10 嵐は静かにやって来る



夏休みはあっという間に終わり、二学期へと突入した。
始業式では夏休みの間に優秀な成績を残した部活や生徒が、校長によって表彰された。

勿論男子テニス部は表彰のトリとして、盛大な拍手で迎えられた。
なんたって全国大会優勝。
校長の顔もとても誇らしげだ。
そして既に引退したものの、当時部長だった山倉が代表で賞状を受け取った。

その姿を自分の席から見ていた桜華は、


(やっぱりテニス部は凄いっ……!)


と心の底から感じていた。





「桜華ー!会いたかったわ!」

「理央!久しぶりー」

「夏休みお互い忙しくてなかなか遊べなかったもんね!」

「そうだねーもっと遊びたかったなあ……」


教室に戻って、真っ先に桜華は理央に抱き着かれた。
普通なら始業式の前に会っているはずなのだが、理央が遅刻したらしく休み明けでは今が初対面となったのだ。

そして夏休みは、桜華も理央もお互い部活が忙しく、遊んだと言えばたったの二回。
内容も近場でのショッピングと、普段とあまり変わらない事しか出来なかった。


「来年の夏休みは絶対桜華と夏に相応しい事沢山するんだから!ああ、今から一年後が待ち遠しいわ」

「うんうん!来年はもっと遊べたらいいね!今から来年の事なんて気が早いかもしれないけど!」

「桜華は、休みの間何か夏らしい事した?何処か行ったりとか……ああでも、やっぱり部活で忙しかったのかしら」


理央に尋ねられて桜華は少し考えた。


(夏らしいこと……あっ)


そう言えばと、彼女が思い出して言おうとしたその時。


「俺とプール行ったり、お祭り行ったりしたよね。あ、そうそう昨日は夏休み最後の思い出にってそこの海岸で花火もしたよね」

「わっ、幸村君!びっくりしたあ」

「……幸村あんた、桜華とプール?お祭り?それに花火ですって!?どういう事か説明しなさいよっ……!」


幸村の出現によって桜華の言葉は遮られる。
彼女の後ろにいる幸村は、理央の態度にも爽やかに笑っている。
理央はその表情も気に入らない様子で、威嚇する様に睨んでいた。

桜華は二人の間に険悪な雰囲気が流れかけているのを必死に戻そうとする。


「あのね理央、幸村君とだけじゃないの。テニス部のみんなで行ったんだよ?」

「テニス部の……?」

「うん、そう。だからそんなに怒らないで……ね?」


そこまで言うと、桜華は理央に頼み込む様な笑顔を向ける。
すると理央は一瞬にこっと笑ったので、彼女は、よかったあ……とつい油断してしまった。
しかし次の瞬間、理央は鬼の形相で叫びだした。


「テニス部って皆男じゃないのよ!ああああ…桜華が男達とプールに行ったなんて……!何もされなかった!?身体は!?平気なのね!?」

「え?う、うん。大丈夫だよ?(理央は何でこんなに慌ててるの!?)」

「悠樹さん、心外だなあ。俺達の事何だと思ってるの?」

「テニス部?はっ……桜華を喰おうとするオオカミ共に決まってるじゃない!しかも一番タチの悪いね!」

「(オオカミね……)まあ、あながち間違ってもないかもね?男は皆オオカミだよ?」

「何ですって……!やっぱり桜華を一人男子テニス部になんて入れるんじゃなかったわ……!」


桜華はどうやら墓穴を掘ってしまったらしい。
理央の怒りは頂点に達したのか、今にも火山が噴火しそうな勢いで幸村に突っかかっている。
そんな理央の攻撃を、何事もないかの様に彼は軽やかにかわしていく。
むしろ楽しんでる様にも見えた。

でも何だかんだこんな光景を見るのは約一か月振りで。


「うん、やっぱり学校って楽しいな!二学期も楽しみになってきた!」

「ちょっとどうして桜華はそんなに楽しそうなのよ!もっと色々と危機感持って……!」

「ふふ、俺も学校がすごく楽しいよ。湊さんがいるからかな?」

「私も幸村君がいるから学校が楽しいよ!あ、勿論理央もね!」


桜華はそんな二人のやり取りさえ楽しく見え、そしてこれからの二学期に想いを馳せた。


「二学期もよろしくね湊さん」

「うん、こちらこそよろしくね幸村君!クラスでも、テニス部でも!」


こうして今日からまた、長期休み明けの新たな学校生活がスタートする。
二学期は体育祭に海原祭とイベントも盛り沢山だ。
そして部活も、また新体制でのスタートとなる。


(よし、頑張らなくちゃ!)


桜華は一人ぐっと拳を握ると、小さくガッツポーズをした。




放課後。
夏休み明けと言っても、毎日の様に来ていたテニスコートに懐かしさは感じない。
桜華はいつもの様にちゃちゃっと着替えてコートへと向かう。


(人が多い……多過ぎる!何だこれ……!)


全国大会が終わった直後から、コート周りのギャラリーがどっと増えた。
今までも他校の偵察とかはある事にはあった。
しかし彼らは叫ぶ訳でもなく静かに見ている事がほとんどなので、それほど気にする程のものでもなかった。

だが今、男子テニス部のコート周辺をぐるりと囲むのは女子生徒。


(うーん。どんどん増えるなぁ、女の子……)


立海に止まらず、近隣の他校の女子も見に来ている。
以前も数人程度ちらほらいたものの、最早その比ではない。
数倍、下手したらもっといるであろう女子生徒達。

そして、彼女達の目当ては決まっている。


「きゃー!柳君ー!」

「幸村君かっこいいー!」

「仁王君こっち向いてー!」

「ブン太くん可愛いー!」


それは幸村をはじめとした、一年生だという事。
しかも試合に出ていない、特に取材を受けていない仁王やブン太にまでその声援は向けられていて。
確かに彼らは一年の中でも見た目の良さから目立つ存在ではあった。
なので部活を見に来ている子もいたのだが、それが益々増えている。

彼女達が静かに見ていてくれればまだ良いものの、これがまたとてつもなく煩い。
人が多いのに加え、女子の高い声。
劈くような声に桜華は正直耳がおかしくなるかと思った。
部員の皆もかなり困っているみたいで、少しうんざりした顔でプレイしている。


「湊さん、大丈夫?」

「えっ?ああ、ごめんね幸村君大丈夫だよ」

「……ギャラリーの子達の事でしょ?」

「何でも幸村君にはお見通しなんだね。……私はいいんだけどね、幸村君とかみんなはどうなのかなって。応援は嬉しいと思うんだけど、ちょっと声とか大きい気もして……」

「そうだね。有難い事だとは分かっていても、少し度が過ぎているかもしれないね。先輩達もかなり困り顔だし……申し訳ないな」

「幸村君が謝る事じゃないよ!……だけど、早くどうにか出来たらいいんだけど……」


桜華がそう言うと、「きっとそのうち収まるよ。多分今はそれを待つしかなさそうだ」と、幸村は彼女の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
その言葉に桜華自身頷くも、やはり頭の中の考えは晴れなくて。


(いつになったら収まるのかなあ、これ……)


そう思いながらも、その後すぐマネージャー業に取り掛かった桜華は気付いていなかった。


彼女達の桜華への視線が、妬みや苛立ち、そして狂気を孕んでいた事に。



(ああもう、気になるな……。人が多すぎて時々湊さんの事見失ってしまうし……良い事ないな)
(うーん、みんなもこれじゃ集中出来ないよね……。でも私がどうこう出来る事でもないし……どうしようかなあ)
(全く憂鬱じゃ。……桜華の声だけ聞こえる様に出来んのかのほんに)





あとがき

二学期突入に伴い、新章突入です。
この終わり方で分かると思いますが、これから少しの間辛いことが待ってます。
幸村君達の人気はこのあたりから爆発しだしたと勝手に妄想。