9 夏らしく【後篇】



訳も分からず連れて来られたのは、


「蓮二の家……?」


とても素敵な日本家屋でした。


「え、ちょっと蓮二?どうして蓮二の家に?ますます訳が分からないんだけど……」

「すぐ分かる。とりあえず入るぞ」

「え、う、うん……(本当にどういう事!?)」


未だに訳が分からないが、とりあえず蓮二の言うがままに家に入った。
小学生の時に何回か来た事があるが、相変わらず大きく、そして綺麗だ。
庭は家に引けを取らない日本庭園。
静かな庭にたまに響くのは、鹿威しの情緒溢れる竹筒が石を打つ音。


(いつ来ても思うけど、蓮二のあの独特の和の雰囲気はこの家だから出るんだよねきっと……)


廊下を歩きながらそんな事を考えていると、「ここだ」と蓮二に言われたので慌てて返事をした。
すっと開いた障子の向こうは広々とした和室。
そして、そこにいたのは懐かしい顔。


「おばさま!それに蓮子お姉さんまで!」

「桜華ちゃん久し振りねー!中学生になったらすっかり大人っぽくなって!」

「中学生になってから会うの初めてよね?ふふ、今日はようこそいらっしゃいました」

「あ、えと、突然お邪魔してすみません……!本当にお久し振りです」


そこにいたのは蓮二のお母さんと、蓮二のお姉さんで蓮子(はすこ)姉さん。
何回か遊びに来た時によくしてもらって、大の仲良し。
二人とも美人で、蓮二も蓮子姉さんもおばさまに似ていると思う。


(いやいや、そういうことじゃなくて!)


「蓮二、ますますこんがらがってきたんだけど……」

「母さん、姉さん、後は頼んだよ」

「はいはい、任せなさい」

「終わったら呼んでくれ。廊下で本でも読んで待っている」

「分かったから、男はさっさと出る!」


蓮子姉さんが蓮二を和室から追い出すと、その瞬間いきなりおばさまに服を脱がされた。


「え!?ちょっとおばさまどうしたんですか!?(そんな突然っ……!)」

「あら、聞いてないの?着替えるのよ、これに」

「これって……」


そう言っておばさまが「じゃじゃーん」と可愛らしい効果音を自分で言いながら出してきたのは、


「浴衣、ですか……?」

「この後お祭りに行くんでしょ?だから着せてやってくれって蓮二から頼まれていたのよ」

「私はてっきり桜華ちゃんと蓮二が二人きりで行くのかと思ったら、テニス部の皆でって言うから。ねえ、お母様?」

「そうね、私も蓮二と桜華ちゃんが付き合ってるのかと思っちゃったわよ。デートなのかしらって」

「そ、そんな事ないです……!いや、そんなに否定するのも変かもしれないですけどっ……!」

「ふふ、でもそのうちそうならないかしら」


おばさまは「桜華ちゃんが蓮二のお嫁さんになってくれたら嬉しいわ」なんて言いながら、手際良く浴衣を着つけていく。
蓮子姉さんも手伝いながらくすくすと笑っている。


(この雰囲気、物凄く恥ずかしい!……と言うか、お祭りに行くなんて聞いてない!)


「はい、これで終わり!」

「ありがとうございます!うわあ、可愛い柄ですね……こういうの大好きです!それにしてもこの浴衣は……?」

「私が昔着ていたものよ?桜華ちゃんに気に入ってもらえて嬉しいわ」


蓮子姉さんが昔着ていたという浴衣を身に纏った姿を全身鏡で見てみる。
我ながら悪くない、と思う……なんて言ってみたり。
おばさまも「やっぱり良く似合ってるわ!」と嬉しそうだ。


「さ、あと一息ね」

「え?まだ何かあるんですか?」

「お化粧、ね?」

「!」


蓮子姉さんは口角を上げ綺麗に笑うと、私を鏡の前に座らせて化粧をし始める。
顔を撫でる様に動くブラシがたまにくすぐったい。
こんな風に化粧をしてもらうのはもしかしたら初めてかもしれない。
そんな中、顔の色んな所を触られて私はその気持ち良さに思わず目を瞑った。

暫くすると、「出来たわ」と蓮子お姉さんが満足気に言った。
そして早々に蓮二をここに呼ぶ。


「蓮二、いいわよ」

「終わったのか……入るぞ」


静かに入って来た蓮二は私を見るなり一瞬目を見開いた。
でも驚いた様な顔も一瞬、いつもの凛とした顔に柔らかい笑顔を乗せて私を褒めてくれた。


「……綺麗だ。よく似合っている」

「ありがとう!でも恥ずかしいな」

「化粧もしているのか?」

「あ、うん。蓮子姉さんがしてくれたよ!あんまりした事ないからどうかなあ……?似合ってるのかな……?」

「大丈夫だ、心配しなくてもちゃんと桜華によく栄えているぞ(俺らしくもないな。こんなに緊張するなんて)」

「えへへ、よかった!」


ん……?何だろう、蓮二の顔が少し赤い。
まさかこのタイミングで夏風邪?
プールあんまり入ってなかったけど、冷えちゃったのかな?


「おばさま、蓮二の顔が赤いんですけど……!もしかしたら夏風邪かも……!」

「ふふふ、あの子も男の子ね。いいのよ、気にしなくて……桜華ちゃんもそのうち分かるわ」

「?」


どうやら心配しているのは私だけみたい。
お姉さんもくすくす笑ってるだけだし。
まあ、おばさまが何も言わないなら風邪とかではないんだと思う、多分……!


「っ、行くぞ。精市達が待っている。きっと丸井あたりがお腹を空かせている事だろう」

「うん!て言うか、蓮二、何でお祭り行くって教えてくれなかったの?」

「母さんから聞いたのか」

「そうだよ……もう、教えてくれたっていいじゃん」

「驚かせようと思って、皆で内緒にしようと決めたんだ」


確かに驚いたけど!
悔しい位に作戦は大成功だけど!


「ほら、行くぞ」

「あ、ちょっと待って!」

「桜華ちゃん、玄関に下駄出してあるから履いていってね!」

「ありがとうございます!」


下駄を履いて、少し先を行く蓮二を追いかける。
だけどやっぱり歩きにくい。
走るのは不可能で、なかなか前を行く蓮二に追いつけない。
すると、蓮二が突然くるっとこちらを向いた。


「……手を握れ」

「え?」

「歩きにくいのだろう?俺が引いてやる。……こけでもしたら大変だからな?」

「うっ……(確かにその可能性は高いかもっ……!)」


蓮二の差し出した手にどうしたらいいかわからず戸惑っていると、無理矢理掴まれた。
びっくりしたけど別に嫌じゃない。
うん、きっと蓮二が引いてくれた方が早い!


「ありがとう蓮二!みんなの事待たせてるんだもんね!早く行かなきゃ!」

「転ばない様に注意しろ」

「はーい!」


そのまま蓮二に引かれやって来たのは自分の家からは少し遠い場所だ。
駅から出ると既に賑やかな音楽や人で溢れ返っていた。
こういうのってわくわくする!


「わあわあ、りんご飴だよ蓮二!あっちにはベビーカステラ!たこ焼きもあるしわたあめもっ……!いいなあ、美味しそうだなあ」

「桜華、食べるのは皆と合流してからだ」

「分かってるよー」


みんなは少し先の公園で待っているらしい。
ちょうどその公園がお祭りの一番盛り上がっている場所で、この場所よりも沢山の出店や、盆踊りを踊る場所もあるって。
その公園へは五分もかからないうちに到着した。
人が多いから皆の事見つけるの大変かな?なんて思っていたけど、そんな事は全然なくて。


(あ、あそこだけ何か違う!眩しい……!)


ひと際目立っているのは、探していた幸村君達で。
うーん、やっぱり美人さんは目立つなあ……羨ましい。


「おーい、みんなー!」

「桜華!やっと来たな!俺、お腹空いて死にそう……」

「ブン太、もしかして今まで何も食べてないの?」

「二人が来るまで待ってたんだよ!俺だってそれ位の空気は読めるぜ?」

「わーごめんね!ありがとう待っててくれて!」


まずはブン太が走って迎えに来てくれた。
目が輝いてる……やっとご飯が食べれるから嬉しいのかな?


「何だか……ブン太、可愛い!」

「な!可愛くなんかねーよ……!(かっこいいって思ってほしいんだけど……!)」


ブン太はぷくっと頬を膨らまして睨んでくる。


(うーん……そういう所が可愛いんだけどなあ)


何て言ったら次は本当に怒られそうだからやめておいた。


「……それに」

「?」

「可愛いのは、桜華だろっ!(浴衣姿可愛すぎだろぃ……!水着もよかったけど、浴衣も……っ、やば、顔赤くなってきた!)」

「そうだね。湊さん、浴衣凄く似合ってる……可愛いね?」

「ゆ、幸村君!」

「ふふ、顔真っ赤だよ?ますます可愛い」


いきなり幸村君が後ろから耳元で喋るから、思わず顔が赤くなる。
最近よく幸村君は私にこうして悪戯?してくる。
その度にドキドキしちゃうから、心臓が持たない。


「桜華、本当によく似合っていますよ」

「馬子にも衣装……ってとこかの?」

「ひ、否定出来ないから悔しいっ……!」

「ククッ、冗談ぜよ。……ほんに可愛かよ?こっちがほんまの俺の感想。嘘じゃなかよ?」

「うむ。なかなか似合っているぞ桜華」

「化粧もしてるのか?一瞬誰だか分らなかったぜ」

「うん、蓮二のお姉さんにしてもらったんだ!」


ジャッカルは「すげー可愛い」と笑いながら言ってくれた。
癒されるなあ。


「とりあえず桜華も来た事だし、まずは腹ごしらえだなっ!マジで限界!」

「ブン太はそれしか頭にないんかのお……」

「でも私もすっごくお腹空いちゃった!あのね、りんご飴食べたい!さっき美味しそうなの売ってて!」

「よし、では時間も惜しい。早速見て回るか」


蓮二の言葉に皆頷いて、歩き出した。


(色んな事楽しめたらいいなあ……!お祭りって本当にわくわくするっ!)




既に人でいっぱいの公園の中を八人でぞろぞろと歩く。
たまに同世代の女子がちらっと幸村達を見るのは、やはり彼等の見た目のせいだろう。


「あ、そこにりんご飴売ってる!買ってこようかなあ……?」

「あ、俺も俺も!やっぱお祭りと言えばりんご飴だろぃ!」

「じゃあ、湊さんの分は俺が買ってあげるね?何がいいのかな?色々あるんだね。苺にぶどうに……みかん何てのもあるんだ、知らなかったな」

「え、いいよ幸村君!自分で買うからっ!」

「遠慮しないで?ほら、どれがいいか選んで?湊さんが食べたいのでいいからね?」

「えっと、うーんと……でも奢ってもらうなんて……」

「いいの。お願い、これは俺が湊さんにしてあげたい事なんだ。だから、ね……?」

「じゃあ……やっぱりりんごがいいかなあ……?」


幸村は「分かった、買ってくるね」と言いそのまま出店の人に声をかけると、すぐに一番大きなりんご飴を一つ手にしていた。
その横でブン太は「おじさん、りんご飴大きいやつ3つね!」とニコニコしながら注文していた。


「はい、どうぞ」

「本当にいいの……?」

「うん、湊さんのために買ったから。貰ってもらえると嬉しいな。遠慮せず食べて?」

「ん、ありがとう幸村君!えへへ……すっごく嬉しいっ!」

「ふふ、どういたしまして(喜んでもらえてよかった)」


桜華は何だかんだ幸村に買ってもらったりんご飴に嬉しそうにかぶりつく。
小さな口で大きなりんご飴を一生懸命食べる姿は、まるで小動物のようでとても愛らしい。


「(可愛いなあ……でもちょっとやらしくも見えるな)」

「幸村君!」

「ん?どうしたの?」

「一口、食べる……?」

「……いいの?」

「うん!だって元々は幸村君が買ってくれたんだし!一緒に食べた方がおいしいよっ!私の食べかけなんかで良ければだけどっ……!」


これは試練だ。
幸村は直感でそう感じた。
桜華が口をつけたりんご飴を食べる、イコール間接キスをするようなもので。
別に彼女が齧っていない場所を食べればいいだけの話なのだが、今の彼にその考えは全く浮かばなかった。
しかも今現在彼女は可愛らしい浴衣姿。
幸村は水着もよかったけど浴衣もなかなか……なんて改めて思いながら桜華をちらりと横目で見た。


「(こんな事今までなかったし、どうしよう……心臓の音が煩い。湊さんに聞こえてないかな)」

「幸村君?やっぱり食べかけなんていらなかったかな……?」

「あ、ああ、ごめんね?そうじゃないんだ。凄く嬉しくて、ちょっと色々考えちゃっただけだから。……じゃあ、い、いただきます」

「(嫌な訳じゃなったんだ!よかったあ……)うん、どうぞ!遠慮なく沢山食べてね!」

「(駄目だ、どうしても湊さんの口に目が行く……)」


幸村は柄にもなく緊張しながら思った。
今の桜華は化粧もしているため、リップをつけた唇がいつもよりつやつやと綺麗で。
事故ではあったものの一度彼女とキスした時の事をこのタイミングで思い出してしまい、幸村は余計に心臓を高鳴らせる。

だがこれ以上食べないと桜華に不自然に思われると思った彼は、覚悟を決めた。
そしてかぷりと、一口りんご飴にかぶりついた。


「んっ……」

「どう?おいしい?幸村君こういうの好きかな……?」

「うん、凄く甘くて美味しいね。湊さんがくれたものだよ、嫌いな訳ないじゃないか」

「幸村君もりんご飴好きでよかった!」


正直な所、味何て分からなかった……と幸村は心の中呟き、そして彼女には気付かれない様に小さくはあ……と溜息を漏らした。


(味覚が奪われるってきっとこんな感じなんだな……)


あまりの緊張で味覚が奪われてしまったかの様な錯覚に陥っていた幸村だったが、桜華が彼の「美味しい」の一言に嬉しそうに可愛らしく笑ったので、幸村はそれだけで満たされた様に感じていた。



その後も八人はぐるっとお祭りを見て回った。
ブン太は相変わらず食べてばっかりで、真田に「たるんどる!」と怒鳴られていた。
射的で大きなくまのぬいぐるみを一発で見事に撃ち落とし、桜華にプレゼントしたのは仁王。


「これ、やる」

「え?いいの……?折角雅治が取ったのに」

「男の俺がこんな可愛らしいもん持ってたらおかしいじゃろ。……それに、桜華に貰ってほしくて取ったんじゃ。いらんかったかのお」

「いらないなんてそんな事ない!くまさん大好きなんだ!ありがとう雅治……大切にするね?うん、この子の名前はまさくんに決定!」

「ほお……まさくんねえ(何じゃそれ、可愛すぎじゃろ)」

「うんっ!よろしくねまさくん!お家にお友達も沢山いるからねっ」


そう言いながらぎゅうっとくまのぬいぐるみ、改めまさくんを抱き締める桜華。
その光景は仁王にとってとても可愛らしく、また嬉しいものでもあった。
自分の名前をつけられたそれを抱き締めている彼女の姿は、何とも愛らしい。

そんな嬉しそうにぬいぐるみを抱き締めている桜華に、仁王も優しい笑みを向ける。


(仁王にあんな優しい表情をさせられるのは、多分桜華だけだろうな。全く、仁王も分かりやすい奴だ)


と、柳は後ろから二人を見ながら秘かに思っていた。



その後八人は、皆で盆踊りを見よう見まねで踊ったり、金魚すくいをしたり。
金魚すくいに至っては、ダークホース柳生が異常に上手く、ギャラリーをも沸かせていた。
桜華は浴衣という事を忘れてはしゃぎ、大いに楽しんだ。

そんな彼女を見ていた七人は


「「「(可愛い)」」」


と皆心の中で同じ事を思っていた。





それから時間も経ち、祭りも終わりを迎えようとしていた。
時刻は既に九時を回っており、桜華達はそろそろ帰宅しなければならない時間になっていた。


「そろそろ解散の時間かな」

「楽しい時間はあっという間ですね」

「そうだな」

「もっといたかったなー」


皆で駅まで戻りそこで少し話していたが、やはり時間も時間、すぐに別れる事となった。
遅くなり過ぎては明日の部活に響いてしまう。


「桜華は俺が送っていく」

「この中では蓮二が一番近いか……じゃあ、頼んだよ」

「ああ」

「あ、夏休み最終日は花火しよーぜぃ!」

「したい!」

「では部活後、学校の近くでするか。確かあそこの海岸は花火が出来たはずだ」

「まだ思い出は作れそうだね湊さん」

「うん!夏休み終わるのは寂しいけど、花火はすっごく楽しみ!幸村君も楽しみ……?」

「勿論、俺も楽しみだよ?湊さんと一緒に花火出来るなんて嬉しいな。……じゃあ、そろそろ電車が来るから行くね」

「気を付けて帰って下さいね」

「幸村君、またね!気を付けて帰ってねー!」

「ふふ、湊さんもね?今日はありがとう」


そして、楽しい一日は終わる。
沢山の思い出と恋心を心に残して。


「それじゃあ、また明日!」


また明日、部活で会いましょう!



(今日の湊さん本当に可愛かったな……りんご飴、あれは反則過ぎだけど……)

(ねえ蓮二、この浴衣どうしたらいいのかな……?)
(では一度俺の家に寄るか。桜華の家には俺の家から連絡が行っているはずだから、迎えも来るだろう)
(そっか!色々とありがとう……今日は本当に楽しかった!またみんなでプールもお祭りも、行けるといいね?)
(大丈夫だ、桜華がそう思っているのであれば実現できるだろう)
(うんっ!)
(……その時はまた、この浴衣を着てくれるか?)
(もちろん!蓮二のお家がいいなら、また着せてほしいな!)
((この様な小さな事でも自分との繋がりの様で……全く、俺もまだまだ子供だな))




あとがき

中学生らしい皆を書けたらいいなあと思いながら。
幸村君は桜華さんの事となるとすぐに照れたり、ドキドキしたり。
でもまだ自分の気持ちには気付いていない様子。