14 変化



あの呼び出しの日の次の日から、ぱったりといじめがなくなった。
本当に気持ち悪い位にぱったりと。
まるであの一週間が嘘だったみたいに。
何でなのか全く心当たりがないんだけど……それでも、下駄箱の中が悲惨なことになる事もなく、体操服が切り裂かれる事もなく。
少し前には当たり前だった私の平穏が帰ってきた。

いじめがなくなってから、少し迷いながらも私はみんなに今までの事を話した。
本当は言うのはどうかとすっごく躊躇ったけれど、黙っていたってそれでばれてしまった時余計に心配をかけてしまうと思ったから、私は言う事にした。

その時のブン太はとても辛そうな顔をしていて。


「桜華!これからは隠し事はなしだからな!俺の事ももっと頼れよ!……ごめんな、守ってやれなくて」


って言ってくれた。
その時ブン太の目に溜まっていた涙に、私はまた泣きそうになった。

ジャッカルや弦一郎、比呂士……それに蓮二も、凄く辛そうな顔をしていた。
まるで自分の事の様に思ってくれるみんなの優しさに、本当に本当にいい仲間を持ったって、心の底からそう思った。

みんながみんな、


「俺をもっと頼れ」


と、とても有難い事を言ってくれるので、私はもうみんなに迷惑をかけるなんて思わずにちゃんと頼ろうと決めた。
だからその事をちゃんと自分の口から伝える。


「ありがとう、みんなの事頼りにしてるね!これからもよろしくお願いします」


そう笑顔で言った。
すると、みんな同じくらい笑顔になってくれて……あの弦一郎でさえほっとした笑顔を見せてくれながら、


「任せろ」


って言ってくれたらから。
私は言って良かったって、これからはもっと頼ろうって……それがみんなとの絆なのかもしれないなんて思っていた。


そんな事があってか、よりみんなと仲良くなれた気がするんだけど。
いじめがなくなった事より、みんなと仲良くなれた事よりもっと驚く変化がひとつ。


「桜華、おはよう」

「う、うん!幸村君おはよう!(あれ?何だろう今の違和感っ……!あっ……!)」


凄く違和感を感じて考えたら、すぐに答えは出てきた。
幸村君が私の事名前で呼んだんだ。
でも、よく考えたら今まで私の事を名字で呼んでいたのは幸村君だけで。
あれ?でも私も幸村君の事だけ名字で呼んでる……?


(何だか気恥ずかしくて、幸村君の事だけは幸村君のままなんだよね……何でかなあ。みんなの事はすぐに名前で呼べたのに)


そう思っていると、幸村君がくすくすと笑っている事に気付く。


「ふふ、何でそんなに驚いてるの?」

「だって、いきなり幸村君に名前で呼ばれたから……びっくりしちゃって」

「俺が名前で呼んじゃだめ……?」

「!」

幸村君にこんな淋しそうな表情で聞かれて、断わる人がいるなら是非見てみたい。
この表情は反則だと思う!
ただでさえすごく綺麗な顔してるのに……!

それに、もし幸村君がこんな表情をしなかったとしても私には断る理由はないし、むしろそう呼ばれるのは嬉しいから素直に答えた。


「ううん!そんな事ないよ、凄く嬉しい!幸村君に名前で呼んでもらえて!」

「よかった。じゃあこれからはずっと、桜華って呼ぶね?」

「うん!(でもどうしようどうしよう、いきなり名前呼びなんて……心臓が持たないよ……!)」


何でだろう?
みんなに名前で呼ばれてもただ嬉しいだけで、それだけだったのに。
幸村君に呼ばれるだけで、凄く緊張して、どきどきして……。
桜華って、そう自分の名前を言われてるだけなのに。


(どうして幸村君に呼ばれるとこんなにどきどきするんだろ……変なの……)


何でか分からないけど、やっぱり緊張するのには変わらなくて。


(うう、これはいじめより大変かもしれない……!)


そう考えながら、幸村君が見ているのも忘れてわたわたしてたらくすくすと笑われてしまった。
でも、何か……こんな日常ってやっぱりいいなって思った。


(これからはこんな平穏が続くといいな!)







「桜華、おはよう」

「う、うん!幸村君おはよう!」


今日、突然湊さんの事を名前で呼んでみた。
そしたら湊さんは凄くびっくりしたのか、面白い位に慌ててた。
目をぱちくりさせながら驚いた顔をしていたけど。


(その顔も凄く可愛い)


そう、前もきっと可愛いとは思っていただろうけど、湊さんが好きだと気付いた今、より湊さんが可愛くて可愛くて仕方ない。
そして、反応があまりにも可愛いから、知らないフリして聞いてみた。


「ふふ、何でそんなに驚いてるの?」

「だって、いきなり幸村君に名前で呼ばれたから……びっくりしちゃって」


俺に名前で呼ばれて驚いてる湊さん……じゃなくてこれからは桜華だね。
桜華は何故か顔が少し赤くて、勘違いしてしまいそうになる。
前ならただ可愛いだけで終わってたかもしれないけど、今はそんな表情の変化でさえ気になって仕方なくなってる。

それに、桜華があまりにおろおろとしているから、ちょっといじめたくなった。
きちんとそれなりの表情をつけて。
桜華が絶対断れないように。


(好きな子ほどいじめたくなるって本当なんだな。まあ、桜華が断る訳もないんだけど)


「俺が名前で呼んじゃだめ……?」

「ううん!そんな事ないよ、凄く嬉しい!幸村君に名前で呼んでもらえて!」

「よかった。じゃあこれからはずっと、桜華って呼ぶね?」

「うん!」


うんって言いながら笑いかけてくれる桜華に、俺の顔も少し赤くなる。
俺に名前で呼ばれて嬉しいなんて……そんな事言われたら照れるじゃないか。
それに、俺も嬉しい……桜華がこんな事でも喜んでくれるなんて。
もっと早く呼べば良かったかな。

何にしても……


(恋愛って楽しいな。きっともっとこれから楽しくなるよね……まあまずは桜華を自分に惚れさせるところから)


君と過ごすこれからが、もっと楽しくなりますように。



(桜華)
(幸村君?)
(何でもない、呼んだだけ)
(もう、どうしたの……?(変な幸村君っ!))
(多分俺、きっともっと前から桜華って呼びたかったんだと思うんだ……)
(……?)
(だから、今まで呼べてなかった分、沢山呼ぶ事にしたから)
(それはそれでどきどきして大変っ……!)
(ふふ、沢山どきどきしてくれればいいよ(それで、絶対に俺の事好きになって))





あとがき

ちょっと短めですが、名前で呼ぶお話でした。
幸村君にやっと名前で呼ばせてあげる事が出来ました、よかった!