16 体育祭!【後篇】




遂に体育祭当日。
桜華が待ちに待ったこの日がやって来た。
今日の彼女は朝からうきうきして、早起きしてお母さんと張り切ってお弁当を作っていた。
ちなみにサンドイッチ。
料理があまり出来なくても、サンドイッチならとお母さんが提案したのだ。
桜華は体操服と組の色の鉢巻き、そして作ったばかりのお弁当と水筒を鞄に入れて、意気揚揚に家を出た。


(絶対優勝して、ご褒美を貰うんだから!)


学校に着くと雰囲気は完全に体育祭モード一色で、より彼女の心は弾んだ。
既に体操服に着替えて準備に取り掛かっている実行委員の中に、柳生とジャッカルの姿も見える。
二人がたまたま桜華の方を見たので軽く手を振ると、二人も笑顔で手を振り返した。
忙しいはずなのに、そんな時でも変わらず優しい二人。
残念ながら話をする時間はなかったので、挨拶だけを交わして彼女は校舎へと向かった。

暫くして着いた教室の前で桜華は立ち止まった。
体操服への着替えは勿論男女別々。
彼女は、自分は何処で着替えるように言われていたかを思い出す。
間違って男子の更衣室に入ってしまえば、今日からあだ名は『のぞき』か『変態』になってしまうだろうと思いながら。

そして、自分のクラスの教室が女子用更衣室だったことを思い出し、そのまま教室に入った。
そこには、まだ時間は早いものの沢山の女子が既に着替えを済ませ、ばっちり鉢巻きを巻いて待機していた。


「あ、きたきた!桜華!」

「理央、なんだ……あんなに言ってたのに張り切ってるね!よかった!」

「当日になったらなんだか雰囲気にテンション上がっちゃってね!今日は絶対優勝するわよ!」

「もちろん!ご褒美も欲しいしね!」


面倒臭いと言っていた理央もとても楽しそうにしていて、ちゃっかり組の色のリストバンドまで用意して着けていた。
しかも桜華の分まで用意してくれてたらしく、「桜華も着けて!」と言って理央はそれを手首にはめてあげる。
彼女のテンションはより上がったのだった。

着替えが終わり教室で理央と話をしていると、チャイムが鳴った。
それを合図に、隣のクラスの女子達は荷物を持って出て行った。
入れ替わり入ってきたのはクラスメイトの男子達。
皆きちんと体操服に着替えていて、その中に勿論幸村もいた。


「桜華、おはよう」

「おはよう幸村君!」

「ふふ、凄く楽しそうな顔してるね?」

「だっていよいよ体育祭だし!理央からリストバンドも貰ったしテンション上がってるんだ!」

「そっか、よかったね」

「うん!あ、幸村君はどう?体育祭、楽しみ?(幸村君ってこう言う行事とか好きなのかな……?)」

「勿論だよ。桜華が楽しそうにしてたら俺も楽しくなるからね。今日は優勝出来るといいね?」

「(何それちょっと恥ずかしい!)そ、そっか……!よかった!うん、今日は絶対に優勝しようねっ……!」

「そうだね(照れてて可愛いな……)」


相変わらず幸村に翻弄されてるが、それも今日は何だか楽しいと思ってしまう桜華。
そのうちあっという間に先生が来て、今日のスケジュールを説明して、いよいよグラウンドへと向かう時刻となった。

ちなみに、組分けはクラスが多い割に紅組と白組の2組しかない。
多いと点数とか色々と面倒臭いと言う事で二組になった……と、桜華は噂で聞いた事があった。
なので、優勝するかしないかの二つに一つ、どうせなら優勝したいというのがやはり全員の思いではあるだろう。
組分けはランダムに行われて、今回桜華と幸村と一緒の組なのは仁王と柳で、紅組だ。


(みんなの事沢山応援しないと!)


集合の号令がかかり、全員が整列した後、開会式が行われた。
選手代表の開会宣言や校長の長い挨拶があり、終わったと同時に応援合戦が始まりより盛り上がりを見せた。
全てが終わると、桜華や幸村達は自分の席に戻り、自分の競技が来るのを待つ事となった。


「応援合戦凄かったね……!圧倒されちゃった」

「凄い迫力だったよね、俺も何だかテンション上がっちゃったな」

「うんうん!もう本当に体育祭なんだなって気合が入ったよ!」

「何じゃ桜華、今からそんなに盛り上がっとったら後が持たんぜよ?」

「雅治いつの間に……!びっくりしたあ」

「そうだな、桜華が今のままのテンションだと後々疲れる確率94%だ」

「だ、大丈夫だよ!昨日いっぱい寝たし、朝ご飯だっていつもより沢山食べてきたしっ……!絶対に疲れたりしないから!」

「「「(面白い……)」」」


心配されているのかからからわれているのかも分かっていない桜華を見て、三人は心の中でくすくすと笑った。
恋は盲目、慌てている姿も彼等にはとても可愛く見えるのだ。
そんな四人を他所に競技は既に始まっており、グラウンドには応援の掛け声が響き渡っていた。

桜華達が出る競技はまだ先なので、同じ組の四人は一緒に自分達の組を応援していた。
紅組は少しではあるが優勢を保っており、盛り上がりも半端ではなかった。
ただ、白組との差は僅差なので油断は出来ない。

少しした所で桜華が出る綱引き等の団体競技が行われた。
この競技でも紅組は優勢を保っており、このまま行けば優勝も見えてくると言う状況だ。


「綱引き、ギリギリだったけど勝ててよかったよー!」

「桜華が滑ってこけんかはらはらしたぜよ」

「だからこけないってば!雅治私の事なんだと思ってるの……もう」

「おっちょこちょい」

「う……それは否定しないけど、だからってこけたりしないよっ!綱引きおっちょこちょい関係ないもん(多分っ……!)」

「ククッ、それはすまんかったの?」

「でも桜華、凄く頑張ってたね。ここからよく見えてたよ」

「ああ、頑張って引っ張っていたな。なかなかだったぞ」

「ありがとう幸村君、蓮二!雅治とは大違い!」

「俺かて一応褒めたつもりなんじゃけど?」

「あれって褒めてたの……!?」

「ぷり」


仁王にからかわれながらも、この後は一度お昼休みに入り一時間後また競技が再開される事となっている。
そして、最後に白組か紅組、どちらかの優勝が決まる。
一旦休憩のお昼休みは、各々が自由に好きな時間を過ごす。
ただ、基本的には同じ組の人と食べるのが隠れた鉄則らしく、残念ながら他組の友人とは食べられない。

桜華は、幸村達と過ごす事となった。
理央は午後の競技の作戦会議があるとかで、一緒に食べれなくなったからだ。
勿論理央が一緒に食べられたとしても、幸村達も一緒に食べる事は彼等の中では決定事項ではあっただろうが。


「桜華のお弁当は……ああ、サンドイッチなんだね。とても美味しそうだ」

「うん、朝から作ってきたんだ!」

「……手作り、なの?」

「うん、自分で作ったよ!……あ、とは言っても、お母さんと一緒になんだけどね?」

「ほお……」

「雅治……?(何か凄く狙われてる気がするのは気のせい……?)」

「……いただきじゃ」

「わー!ちょっと雅治!?私の貴重なお昼ごはんを……!(酷いっ……!)」


桜華のお弁当箱から鮮やかな手つきでサンドイッチをかっさらった仁王は、ぺろりと一口で食べてから、にっと笑った。


「ん、うん……味は悪くないの。まあ、サンドイッチを不味く作る方が難しいか」

「雅治急に取るなんて酷いよー!言ってくれればあげたのにっ……!もう……」

「仁王、桜華のサンドイッチを勝手に食べるなんていい度胸してるね」

「悔しかったら幸村も貰ったらよかろ」

「雅治は勝手にお弁当箱から取ったんだけどねっ!」

「桜華、俺のおかずと交換しないか」


幸村と仁王が桜華を他所に軽く睨み合いをしている中、柳はそれをさらりと無視して桜華に交換を持ちかけた。


「(交換……!)いいよ蓮二っ!どうぞどうぞ!うわあ、おばさまのお料理美味しいからなあ、嬉しい!」

「有難く頂くとしよう。桜華も好きな物を選ぶといい」

「ありがとう!」


桜華と柳が楽しそうに交換しているのを見て、幸村は心の中で嫉妬した。
同時に、今この中で自分だけが彼女のサンドイッチを食べれていない事実に悔しくなった。
そんなのは嫌だと、幸村は優しく桜華に声をかけた。


「桜華、俺のおかずとも交換してくれないかな……?桜華のサンドイッチ、食べたい」

「うん、勿論いいよ!どれでも好きなの選んで……?」

「ありがとう、俺の方も好きなの選んでくれていいからね」

「わあ、ありがとう!(幸村君のお弁当凄く綺麗だ……!どれも美味しそう!)」

「……桜華、こっち向きんしゃい」

「え?なにまさは……んうっ!?」


いきなり呼ばれて振り向いた桜華の口に、仁王は軽くお箸を突っ込んだ。
もちろん突っ込んだのはお箸だけではなく、その先には美味しいおまけ付き。


「ん……卵焼き……?」

「交換、じゃろ?」

「えへへ、雅治もありがとうね!卵焼き美味しかった!これから欲しい時はちゃんと言ってからじゃないとだめだよ?」

「はいはい、そうじゃの。すまんかった」

「(仁王の奴……。……でも、桜華が楽しそうだからまあいっか)」


美味しい所を持っていく仁王に幸村は少しいらっとしたが、それでも桜華の笑顔が可愛いからそんな気持ちもすぐに消えていってしまうのだ。
やはり彼女が楽しそうにしている事が、幸村にとって一番嬉しい事だから。



そんな楽しいお昼休憩もあっという間に過ぎ、体育祭は時間通りに再開された。


「えっと……あ、次が借り物競走だ」

「本当だね。じゃあ、桜華そろそろ行かなくちゃ」

「うん、そうだね!行ってくる!」

「頑張ってきんしゃい。面白いもん期待してるぜよ」

「無難な借り物を引くことを願っているぞ」

「そうだった……!そこはもう、神様に委ねるしかないよね……!」

「いってらっしゃい桜華。頑張ってきてね。ここから応援してるから」

「みんなありがとう!いってきます幸村君!蓮二!雅治!」


いよいよ次が借り物競走だ。
桜華は待ってたと言えば待っていたが、前に聞いた柳の話を思い出すと一抹の不安が過る。
それこそ変な物に当たったりでもしたらもうどうしようもなくなってしまう。
棄権する事は同じ組の人達に申し訳と言う思いでどうしてもしたくない桜華。
そんな不安がありつつも、待機列に並び順番を待っていた。


(どうか、どうか普通なのに当たりますようにっ……!)


いよいよ桜華の順番が回ってきた。
スタート位置に着くと、緊張がピークに達してきて心臓の音がとても煩く響くのが分かった。

そして自分の心臓の音と同じくらいに大きい、スタートを告げるピストルの音が鳴り響いた。
足はそれ程速くはないけれど、走って目の前に置いてある封筒を手に取る。
隣の人も中身を見ていたが、ちらっとその顔を見ると青くなっている……一体何を引いたんだろうと気になってしまう。
彼女も当たって砕けろ精神で封筒の中身を見た。
そこに書いてあったのは、簡単な様な難しいよ様な、そんなお題。


「大切な人……?」


そこまでだったら、理央でよかった。
理央は桜華の大切な友達だから。
ただ、その後の文字に彼女は慌てた。


「かっこ…え、異性に限るって……!男の子じゃないとだめって事……?」


異性という文字に、桜華は動揺した。
男の子しか駄目、しかも大切な人……彼女には生憎彼氏なんてものはいないし、どう言う意味で大切と言う意味なのかも分からない。
しかし、大切な異性を連れて行かないと負けてしまう。
今のところ、まだ誰もゴールに向かう気配はない。
皆借り物を考えている様だった。


(大切な男の子……あ、そうだっ!)


何故この時そう思ったのかは分からないけれど、桜華の中に思い浮かんだのは、たった一人だった。
そして真っ直ぐにその人の元に走っていくと、彼はとても驚いた様子で彼女を見ていた。


「桜華、どうしたの?借り物は何だったの?」

「お願い幸村君ちょっと来て……!」

「え?俺?」

「うん!幸村君に来てほしいの!」

「う、うん。分かった、急ごうか」


彼女は幸村君の手を引いて、ゴールまで急いだ。
どれだけ難しいお題ばっかりだったのか、さっきからゴール付近には人の姿が見えない。
皆どこかしらに探しに行っているのだろうが。
桜華はそのまま幸村を連れてゴールした。
そこには実行委員の人が待っていて、マイクを片手に私に質問してきた。


「では、借り物のお題を発表して下さい」

「えっと、大切な人、異性に限る……です」

「!?(大切な人!?)」

「その方が貴方の大切な人でよろしいんですね」

「はいっ……!」

「では、その方が貴女にとって大切な理由を述べて下さい」


そんな事までしなきゃ駄目なのかと桜華は焦った。
だが、先程もこの様な借り物に当たった生徒が同じように質問されていたのを思い出し、彼女はやらなきゃいけないんだと改めて思った。
隣に本人がいるのに恥ずかしいと感じながらも、桜華は何て言おうかと必死に考える。
そして当たり障りのない様に、言葉を紡ぐ。


「幸村君は、この学校に入って最初に友達になった男の子で、それでいて私がマネージャーをしているテニス部のレギュラーです。いつも私を励ましてくれたり笑わせてくれたり、心配してくれたり……すっごく優しくて、私の事をとても理解してくれる、本当に大切な人です」

「貴女はその幸村君の事が好きなんですね?」

「はい、私は幸村君の事大好きですっ……!(だってお友達なのに好きじゃない訳がない!)」

「桜華……!?」


幸村も流石に驚きを隠せない。
かあっと赤くなる顔を手で必死に隠しながら、小さく「それは反則だよ……」と呟いた。
その声は誰にも聞こえていなかったようだが。
桜華の本意はまた別の所にあるのだが、今の幸村にはそんな事どうでもよかった。
二人を見てにやにやとしている実行委員会の生徒は、面白いと思いながらも大声で叫んだ。


「おめでとうございます!紅組一着でゴールです!」


その言葉にほっとするも、桜華は段々と自分の言った事への恥ずかしさが募り始めていた。
いくら友達で好きだと言っても、この衆人環視の中で幸村の事を大好きと言ってしまった。
隣にいる彼の顔が少し赤い事も相まって、桜華も思わず顔を赤くするのだった。


彼女達が席に戻ると、色んな人に質問されてしまった。
勿論、二人の関係性についてである。
特に理央は、幸村に大いに突っかかっていた。
しかし、いつもなら軽く躱す幸村が何だかぼーっとしていて心ここにあらずな感じだ。
桜華はそんな彼の態度が気になってしまい、もしかしたら自分に連れて行かれてしまった事にいい思いをしていないのではないかと考えてしまった。
とりあえず理由はどうあれ彼に謝ろうと思い、声をかけた。


「幸村君」

「桜華……」

「あの、さっきはごめんね……?無理矢理連れて行ったりして……その、幸村君何だか戻って来てから少しぼーっとしてるし、もしかしたら嫌だったかなって思って……」

「い、嫌な訳ないじゃないか!……むしろ、凄く嬉しかったよ……あのお題で桜華に連れて行って貰えた事が」

「え……?」

「だって、桜華の中で俺は大切な人なんだろ?仁王でもなく蓮二でもなく、俺の事が。……それが凄く嬉しかった」

「本当?よかったあ……(嫌だった訳じゃないんだ……でも何でぼーっとしてたんだろう……?)」

「それに……」


幸村はそこまで言うと言葉を一旦切って、そして桜華を優しい目で見つめながら言った。


「俺も、桜華の事大好きだから(きっと桜華が思っている好きとは違うけど……。いつか同じ好きになればいいな)」

「う、うん……!ありがとうっ!(うわあ、何か言われるのって凄くどきどきするっ!……幸村君もこんな感じだったのかな?)」


幸村がどんな意味で言ったかなんて今の彼女には分からないけれど、それでも桜華は幸村に大好きと言われてとても嬉しかった。
借り物競争の前に感じた心臓の鼓動よりもずっと早い気がして、彼女はその恥ずかしさから顔を真っ赤に染め上げた。
その様子もまた可愛らしいと、幸村はふわりと微笑むのだった。

二人で周りからしたら甘ったるい雰囲気を醸し出していると、幸村は部活対抗リレーの為に呼び出された。


「頑張ってね幸村君!沢山応援してるから!」

「ありがとう桜華……ちゃんと見ててね、俺の事(格好悪い所なんて見せられないよね)」

「うん!」


幸村と一緒に出る柳、それに迎えに来た真田が待機場所に走って行って、桜華はその場に残った仁王とリレーを見る事にした。
暫くするとリレーの第一走者がスタートを切った。
部活対抗はイベント的なものなので、得点こそ入らないもののとても盛り上がる競技の一つだ。
それぞれが自分達の部活をアピールする道具を持ったりして走るので、誰が何の部活かは一目見て分かる。


「あ、先輩が走ってる!がんばれー!」

「やっぱ速いの……陸上部にも負けとらん」

「そうだね!本当に凄いっ!」


部活対抗はとても盛り上がった。
テニス部は幸村が何と陸上部を抜き、アンカーの先輩がそのまま一位でゴールを決めた。
ラケットを持ちながら走っていたにも関わらず、それで一位を取ってしまうあたりやはり幸村は凄いとしか言いようがない。
競技が終わり暫くすると、幸村と柳が帰ってきた。
二人共あれだけ全力疾走してたのに全く息が切れておらず、流石テニス部レギュラーだと桜華は感心した。


「おかえり幸村君、蓮二!そしてお疲れ様!」

「ただいま桜華」

「一位おめでとう……!すっごく興奮しちゃった!」

「ラケット持ちながらはちょっと走りにくかったけど、頑張ったよ」

「そうだな、空気抵抗の面でもテニス部は不利だったが……勝利する確率は95%だった」

「蓮二も凄かったね、陸上部の人と並んでたし!二人とも一年なのに三年の先輩にも負けてなくて、本当にかっこよかった!」

「ありがとう」


部活対抗リレーも一段落して、その後二つ程競技があった後いよいよトリの組別対抗リレーが行われる。


「いよいよ組別だね!三人とも頑張ってきてね!このままいけば紅組が優勝だよ……!(ご褒美はもう目の前だっ……!)」

「そうだね、組別で負ける訳にはいかないし……うん、部活対抗以上に頑張ってくるよ」

「組別を勝利し、このまま紅組が優勝する確率は96%だ」

「桜華、ちゃんと俺の事見ときんしゃい……たまには俺も本気見せてやるぜよ」

「分かってるよ雅治!……ん?と言うか、テニスしてる時も本気出して!たまじゃなくて!」

「はは、冗談冗談」

「こんな時も雅治ってば……あ、みんなの事ちゃんと見てるからね!」

「俺、桜華のために走ってくるから(本当は俺の事だけ見ていてほしいんだけどね)」

「幸村君!?えっと……うんっ!ありがとう……!(私のためってどう言う事!?深い意味はないよね……!びっくりした!)」


桜華がドキドキしている中、三人は先輩に呼ばれてリレーの待機場所へと向かって行った。
幸村に言われた事を考えながらも、彼女は理央とリレーの結果を見守る事にした。


(幸村君のあの言葉すっごく恥ずかしかったけど嬉しくて……何だろうなあこの感じ……。いや、とりあえず今は組別対抗リレー!どうか勝ちますように!)


「ふんっ!幸村なんか思い切りこけちゃえばいいのよ」

「こら理央!いくらなんでもそんな事言わないの!お友達でしょ?」

「……さっきの借り物、異性じゃなかったら私の事連れて行ってくれたよね……?」

「当たり前でしょ?お友達の中で理央以上に大切な人なんていないよ……?」

「桜華……!ああ、桜華に手を引かれていった幸村が憎いっ……!あそこには私がいるはずだったのに!」

「まあまあ……あ、ほら、リレー始まるよ!幸村君の事も、ちゃんと応援しなきゃ駄目だよ?分かった理央?」

「う……桜華にそう言われたら仕方ないわね……。今日だけは特別に応援してあげるわ!」

「えへへ、ありがとう理央」


理央は少し不服そうな顔をしているものの、それでも桜華の言葉に応援はする気になってくれたようだ。
そして始まる、体育祭ラストの競技にして最高の山場が。

パンッ!という激しい音の後に、紅組白組の両選手が後れを取る事なく一気に走りだした。
流石組の中でも俊足が集まるリレー、ありえない位に全員の足が速い。
見てて思わず圧倒されるそれに、桜華はただただ興奮を抑えきれない様だった。


「白組の方がちょっと速いけど……まだまだ大丈夫!頑張れ紅組!」

「私が応援してあげてるんだから、勝たないと許さないんだからね!」

「理央ってば……(でもこれが理央なりの応援なんだよね)」


応援している間にどんどんとバトンは渡っていって柳に、そして仁王へと渡っていった。
二人とも大健闘で、白組との距離をかなり縮めた。
その事で大いに盛り上がる紅組応援席。
歓声や応援の声も、より一層大きくなった。

そして遂に、幸村にバトンが渡った。


「幸村君だっ……!」

「幸村の奴、白組の走者くらい抜かしちゃいなさい!」

「頑張れ幸村君ー!(どうか幸村君が無事に走り切りますようにっ……!)」


幸村は部活対抗でも見せた俊足っぷりを余す事なく発揮して、そしてあっという間に白組の走者を抜かした。
紅組応援席の盛り上がりは最高潮で、その場にいる全員が我を忘れたかの様に大声で叫びながら応援していた。


そして……


「紅組ゴール!……この時点で紅組の優勝が決定しました!」


幸村君が抜かした事によりその後の走者も一気にスパートをかけ、そのままの状態でゴールテープを切った。
この時点で、僅差でリードしていた紅組の優勝が揺るぎ無いものとなった。


「理央理央!わあ……どうしよう優勝しちゃったよ!」

「やったわね桜華!今日だけは幸村を褒めてあげるわ(桜華をこんなにも喜ばせたんですもの)」


優勝が決まった瞬間、桜華は理央に抱き着いて喜んだ。
中学生になって初めての体育祭で、初めての優勝。
彼女にとってこんなに嬉しい事はなかった。
それに、優勝したという事は勿論あのお楽しみも待っている。


「これでご褒美貰える!」

「そうね、今年は一体何なのかしら?」

「楽しみだなー!」


リレーも無事終わり、その後合流した幸村達と桜華は一緒に閉会式に出てから教室に戻った。
優勝した後のテンションだからかクラス中がとても盛り上がっていて、組別で白組を抜かした幸村の周りにはクラスメイトが集まっていた。
そんな時に先生が嬉しそうに教室に入ってきて、同時に全員が席に着いた。


「いやー優勝おめでとう!幸村は特に活躍していたな、先生はとても鼻が高いぞ。早速他クラスの先生達に褒められてきた」

「本当に幸村君凄かったもんね!上級生抜かした時は本当にびっくりしちゃった!」

「ふふ、桜華の応援が聞こえたからいつもより速く走れたんじゃないかな?」

「え!聞こえたの!?」

「俺の耳は凄くいいんだよ(桜華の声限定でね)」

「(凄過ぎる幸村君…!)」


先生が嬉しそうに話している中、クラスメイトの一人が期待を込めて言った。


「先生!優勝組に贈られるご褒美下さいよ!」

「ああ、そうだったな。今年は……これだ」


そう言って先生が出した物に、クラスの大半はぽかーんとしていた。
何でそんな顔をするんだろう……と、この教室の中で桜華だけが思っている。
彼女にとっては凄く嬉しくて、思わず「やった」と声を出してしまう程に喜ばしいものだったからだ。


「立海饅頭だぞ、皆嬉しいだろ?」

「いや嬉しいけど先生……それ、一人何個?」

「……一つずつだ」


その瞬間、「えー!!」というブーイングの嵐がクラス中を支配した。
立海饅頭一つでも良いじゃない!あれすっごく美味しいんだから!……何て、桜華が大声で言える雰囲気ではとてもない。
彼女は心の中でそう思いながらこのブーイングが収まるのを待った。
ただ隣に座っている幸村と理央にだけは聞こえる位の声でぽつりと呟いた。


「何でみんなそんなに残念がってるんだろう……あれ美味しいのになあ」

「美味しいのは知ってるけど桜華、一人ひとつなのよ……?流石に優勝のご褒美でそれはちょっと物足りないわ」

「えー!頑張ったご褒美なんだし、いいじゃん一つだけでも」

「そうだね、俺は立海饅頭一つだけでも嬉しいかな(まあ、桜華が喜んでるからなんだけどね)」

「あんたには聞いてないわよ幸村」

「俺も悠樹さんには言ってないよ」

「幸村……ちょっとはさっきの活躍褒めてやろうと思ったけどやめたわ!やっぱりあんたはいけすかない!」


こんな時まで幸村と理央は対立するものだから、桜華は慌てて二人を止めた。
優勝した今日位仲良くしてほしいものだ。
そんな中、先生は少し申し訳なさそうな顔をしながら一人一人に立海饅頭を配っていた。
生徒達はやはり不服そうな顔をしていたけれど、それでも立海饅頭の美味しさは知ってるらしく渋々食べていた。


「はい、お前らの分だ」

「ありがとう先生!(優勝して貰った立海饅頭なんて、何か特別だなあ……!)」

「そうだ、これは俺からのご褒美だ幸村。貰っておけ」

「え……?」


そう言って先生は幸村に立海饅頭を二つ渡した。
どうやら、幸村が活躍したご褒美に自分の分を渡したらしい。


「どうしよう……俺だけ二つ貰うなんて何か悪いな」

「いいんだよ!だって幸村君は一番活躍したんだから!幸村君が二つ貰っても、誰も文句言わないよ」

「うーん……あ、そうだ」


幸村は何か閃いたのか、貰ったばかりの立海饅頭を半分に割った。
桜華はその行為にきょとんと首を傾げる。


「どうしたの幸村君?」

「これ、桜華に半分あげるね?」

「えっ!いいよいいよ、幸村君が貰ったんだから、幸村君が食べて?」

「俺の事一番応援してくれたから、そのお礼、ね……?」

「でも……」

「それに、俺が桜華と半分こにしたいんだ。だから貰ってくれないかな……?」


そこまで言われて断るのは逆に失礼だと桜華は思い、幸村から半分になった立海饅頭を受け取った。
一口食べると口の中に広がる甘さが運動して疲れた体に染み渡る様で、何時もより美味しく感じられた。


「んー!やっぱり美味しいね幸村君!」

「うん、すごく美味しいね。桜華と半分こにしたからかな?……より美味しく感じられるよ」


そう言って笑った幸村君に、桜華はまたドキドキと胸を高鳴らせた。
借り物の時もそうだったが、彼女は幸村を見る度、何かを言われる度何度も胸の奥が熱くなるのを感じていた。


(これって一体何だろう……わかんないなあ……。どうして幸村君にだけ、そうなるんだろう?でも嫌とかじゃなくて、むしろ嬉しくて……ううーん、余計に分からない……!)


彼女は心の中で一人葛藤するのだった。




(あ、桜華ちょっと待って)
(ん……?)
(……はい、取れた。ふふ、口端にあんこがついてたよ)
(わっ……!ありがとう幸村君……!(恥ずかしいっ……!))
(そういう所も本当に可愛いんだから桜華は)
(可愛くなんかないよ……!口端にあんこつけてるなんて!)
(俺にとっては堪らなく可愛く見えるんだよ)
((甘い、台詞が甘いよ幸村君……!))




あとがき

体育祭終わりました。
色々と想像で書くと大変ですね。
自分の体育祭何て何年前だったか……記憶にありません。
桜華さんも自分の気持ちに気付き始めます。
この辺りからまた物語が進んでいくのではないかと。