17 はじめての手作り



「ご褒美?」

「そうじゃ。言うとったじゃろ?体育祭頑張ったら桜華からのご褒美が欲しいって」

「ああ、そう言えば言ってたような気がする……!(すっかり忘れてた!)」

「じゃけ、桜華からも何かくんしゃい」


体育祭が終わった次の日。
部活中に急に雅治に言われた『ご褒美』と言う一言。
優勝した事が嬉しくてそればっかりで、頭から抜けていた。
雅治にご褒美と言われて、何かあげたい気持ちは山々だけど、私はうーん……と唸った。
だって何をあげたらいいのか分からないから。
あまりお金のかかるものは自分の財布の淋しさからしても無理があるし……。
ここは本人にに聞くのが一番だと思って聞いてみる事にした。


(高そうなもの言われたらどうしよう……!)


「えっと、雅治は何が欲しいの?」

「そうじゃの……あ、そうじゃ。弁当でよかよ」

「お弁当?」

「桜華の手作りの……な?」


手作りと言われてドキッとする。
何せ、あんまり料理には自信がない……出来て目玉焼きくらい。
それだってまだまだ未熟で、いつも焦がしたりしてる。


(体育祭の時のサンドイッチだって、私よりもお母さんの方が沢山やってくれたもんなあ……私なんてほぼ挟んだだけ……!)


いつもお弁当やご飯はお母さんに作ってもらってるせいか、その辺りは全くの無知。
勉強しなきゃとは思っていても、部活をしているとなかなか時間が取れない。

でも、雅治はとても期待するような目で私を見ている……うう、断わり辛い。
私のお弁当なんて貰って嬉しいのか分からないけど、雅治がそう言うなら頑張るしかないような気がして。
取りあえずは了承の返事をする。


「分かった……!明日作って持ってくるね!」

「この間のサンドイッチも美味しかったしのお。楽しみにしてるぜよ」

「う、うん……!(あれはほとんどお母さんが何て今更言えない雰囲気……!)」

「じゃあ、俺も欲しいな?桜華の手作り弁当」

「幸村君!聞いてたの!?」

「うん、ばっちりね(仁王と二人きりで話してるなんて絶対何かあるに決まってるしね)」

「じゃあじゃあ、俺も俺も!桜華の手作り弁当、食べさせろぃ!」

「では俺も頂こうとしよう。いいデータも取れそうだしな」

「ちょっとブン太と蓮二まで!」


どこから聞いていたのか、ひょっこりと現れた幸村君に続き、何かを嗅ぎつけたのかブン太と蓮二まで現れた。
どうしようどうしよう、一人ならまだしも、皆に作るとなると大変だ。
と言うか、私の料理の出来なさが皆に伝わっちゃう……!
焦る気持ちを抑えつつ、私は断れない位期待してこちらを見る視線にたじたじとしていた。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、幸村君は優しい笑顔を私に向けた。


「大人数で大変だったら無理しなくていいからね……?」

「だ……大丈夫っ!一人二人増えたって変わんないよ!もういっそみんなの分作ってくるね……!(わー!私の馬鹿……!何て事言っちゃったの……)」

「本当に大丈夫?」

「うん!任せてよ!りょりょ、料理は得意中の得意だから!」

「(嘘の確率100%だな……)」


蓮二にばれてる何て露知らず。
私は、はははと乾いた笑いで誤魔化したのだった。





その日の夜。
台所で私は一人唸っていた。
何せ、今からお弁当の下ごしらえをしなきゃいけないからだ。
とりあえず帰りにスーパーで材料は買った。
あと、本屋さんでおかずの沢山載っている本も買った。
その本を見つつ、なるべく作りやすそうな料理の材料を選んだのは良いけれど、どうもいざ作るとなると勝手が違う。
手を動かそうとするが、見当もついていないのに無暗にいじることも出来なくて。


「どうしよう……こんな事になるなら、やっぱりお母さんに手伝ってもらうべきだったかな」


私の料理の出来なさを知っているお母さんが助け船を出してくれたのだが、思わず大丈夫と強がってしまった。
今更後悔してももう遅いんだけど……。
このまま何回唸っても、何度頭を抱えても、自分の料理の出来無さは変わらない。
そんな事は分かっているけど、みんなに食べてもらうものだからやっぱり美味しいものを作ってあげたい。
その気持ちがより手を止めさせる。


「でも、作らないと……手を動かさないと始まらないよね……!」


私は意を決して包丁を握った。
鈍く光る銀色にどきっとする。
少し高なる心臓を抑えつつ、私は冷蔵庫から出していた野菜を切り出す。
日ごろ切らないせいもあってか、上手く切れない。形も厚さもばらばら。
だけど、そんな事気にしていられないと、私は無我夢中で包丁を野菜にいれていく。


(絶対に美味しいお弁当作るんだから……!)







「桜華、ちゃんと弁当持ってきたかー?」

「ううう、うん!忘れるわけないじゃん!忘れたらブン太絶対怒るでしょ……?」

「まあ残念だなーとは思うと思うけど!そんな怒ったりはしねーって!」

「それはよかった。……一応お弁当は持って来たけど、パンは用意しておいた方が良いかも」

「何でだよ?」

「えっと……」


あの後私は朝方まで必死に格闘して、何とかお弁当を作り上げた。
包丁に慣れていない私は、指に何個も切り傷を作り、今指は絆創膏でいっぱい。
だけどみんなの分だと思って作ったら痛みなんか飛んでいっちゃって。

本も買ったけど結局あれよあれよと作っているうちに全くの別物になったり、眠気に負けそうになりやけくそになって自己流に作ってしまった料理もいくつかある。
それを全部詰めてたら思っていた以上に量が多くなって、今日持ってくるのが大変だった。
ブン太にお弁当の事を聞かれてびくっとしたけど、何とか誤魔化す。
同時に、パンの用意を勧めつつ。


「へへ、何にしても昼休みがたのしみだぜぃ!」

「うん、俺も楽しみだな。桜華の手料理が食べられるなんてこんな機会滅多にないし(だけど絆創膏が……料理、苦手なんだろうなあ)」

「期待しとるぜよ……?(とは言え、指の絆創膏が痛々しいの……料理はあまり得意じゃないと見た。無理させてしまったかの……?)」

「(桜華、余程大変だったようだな。……これはもしかすると……。いや、今は考えないでおこう)」




そしてあっという間にお昼休みの時間がやってきた。
いつも通りに幸村君と屋上に向かうと、もうみんなが集合していた。
ブン太は早くと言わんばかりにうずうずしてるし、雅治は何だかにやにやとこちらを見ている。
他のみんなも何だかそわそわしている気がして、私まで緊張してきちゃった。


「桜華!待つくたびれたぜぃ!もう俺はらぺこ!」

「桜華の弁当のためにブン太は今日お菓子我慢しとったしのお?」

「なっ……!それは桜華には内緒だって言っただろぃ仁王!」

「ほお。それは良いデータだな」

「あはは……(ブン太にそこまでさせてこのお弁当を出さなきゃいけないなんて……)」

「桜華、どうしたの?大丈夫……?少し顔が青いけど」

「だだだ、大丈夫だよ!ちょっとみんなに食べてもらうのに緊張しちゃって……」

「ふふ、そっか。でも皆楽しみにしてたし、そんなに気を張らなくても大丈夫だよ」

「……ありがとう幸村君(楽しみにされてる分すっごくプレッシャーなんだけどね……!)」

「どういたしまして」

「桜華も幸村君も早くこちらへ。お昼休みが終わってしまいますよ」

「そうだ。早く来い二人とも」


比呂士と弦一郎に促され、私と幸村君は早足にみんなの元へ駆け寄る。
定位置に座って、そして少し震えながらみんなの前に弁当を差し出した。


(本当に美味しくなかったらどうしよう……)


「おお、なんだ美味そうじゃん!」

「なかなかよお出来とるのお……桜華にしては上出来じゃ。てっきり卵焼きなんか黒こげかと思とったのに」

「今回は頑張ったんです……!」

「プリ」

「ふむ……指の絆創膏を見た限りあまり見た目には期待していなかったが。これはデータ以上だ。やれば出来るじゃないか桜華」

「蓮二さりげなく酷い気がするよ……」

「全く皆は。でも桜華は料理上手なんだね。俺、料理が得意な女の子って好きだな(まあ別に料理が出来なくても桜華なら何だって好きだけどね)」

「あ、ありがとう……!(幸村君いきなり何言い出すの…!)……味にはあんまり自信ないけど」

「大丈夫だよ、桜華が頑張って作ってくれたお弁当なんだ。絶対美味しいから。……早速食べても良いかな?」

「どうぞ……!(ああもうどうにでもなれ……!)」

「じゃあ皆、いただこうか」


幸村君の一言で、みんなが手を合わせる。


「いただきます」


その一言を皮切りに、一斉にお箸を持ち料理に手を伸ばす。
私はその光景をはらはらしながら眺めるしかなかった。
自分の作ったお弁当を食べる気にならなくて、みんなの顔色を窺う事に集中した。


(今が一番緊張する……!)


あれ?なんだろう。
みんな、食べたよね……?


「……どう、かな……?」

「………」

「………」




やっぱり無言……?
さっきまでのわいわいした感じはどこへ行ったのかと思うほどの静寂。
みんながお箸をくわえたまま止まっている。

これはもしかしなくても、だよね……。


「あの、みんな……?」

「(これはどうコメントしたらいいのかな……味がないと言うか……うーん……ある意味凄いかもしれないけど)」

「(……お塩とお砂糖を間違えてますね)」

「(この唐揚げ中身が生焼けじゃの……いや、まあ食べれん事はないが……)」

「(これは……大根か?水分の多い大根をフライにするとは斬新だな。データに加えておくか……)」

「(この甘い様な辛い様な苦い様な味付け……何で味付けしたらこうなるんだ桜華……!)」

「(ん?何だこれ……卵の殻、か?がりがりするな……)」

「(っ、固い……。何だこれは……煮え切ってないではないか……)」

「……おーい、みんなー!」


私が少し声を張ると、ハッとしたようにみんなが顔を上げた。
弦一郎はすごく痛そうな顔をしてるけど……どうしたんだろうか。
流石に痛くなるような料理は入ってなかったはず!
と言うか、痛くなる料理って何だろう?


それよりも気になることはただ一つ。
表情を見ればそれはもうすぐに分かってしまう事で。
改めて聞くのも何だと思ったけど……だけどやっぱり申し訳なくてつい聞いてしまった。


「不味かった……よね?」


この一言に一斉にみんながビクッとなるのが分かった。
ああ、やっぱり不味かったんだとその時点で改めて自覚させられる。
味見をする時間がなくてそのままお弁当箱に詰めてきちゃったけど……やっぱり料理下手の付け焼刃な料理なんて美味しいはずがない。
何でそれが分かってたのに出しちゃったんだろう……今更ながら後悔の気持ちでいっぱいになる。


「ご、ごめんねみんな!折角楽しみにしてくれてたのに……。ブン太なんかお菓子まで抜いてお腹空かして来てくれたのに……本当にごめんなさい!私今から購買でみんなの分のパン買ってくるからちょっと待っててね……!あ、まだ残ってるかな……!?残ってなかったら近くのコンビニにでも行って……」

「待って桜華……!」

「っ……」


恥ずかしくて悲しくて、もうどうしようもなくこの場にいるのが辛かったから逃げる意味とみんなへの食糧確保のために駆け出した瞬間、ぐいっと幸村君に腕を掴まれた。
その行為に思わず振り返ってしまった。
こんな泣きそうな顔見られたくないのに……そう思っていると、そこには幸村君の優しい表情があった。



「幸村、くん……?」

「(ああやっぱり泣きそうな顔してる……と言うかもう半分泣いてるよね……。はあ、俺とした事が。あんな反応はいけなかったな)お弁当、凄く美味しかったよ。だからパンはいらない。こんなに沢山あるのに、パンまであったら折角の桜華のお弁当食べきれなくなっちゃうよ」


そう言って幸村君は綺麗に笑った。
その笑顔にぽっと顔が赤くなるのが分かって……何だか胸もどきどきする。
理由は分からないけど、だけどどうしようもなく込み上げてくる何かがあって。

幸村君に凄く嬉しい言葉を言ってもらえて幸せなんだけど、それでも私はやっぱり食い下がった。


「でも……」

「大丈夫だから……ね、みんな?」

「そ、そうだぜぃ!こんなに美味いのにパンなんていらねーって!何言ってんだよ桜華はもー!(ああーやっちまった!ちゃんと笑うべきだった。っ……桜華ごめんな)」

「そうじゃの。全く、桜華は心配し過ぎじゃ(幸村ナイスフォローじゃ……今日の所は助かったぜよ。桜華にあんな顔させてしまったのは流石にきついの……反省じゃ)」

「桜華が作った弁当が不味い訳ないだろう。とにかく座れ(しっかりと反応するべきだった。……桜華を泣かせたくはない)」

「少しは落ち着かんか、全く(不覚だ……桜華にあの様な顔をさせるとはたるんどるぞ弦一郎)」


みんなが無理してるってそんなの見ててすぐ分かったけど、私はみんなのその優しさが堪らなく嬉しくて何も言えなくなった。
言葉の替わりとでも言わんばかりに溢れそうになる涙を必死に堪えながら、私は頑張って笑顔を向けた。


「……ありがとう、みんな」


そうしたらみんながにこっと笑ってくれたから……私は安心してゆっくりと元のいた場所に座った。



暫くして、何とみんなは私の作ったお弁当を完食した。
たまに歪む顔に申し訳なくなったけど、それでも食べてくれてるのが嬉しくて私は何も口に出さなかった。

みんなは優しすぎる位に優しい。
私がいじめにあっていた時だって、最後にはみんなの優しさがあった。
それだけで心が癒された。
今でも感謝してもしきれない位。

本当は美味しくないお弁当を箸を休めることなく食べてくれたみんな。
そこに優しさが滲み出ていて、本当に自分はみんなと友達で幸せだなって思った。


「ごちそうさま。美味しかったよ桜華、ありがとう」

「なかなか見んような料理もあって、面白かったぜよ」

「ほんと!まあ、桜華が気にしてるようなら今度俺が料理を教えてやるぜぃ!」

「ありがとうブン太……!心強いです……!」

「それならば俺も手伝おう。データさえあれば造作もないことだ」

「蓮二も、ありがとう!(蓮二って料理出来るんだっ……!)」

「じゃあ俺も、桜華と一緒に料理頑張ろうかな?」

「……じゃあ俺も参加するかの」

「なんで幸村君と雅治まで?(あ、でも最近料理男子って流行ってるからそれかな……?うーん……絵になる!)」

「ふふ、内緒」

「同じくじゃ」

「?」

「まあ、みんなでやりゃーいいんじゃねーの?料理を覚えた後には料理対決でもするか!」

「それはいいですね。是非私にも参加させて下さい」

「対決!?」

「面白そうだね、受けて立つよ」

「賞品は、優勝者の希望を聞くってので!」

「ほお……それはええのお。俺も参加じゃ」

「じゃ、じゃあ私も……!」

「桜華は強制的に参加に決まってんだろぃ!」

「ですよねー……!」

「でも料理対決、楽しみだな」

「意外!幸村君が一番楽しみにしてるね」

「賞品が……ね?(だってそれはつまり桜華を独占するって希望もありって事でしょ?)」

「なるほど……!」

「(絶対分かってないな桜華)」


ブン太が料理を教えてくれるって話から料理対決の話になったけど、何故か意外にも幸村君がそれを一番楽しみにしてて。
そんな楽しそうな幸村君を見てると何だか心が温かくなって、自分も嬉しくなった気がした。
それが何でかは分からないけど、だけどさっきみたいにどきどきしたのは確かで……。


(この間から何なんだろう……変だなあ私)


この気持ちの正体が分からなくてもやもやする。
だけど悪い気分じゃないから、私は自分自身で考えるのをやめた。
いつかきっと、自然に分かる日が来ると思うから。


そうしているうちに、お昼休み終了の予令が鳴る。
みんなで急いで片付けて、屋上から出る。
あと五分で授業が始まってしまうから。
そんな急いでいるみんなに、私は大きな声で言った。


「お弁当、全部食べてくれてありがとう!」


その声に反応して振り返ったみんなは笑っていて、そして私と同じくらい大きな声で言った


「「「ごちそうさまでした、ありがとう」」」






(絶対リベンジするから……!今度はちゃんと美味しいの作る……!)
(ふふ、期待してるよ?)
(今度はみんなの舌を唸らせるくらいのとびっきりのやつを!)
(……ねえ、次は俺にだけ作るっていうのはだめ?)
(え……?)
(ううん、なんでもない(桜華の手料理まで独占したくなるなんて、いよいよ俺も重症だな))
(幸村君……?(最近時々変な幸村君……どうしたのかな……?))






あとがき

色々と恥ずかしくて読み返すのが怖かった作品。
料理は難しいですよね。毎日しててもなれません。
ブン太のお陰でメンバー達が料理男子になる日も近いです。