12 戸惑う心、焦る気持ち
最近、湊さんの様子がおかしい。
いつからだろう……そう考えて思い浮かんだのは、一週間程前、朝練が終わって皆で下駄箱に向かった日。
時間がギリギリで急いでたのに、湊さんはいきなり
(「私ちょっと用事が出来たから、幸村君達先に行ってて!」)
なんて言って、結局遅刻してきた。
一限の体育の授業には何とか間に合ってたけど……。
それと、何故かその日湊さんはいつもの上履きじゃなくて、学校の履いているスリッパを履いていた。
理由を聞くと、
(「ああ、ちょっと忘れちゃって!」)
……だって。
でも嘘だってすぐ分かった。
前日に湊さんが上履きを持って帰ってた記憶はない。
用事が何だったのかを聞いても、結局その時ははぐらかされちゃった。
それに、その日を境にして湊さんは俺達と一緒に部活に行かなくなった。
どうして?と、訳を聞いたって、
(「ちょっと寄る所があって!」)
とか、
(「先生に頼まれものされてて」)
とか……最初はまあ信じたけど、それが続くと流石に俺も疑う事しか出来なくなっていった。
だけど、あえて俺はその事について追及はしなかった。
湊さんにも思うところがあるんだろうし、言いたくない事だってあるだろうし。
(少し、淋しいけど)
湊さんと一緒に部活に行くのも、俺にとっては密かな毎日の楽しみで。
湊さんが傍にいて、彼女を見ているだけで俺は自然に表情が緩んでしまう程に癒されてて。
「湊さん……」
ぽつりと呟いた名前がやけに苦しい。
何でだろう……こんなにも、湊さんが傍にいない事が寂しいと思うなんて。
俺はこの時、湊さんがあんな目に遭ってるなんて、思ってもいなかった。
「おい、幸村」
「何ですか錦先輩」
錦先輩に声をかけられた。
今は部活の真っ最中……試合の申し込みだろうか?
「湊はどうした?今日はまだ来ていないみたいなんだが……お前何か聞いてないか?」
「え……?」
どういう事?
……いや、そう言えばさっきから湊さんの姿を見ていない。
最近一緒に行ってないけど、それでもいつの間にか湊さんはマネージャー業に励んでて。
そんな姿を見るとほっとしてたんだ……よかった、ちゃんと来てるって。
それなのに、俺はどれだけぼんやりしてたんだろう。
よりにもよって湊さんがいない事に今の今まで……錦先輩に言われるまで気付かなかったなんて。
「それに、仁王もいないんだが……。まああいつは飄々としてるからあれだけどな」
「仁王ですか?さっきまでいたように思うんですけど……」
湊さんだけじゃなく、同じタイミングで仁王もいないなんて。
でも、さっきまで柳生達と一緒にいたのを俺は見た覚えがある。
じゃあ、この短時間で何処にいった?
(仁王の奴、何処に……?)
「錦先輩……俺、ちょっと探してきますね」
「ああ、頼んだぞ。悪いな、こんな事頼んで」
「いえ、俺も気になる事があるんで。部長に伝えておいて下さい」
「ああ、言っておくよ」
俺は居ても立っても居られなくて。
錦先輩にそう告げると、すぐにコートを出た。
(この胸騒ぎは何なんだろう……)
今はまだ分からないけれど、それでも凄く嫌な予感がして。
俺はとりあえず仁王が行きそうな場所を考え、その場所に向かう事にした。
今は本当なら絶賛部活中なんじゃが……何故か今日は気分が乗らんくて上手く柳生達を騙して現在サボり中。
何で気分が乗らんかって、あれじゃ、桜華がおらんから。
最近一緒に部活行っとらんし。
しかも今日は遅刻しているのか始まってからも姿が見えなかった。
(はあ……つまらんの)
こんな事で一喜一憂しとる自分にびっくりじゃが、それ位桜華の事が好きだと言う証拠だと思うと、何だか嬉しかったりする。
とりあえず人気のない場所に行きたい……そう思って選んだのは旧体育倉庫。
この辺りは薄暗くて、おまけに夏でも驚く位涼しい。
今は全くと言っていい程使われとらんみたいじゃから、滅多に人は来ない。
サボりにはうってつけの場所。
(やっぱり誰もおらんの……)
周りに人がいない事を確認し、壁にもたれかかり座ろうとした瞬間。
「ホントアンタムカつく!偉そうに!」
「ブスのくせに調子乗んな!」
「(……何じゃ、いじめか?)」
劈く様な声に思わず耳を塞ぐ。
今日に限って何でこんな所で……最悪じゃ。
それに最近はこう言う声を毎日の様に聞いとるから、正直こんな時にまで聞かされて心底うんざりした。
(あれはもう奇声じゃ、奇声。どうしたらあんなきいきい声が出せるんじゃ……女はよお分からん)
それにしても女ってのはこういうのがあるから怖いぜよ。
誰か知らんが、いじめに遭うてる奴は気の毒じゃ。
……そいつには悪いが、知らん奴のいじめに関わる程俺も馬鹿じゃない。
ましてや女の……関わるだけ面倒じゃ。
俺はシカトして、煩いながらもその場で眠ろうとした。
「っー……!」
「もう容赦しないから!」
パンっという乾いた音についさっき瞑った瞼を開く。
どうやら、言葉だけじゃ飽き足らず遂に暴力が始まったらしい。
(女じゃから、そこまではないと思っとったんじゃが……舐めとった)
流石に暴力まで振るうとなると、見逃すのもなかなか難しい選択になってきた。
こんな所で倒れられても、後味が悪い。
俺が見て見ぬ振りした事がばれたら、それこそ悪者にされるのは俺じゃ。
仕方なしと、俺は怠い体を起こして声のする旧体育倉庫の裏へと足を進めた。
すると、そこにいたのは多分同学年の女子……十人はおる。
(集団で恥ずかしないんかの。蹴ったり殴ったり……女でもあそこまでやるんじゃな。ああもう、無茶苦茶じゃ)
俺は暫く様子見……と言うのはおかしいのかもしれんが、とにかくすぐには行動しなかった。
しかし、その後も暴力は酷くなる一方で。
(流石にやばいか……)
そろそろ止めなければ。
そう思った直後に聞こえてきた言葉に、進めかけていた足を止めた。
「さっさと辞めるって言いなよ!」
「こいつ本当に頑固!意地張ってたっていい事ないよ!?」
「マジムカつく!幸村君みたいな王子様にブスが近づいていい訳ないでしょ!?」
幸村のファンか?
それにしても辞めるって何じゃ……それに、幸村の近くにおる女子って……?
思考を巡らせた直後、俺ははっとして暴力の嵐の中心にいる女子に目を向けた。
(まさか……!)
「桜華っ……!!」
少しの隙間から見えた姿。
それは先程頭に浮かんで、それでも違うと否定したかった人物。
だけれど見えてしまったその姿に、俺は思わず名前を叫んだ。
「おまんら、何しとるんじゃ……!」
「に、仁王君っ!?何で……!?」
「そんな事どうでもよか!俺が手を上げてしまう前に桜華から離れんしゃい!早うっ!」
「でもっ……!」
「でも何じゃ!俺が納得する答えでもある言うんか!?俺は何言われようとお前等を許す気にはなれん、さっさと失せろ!目障りじゃ」
「っ……!」
桜華の周りにおった女子達は俺の声にびびったのかその場からすぐに走り出した。
そして、さっきまで暴力を振るわれ、その場でぐったりとしている桜華の元に駆け寄った。
「桜華………!大丈夫か!?」
ぐったりしていたのは、既に気絶していたからじゃった。
顔は赤く腫れ上がっていて、足にも腕にも……見える至る所に痣が出来ている。
「何でこんな事になっとるんじゃ……っ」
俺は柄にもなくパニックになっていた。
目の前で痣だらけで倒れとる桜華が恐ろしく非現実的なものに見えて。
何故?いつからこんな事になっていた?
「っ………!」
俺はどうしようもなくて、自分の気持ちを落ち着かせたくて。
いつの間にか、強く強く桜華を抱き締めていた。
(桜華、何でこんな目に遭うてたんじゃっ……頼むから俺に教えて……)
コートを出て、俺はとりあえず仁王が行きそうな所を探した。
仁王は暑いのが苦手らしく、たまにサボっては涼しい場所を探してそこで居眠りしているらしい。
時々、何故仁王はテニス部に入ったのだろうか……と本気で思う。
(まあ、根は真面目なのは知ってるけど。それに彼なりにテニスは凄く好きみたいだしね)
仁王について一人考えていると、ふと目の前に現れた建物に目が行く。
「旧体育倉庫か……」
今は誰も使っていない、寂びれた建物。
雰囲気は陰鬱で、何故かこの周辺だけ暗く感じてしまう様なあまり近寄りたいとは思わない場所。
ただここは涼しく、人もなかなか来ないからサボりにはうってつけだと前に聞いた事がある。
勿論、仁王から。
(もしかしたら仁王はここにいるのかな……)
そう思って、俺はとりあえずぐるっと建物の周りを一回りしてみる事にした。
ゆっくりゆっくりと歩を進める。
何故だか足音を立てないようにしている自分に笑ってしまう。
そして少しすると、後ろ姿ではあるが特徴的な銀色の髪をした彼を見つけた。
「あ、いた。おい、仁王……っ!?」
何故かしゃがみこんでいる仁王に声をかけようとして、そして止めた。
止めたと言うよりかは、あまりの驚きで声が出なくなったのだ。
だって、仁王しかいないと思ってたのに。
そんな訳ないって。
目の前の光景が夢であればどれだけいいのか。
(何で?どうして?湊さんがこんな所で仁王と一緒にいるの……?)
それにおかしいんだ。
仁王は何で湊さんを抱き締めているんだ?
抱き締められている湊さんはさっきから全く動いていない。
まるで、そう……死んでいるかの様で恐ろしくなる。
俺はそこにある訳の分からない状況に呆気に取られて、一歩も動けなかった。
まだ声も出ない。
「幸村、そこにおるんじゃろ。分かっとるから」
「!?」
いきなりかけられた声に俺は思わずびくっと肩を揺らした。
自分でも柄じゃない位に今この場の雰囲気が怖くて堪らないらしい。
仁王は湊さんを抱き締めながらゆっくりとこちらを振り返った。
その視線があまりにも鋭く、だけど苦しさを含んでいる様で俺は一体何て声をかければいいのかと悩んだ。
だけど黙り続けている訳にもいかず、ようやく何とか出そうな声を振り絞る。
「仁王……これはどういう事だい……」
「……桜華の、女子にいじめられとったんじゃ。ここで、この場所で。大勢の女子に囲まれて……」
「いじめだって……?まさか、そんな事……何で湊さんが?そんな、いじめられる様な子じゃないじゃないかっ……」
「そうじゃの。桜華はほんにええ子じゃ。頑張ってテニス部のマネージャーやって、ただそれだけやのに」
いじめって何?何の話?
だって湊さんは誰かに恨みを買う様なそんな子じゃないのは分かってる。
最近だって別に、クラスの女子達と楽しそうに話していたじゃないか。
辛そうな様子何て少しも見せていなかった様に思うのに。
それでも、よく見ると足や腕が痣だらけの湊さんを見て、いじめが本当にあったのだと思い知らされる。
(だけど湊さんがいじめに遭っていたなんて……いつから?)
最近変わった事はなかったか。
俺はここ数日の湊さんの行動を出来る限り思い出した。
色んな湊さんの姿が出てくるあたり、俺は湊さんの事見過ぎだな何て呑気に思ってしまったが、今はそんな場合ではないと頭を切り替える。
そして、俺の頭に浮かんだのはただ一つ。
「あの時だ……」
「どうした?何か思い当たる事があったんか?あの時ってどの時じゃ」
「一週間前から……そうだ、あの頃から何故か急に湊さんの態度がおかしくなったんだ……。もしかしてその頃から……?」
「……幸村がそう考えるのなら、そうかもしれんの」
「でもいじめって……!こんな痣だらけになる程湊さんが蹴られる理由って!?女子同士とは言えいくら何でもやり過ぎじゃないかっ……!」
「……それは直接本人にきちんと聞いてみんと分からん。ただ、幸村や俺らテニス部が関わっとる事は確かじゃ」
「俺が……?どういう事……」
「とりあえず俺は桜華を保健室に連れていく。怪我の手当てもしてもらわんといけんしの」
言い終わると仁王は軽々と湊さんを抱き上げた。
気絶してしまっていて力の抜けている湊さんの身体はやっぱり見るに堪えないほどに傷付いていて。
あんなに綺麗だった肌も、紫色の痣で覆われている。
どうしたらこんなにも酷い事を出来るのか。
大切な湊さんを傷付けられてしまった事に、今更ながら怒りが込み上げてくる。
「仁王っ……俺も一緒に行かせてくれないかっ……!っ、湊さんの事が心配なんだ」
込み上げてくる感情を今はの時ではないと必死に抑えながら仁王に尋ねた。
俺も湊さんの傍にいたい。
こんな痛々しい湊さんを放ってとても部活なんか出来ない。
だけどそう思う俺に仁王は顔を向けた。
その顔はいつもの彼からは想像出来ない様な、今にも泣いてしまいそうな顔だった。
「すまん、今は俺だけで行く。のお幸村……」
「何だい……?」
「何で、同じクラスやのに、お前が一番桜華の傍におったのに……こんなになるまで気付けんかったんじゃ……!」
「っ……!」
そう、酷く辛そうな顔をして言うと、すっと俺の横を通り過ぎて行った。
(俺だって知りたい……何で気付けなかったんだ……!思い返してもやっぱり湊さんの楽しそうな顔ばかり浮かぶ……辛そうな顔なんてしてなかった。そんな表ばかり見て……裏では一人で戦ってたっていうのに……!テニス部が関わってるって……俺が関わってるって何だよ!……俺のせいで湊さんはこんな目に遭ったのか……?)
俺は自分の無力さに、ただその場で呆然とするしかなかった。
(ごめん湊さん、ごめんっ……俺は君にどうやって謝れば許してもらえる?俺のせいでこんな事になって、俺の事もう嫌いになっちゃうのかな……。っ……それだけは嫌だな……)
(桜華、守ってやれんですまん。一人で怖かったじゃろ?辛かったじゃろ?……これからは必ず俺が守ったるから、じゃけ……はよ目開けて……)
あとがき
桜華さんの出番なくてすみません。
ちょっと今回は二人の回にしてみました。
次回辺りにはきっといい方向へと向かうと思います。
また、そろそろ彼が気付きはじめます。