」と彼等の事を思った。



そんなこんなで優勝の余韻を残したまま数日が過ぎたある日。


「なあなあ、明後日って部活休みだったよな?」


それはブン太の一言で始まった。


「そうだけど、急にどうしたんだい?」

「いや、この夏休み部活ばっかで遊びらしいことなーんもしてねぇだろ?」

「確かにそうじゃの」

「そうだねー……一日くらいぱーっと遊びたいかも!」

「だろぃ!?そう言うと思って……」


そう言ってブン太がさっと鞄から出したのは、数枚の紙切れ。
桜華はそこに書いてある文字を首を傾げながら読んだ。


「……プールの入場券?」

「おう!近所の小林さんがもう行かないからよかったらってくれたんだ!」

「へえ。人数的には大丈夫なの?」

「一枚で四名様までで、二枚あるから八名様まで……ぴったりだぜぃ!」

「プールか……悪くないな。色々データも取れそうだ」

「(え?何のデータなの蓮二!?)」

「いいですね、私も是非ご一緒させて下さい」

「うむ、たまには娯楽に興じるのも悪くないだろう」


珍しく遊びに真田が賛成してる事に桜華は驚きつつも嬉しくなった。
皆で行ける、それだけで彼女にとってはとてつもなく嬉しかったのだ。


「明後日はみんなでプールだね!」

「ふふ、楽しみだよ(色々とね)」

「桜華、期待してるぜよ?」

「え?何が?」

「何でもなか」

「?」

「(桜華の水着……っ、やばすぎだろぃ!)」

「(ブン太顔赤い?熱でもあるのかな?)」


桜華はその場にいる全員が自分の事を考えている何て事には全く気付かない。
しかも、自分の水着姿を楽しみにされているとは露程思っていないだろう。
彼女にとってはプールに行けると言う事だけがただただ楽しみなのだ。

そしてそれぞれの思いを胸に、時は流れる。


それから一日はあっという間に過ぎ、今日はプール当日。
近くの駅で待ち合わせをしているはずなのだが、時間を過ぎても現れない人物、約一人。


「桜華、おっせーな」

「湊さんが遅刻なんて珍しいな……何かあったのかな?少し心配だ」

「連絡してみるか?」

「うん、ちょっと電話かけてみるよ」


そう言って幸村は携帯を取りだし、桜華のアドレスを開き発信ボタンを押そうとしたその時。


「はあはあ、みんな遅れてごめんねっ……!」

「桜華、六分三十秒の遅刻だ。……心配したぞ」

「ごめんね蓮二、ちょっと用意に時間がかかっちゃって……反省してます」

「本当にそれだけか?」

「うん、それだけ……!でも本当にごめんねみんな……怒ってる、かな……?」

「気にしなくていいよ湊さん。ただ皆心配してただけだから、怒ったりしてないよ」

「えへへ……よかった!ありがとう幸村君!」


桜華が遅れてきた事、幸村はとても心配していた。
事故に遭ってるんじゃないかとか、どこかの知らない男にナンパされてるんじゃないかとか。
幸村は前もこんな風に心配したことがあったな……とその時の事を思い出していた。


(俺はこんなにも心配性だったのかな……?)


そう思った彼だったがすぐに、ああ……湊さん限定か、と自分自身で納得した。
幸村は自分でも気付いてしまう程めっぽう彼女には甘い。

「とにかく、桜華も来たことだしいこうぜぃ!プール!」

「そうですね、行きましょう」

「桜華、行くぜよ」

「うん!」


ブン太が桜華の手を引っ張ってるのを見て、幸村は無性に苛々するのが分かった。
誰かが彼女に触れる度、ズキっと心が痛む。
どうしてこうも心が痛むのか、苛々するのか。
彼にはまだそれが分からなかった。


「幸村君……?」

「え?」

「どうしたの?何だか少しぼーっとしてたみたいだけど……」

「ああ、ごめんね。大丈夫、少し考え事してただけ」

「よかった!体調悪かったらどうしようって心配しちゃった!」

「!」


幸村がぼーっとしているのに気付いた桜華は、ブン太に言って手を離してもらって彼の所へ向かった。
彼女が声をかけると少しだけ驚いた顔をした幸村だったが、すぐにいつもの綺麗な笑顔を彼女に向ける。
それに安心して、そして一緒に行こうという思いを込め桜華はぎゅっと彼の手を握って引っ張ってみた。


「湊さん……?(手、柔らかいな。小さいし、可愛い……)」

「ほらっ、幸村君みんな行っちゃったよ?私達も早く行こう?ねっ?」

「……敵わないな」

「幸村君……?」

「ふふ、なんでもない。行こうか」


桜華は幸村が考えてる事が少し気になったが、何だかさっきより彼が嬉しそうな顔をしているから聞かないでおいた。
とにかく今は楽しむことを優先!そう心の中で思って。





「じゃあ着替えたらプールサイドで待ち合わせね?」

「おう!じゃあまた後でな」

「うん!すぐ着替えてくるからー!」


元気に返事をして女子更衣室に入っていく桜華を見送る男達。
その何人かの目には何とも言えない感情が見え隠れしていた。


「なあ仁王」

「なんじゃ」

「その……」

「ブン太、はっきり言いんしゃい」


一呼吸おいて、ブン太はぽつりと呟く。


「……桜華の水着姿、絶対やばいよな」


その言葉に、真田が「たたた、たるんどる!」と顔を真っ赤にして怒鳴っていた。
無駄に目立っているし、何より威厳がない。
横で柳がノートに何か書いているのはいつのも事なので皆スルーしている。


「み、皆さん!は、破廉恥な事を考えるのはやめたまえ!」

「いや、そう言う柳生も顔が赤いぜ?ははーん、さてはむっつりだな!?」

「ブン太正解。柳生は見た目通りむっつりじゃ」

「なっ……!」


彼らはまだ中学一年生ではあるが、男としての本能には逆らえない。
やはりそう言う事に興味がある、当然だ。
紳士な柳生も勿論例外ではない。


「と、とりあえず着替えねえか?」


そのジャッカルの一言で全員が思い出す。
桜華と別れて既に数分が経過。
彼女の得意技は、男子をも凌ぐ早着替えである事を。


「ちょ、まずくね!?桜華を一人でプールにいさせるのは……!」

「うん、これはまずいね。変な男に声をかけられるかも」

「声をかけられる確率84%」

「急ぐぜよ!」


意識しているのか無意識なのか。
全員本気で桜華が男に声をかけられるのを心配している様だ。
桜華は至って平凡などこにでもいる女の子。
恋は盲目とはこの事である。



その頃。


「遅いなー……男の子って水着に着替えるのに時間かかるのかな?」


桜華は一人プールで待ち惚けていた。
彼女の着替えの早さは水着でも変わらず、ささっと着替えてやってきたのだ。


「暇だなー……先にプール入ったら駄目かな?」


待ちぼうけている彼女は、壁沿いにあったベンチに座り俯き、足をぷらぷらさせていた。
一人でこんな楽しい所にいる事程つまらない事はない。


「桜華!」

「あ、ブン太!みんな!(よかったあ、やっときた……!)」

「はあはあ……大丈夫か?」

「え?何の事……?」

「何もなかったみたいだね……よかった」


何故か走ってやってきた桜華の待ち人達。
何を心配されていたのか分からず彼女は首を傾げる。
分かっていない彼女を他所に、幸村達はほっと胸を撫で下ろした。


「本当にどうしたの?」

「いや、もういいんじゃ……って桜華それは……」

「ほお……いいデータが取れそうだな」

「わ、ちょ、桜華やばすぎだろぃっ……!」

「ふふ、湊さんよく似合ってるよ」

「ありがとう!……でもちょっと恥ずかしいな」


男子全員の視線が釘付けになる。
桜華は花柄の可愛らしいビキニタイプの水着を着ており、下には短いが同じ柄のスカートを履いている。
中学一年生、体型はまだまだお子様ではあるが、好きな子の水着姿というのは刺激的な様だ。


「(似合いすぎだろぃ……本当に桜華可愛すぎる!)」

「(予想以上じゃな。体型はお子様じゃが……桜華なら何でも……)」

「(ふむ……胸はB寄りのAといったところか。まだ発達の余地はありそうだな)」

「(あー……湊さんはやっぱり可愛いな。水着は本気でやばいかも)」

「(し、刺激が強すぎます……!)」

「(女子の水着姿を見て心を乱すとはっ……!たるんどるぞ弦一郎!)」

「(こいつらまじまじと見すぎだろ。まあ、気持ちは分かるけどな)」


桜華の水着姿についてそれぞれ心の中で呟く。
少しの間全員がだんまりだったので、当の本人はまじまじと見られるのに恥ずかしくなったのか顔を赤らめながら笑って言った。


「ね、みんな!折角来たんだからプール入ろうよ!」

「お、おう!だな!」


慌てて返事をしたブン太に続いて、他のメンバー達も返事をしてプールへと向かった。
夏休みが終わりに近い事もあり、学生が最後の思い出を作りに来ているのか人が多い。
だがそれでも、プールの水は冷えた水を常に循環させているのかひんやりと冷たい、とても心地の良い水温が保たれていた。


「やっぱり人多いなあ。でも冷たくてすっごくく気持ちいいね!」

「そうだね。……あ、湊さんはぐれないでね?」

「うん!」

「(俺絶対顔赤いな……駄目だ)……こうしてたらはぐれないよね?」

「ひゃっ!ちょっと幸村君!?(わわわっ、どうしよう……!)」

「(あ、これは失敗だった)身体、ちょっと細すぎるよ……?もう少し太らないと……(でもまあいっか折角だしこのままで)」

「恥ずかしいし、くすぐったいよっ……!それにそんな言うほど細くないし……」

「十分細いから。……湊さんこうされるの、嫌?」

「あ……嫌って訳じゃないけど……!」

「(おろおろしてて可愛い)」


桜華の慌てている姿に幸村はいつもよりどきどきしている気がしていた。
普段と違う場所に加え、水着と言う特別な恰好……緊張するには十分すぎる条件だった
りんごの様に赤くなっているであろう自分の顔を隠すために後ろから彼女に抱きついた幸村だったが、結果余計に緊張するはめとなった。

そんな、傍から見れば何だか良い雰囲気の二人を邪魔する人物が二人。


「桜華!浮輪膨らましたから乗れよ!」

「えっ!わあ、乗りたいっ……!幸村君、私行ってくるねっ……!(このままじゃ恥ずかしくてプールどころじゃなくなるしっ……!)」

「あ……」


声を掛けられて、桜華は慌てて幸村から離れる。
幸村はそれに少し名残惜しさを感じた。
体から離れた手が寂しい。


「うわあ……こんな大きな浮輪、どうやって膨らませたの?」

「え?これは勿論ジャッカルだぜぃ!」

「ジャッカルの肺活量には驚かされるなり」

「(ジャッカル、凄い苦しそうな顔してるけど大丈夫なのかな……?)じゃ、ジャッカル大丈夫?苦しいの?」

「あ、ああ、心配いらねえよ(こいつら人使いが荒い!)」


そう言ってははっと笑顔を見せるジャッカルではあったが、やはり息が絶え絶えだ。
桜華はジャッカルを心配しておろおろするが、それを他所にブン太と仁王によって無理矢理浮輪に乗せられた。


「あ、もう!」

「ほら、大人しくしんしゃい。引いてやるから」

「俺も引いてやるからなっ!」


桜華はされるがまま、二人の引く浮輪に乗ってプールをぐるぐると回っていた。
それが段々楽しくなってきたのか、桜華は嬉しそうに声を出す。


「あはは!楽しい楽しい!ブン太、雅治!もっと早くー!」

「全く、我儘なお姫さんじゃ」

「しゃーねぇな!俺の天才的な妙技、たっぷり見せてやるぜぃ!」


そんな桜華を見てブン太と仁王は顔を赤くしながらも、自分まで楽しくなっていくのを感じていた。
しかしそれに気を良くしない人物は、その光景を遠くからじっと見ていた。
嫉妬と寂しさの籠った瞳で。


(湊さんあんなに楽しそうにして……。俺といるよりブン太や仁王といる方が楽しいのかな。何だろう、淋しいな……)




一方プールサイドでは、プールに入らずに会話を繰り広げる三人の姿があった。


「桜華は本当に楽しそうだな」

「ええ、笑顔がとても眩しいです」

「そうだな。……それよりも蓮二、先程から何を書いているのだ?」

「これか?データを少々、な……」

「ああ、そのデータ……後で私にも少し教えていただけますか?」

「少しなら構わんぞ」

「(こんな所でもデータを取るものがあるのか?)蓮二も柳生も楽しそうだな」

「ああ」

「ええ」

「……」


何時間か経ち、そろそろ疲れたという事もあってようやくプールから上がる事となった。
まだ桜華は名残惜しそうだったが、柳達に促され渋々上がったのだった。


「プール楽しかったなあ!また来年もみんなで行こうね!」

「当たり前だろぃ!」

「そうじゃの……ええもんも見れたしな」

「ふふ、来年の水着も期待してるよ?」

「え?幸村君!?」

「だって、今年の水着凄く可愛かったから。来年も期待するのは当然の事だよ」

「も……恥ずかしいなあ(私の水着姿なんて見て楽しかったのかな……?)」


プールを出て、他愛もない会話をしながら暫く歩いていると駅に到着。
ここでそれぞれが帰る方向によって別れるはずなのだが、一向に別れる気配がない。


「あれ?みんな帰らないの?」

「ほら桜華、行くぞ」

「え、ちょっと待って!?どうして私と蓮二だけ?」

「詳しい事は後だ。とにかく行くぞ」

「じゃあ蓮二、また後で」

「ああ。期待して待っていろ」

「うん、そうさせてもらうよ」


桜華が理解する間もなく、柳によって連れられて行く。
その光景をにこにこと、そしてにやにやと見つめる残りのメンバー。


「じゃあ、そろそろ俺達も行こうか」

「そうじゃな」

「そうですね、行きましょう」


そして二人を見送ると、残りのメンバーはゆっくりと次の目的地に向かうのだった。



(ねえ蓮二っ、これってどういう事!?)
(すぐに分かる。大丈夫だ、決して桜華にとって悪い話ではない)
(そう言われちゃうとますます気になっちゃうんだけどなあ……)

(ああ、湊さん本当に楽しみだなあ)
(じゃな。次はどうなってくるか……)
(でもよ、やっぱ水着が刺激的過ぎたって言うか……思い出すだけでやばいんだけど俺)
(ブン太、こんな所で興奮するのはやめてよね。しかも湊さんで(まあ気持ちは分からなくもないけど))
(うっ……)
(全く、丸井君はその様な事ばかり考えているのですか?)
(やぎゅ、おまんもじゃろ?)
(仁王君っ!)



あとがき

男七人に女一人のプールって考えたらすごいですよね。
桜華さん的にはまだみんな友達なのであんまり深くは考えてません。
思い出作れれば満足なようです。