19 恋の悩み



季節は冬。
いつの間にか二学期のメイン行事である海原祭も終わり、手強い期末テストも終わっていた。
少し前は肌寒い程度だった気候も、今となってはその比ではない。
気を緩めてしまえば凍えてしまいそうな程、日を追う毎に気温は下がっていった。

そんな中でも、立海男子テニス部は変わらず部活に専念している。
彼等は休憩時こそジャージを着るものの、やはりテニスをしている時は半袖半ズボンの部員が多く、見ている方が寒くなってしまいそうな光景が広がる。
勿論運動をして身体が温まるからなのだが、それでも見ている方からすればその服装はやはり寒そうに見えて仕方ないのだ。


「うーん……今日もやっぱり寒いなあ」

「桜華、大丈夫?」

「大丈夫だよ、ちょっと寒いだけだから。どうしても寒いのは苦手なんだよね……毎年冬が憂鬱なんだ」

「そうだったんだね。でも確かに女子は冷え性とか色々多いって聞くし大変そう。それに、洗濯とか大変だよね……。水冷たいし、手は荒れるし」


そう言って桜華の手を取る幸村。
彼の事を好きと認識してからは、その行為一つとってもどきどきして止まない。
寒いはずなのに、幸村に触れられているその部分だけが熱を持ったみたいに熱くなるのを感じた。
桜華は気付かれないよね……と心配しながら、恥ずかしくて思わず俯く。
彼女の挙動の変化に気付いたのか、幸村は少し覗き込む様にしてすっと目線を合わせた。


「桜華、大丈夫?顔が赤いよ……?手も少し熱いし……」

「な、何でもないよ……!(うわあ、熱くなってるのばれてる……!恥ずかしいっ……)」

「本当?季節が季節だし、もしかして熱でもあるんじゃない……?……ちょっとごめんね」

「元気だから、本当にっ……!?(えっ、ええ……!?幸村君何してるの!?)」


何が起きてるの、と周りの人に聞いて回りたい位の衝撃が桜華を襲う。
今、彼女の目の前には幸村の綺麗過ぎる顔があって、しかもその一部は彼女の顔にぴったりくっついている。


「わわわわ……!ゆ、幸村君っ……!だめっ……」

「うーん……熱はなさそうだね。でももしかしたら風邪のひきかけとかかも知れないし、体調には気を付けてね?」

「う、うんっ……!(だめだめ耐えられないっ……!)」

「桜華……?」

「(言わなきゃっ……!)幸村君っ、おでこ……!」

「おでこ……ああ、もしかして恥ずかしいの?」


その言葉に桜華は目で合図する。
おでこがくっついてるためちゃんと頷けないからだ。
超がつくほどの近距離に幸村の目があって、彼の長い睫毛が彼女の目に当たりそうなくらいの、その距離感。
そんな必死な彼女の視線に、幸村は目を細めて言った。


「桜華、可愛い」

「!」


幸村はそう呟くとゆっくりと顔を離し改めて彼女の顔を見た。
とても真っ赤になった頬が何とも可愛らしく、やっぱり桜華は可愛いなともう一度心の中で呟く。
一方の桜華はと言うと、顔は離れたもののまだ余韻が残っているらしく恥ずかしがっていた。
彼女のあまりの恥ずかしがり様に、ちょっとやりすぎちゃったかな?と思いながらも、でもやっぱり恥ずかしがっている桜華も可愛いからいいやとくすくすと笑うのだった。


(幸村君は、ずるいよ……)


幸村の事が好きだと自覚しだしてから、可愛いや好きとか言う言葉にいちいち反応してしまうようになってしまった桜華。
以前から反応はしていたものの、これ程ではなく、自分も幸村の事が友達として好きだと思っていた分嬉しかった。
しかし今の彼女の幸村への好きは前とは少し違って。
なので、やはりそんな彼に好きなんて言われるだけで少しだけ期待してしまったり、でも自分の好きとは違うんだろうなあと思ったりと一喜一憂。


(こんな、おでこくっつけるのだって……幸村君じゃなかったら……)


言葉だけではなく、本当に幸村のスキンシップは激しく桜華はいつも困ってた。
嫌で困っている訳ではなく、むしろ自分に触れてもらえる事が嬉しいのだけれど、やらり彼の事が好きともなると少し哀しくもなる。
どう言う気持ちで触れてくれているのか、その本心が分からないから。


(私の事どう思ってくれてるのかな……)


恋愛に疎くてどうしようもなかった桜華であるが、今そう心の中で思う彼女は、あの日以来完全に恋する乙女と化していた。




「そういえばもうすぐクリスマスだな!」


いつも通りの部活の帰り道。
今日はブン太の一言から会話は始まった。
桜華はこの展開、夏にもあったような気がするけど気のせいかな?と、少し思った。


「そう言えばそうじゃの。すっかり忘れとったぜよ」

「あ、本当だ!……って言っても関係なく部活だよね」

「でも、イブは休みじゃなかったっけ?」

「精市の言う通りだ。今月の二十四日は一日休みとなっている」


柳の言葉に、桜華の心は躍った。
終業式の日が休みだと言う事は知ってたが、クリスマスイブが休みと言う事は知らなかったのだ。
マネージャーなのに知らないなんて……と彼女は思いながらも、それでもそんないい日に休みである事が嬉しくて。
休みであるなら、当然やりたい事は決まっている。


「みんなでクリスマスパーティしようよ!」

「いいですね。是非やりましょう」

「賛成!じゃあ俺ケーキ作ってやるよ!でっかいホールで、とびっきり美味しいやつ!」

「プレゼント交換なんてのもどうじゃ?やっぱ定番じゃろ」

「雅治それいい!乗った!わあ……クリスマスにみんなとパーティにプレゼント交換なんて楽しみ過ぎる……!」

「なっ……パーティなどたるんどる!」

「真田煩いよ。別に来たくないなら来なくてもいいし」

「幸村君!……弦一郎も一緒にクリスマスパーティやろう?ね?それともやっぱり嫌かな……私は弦一郎もいなきゃ寂しいんだけどな」

「む……。桜華がそこまで言うなら仕方あるまい……参加するとしよう」


このメンバーで一緒に遊ぶのは、夏以来だ。
しかもそれがまたクリスマスパーティとなっては桜華達が浮かれるのも当然で。
各々が今からどんな服を着よう、何をプレゼントしよう、どんなケーキを作ろう等と、頭の中はそれでいっぱいになっていた。

特に桜華は、当日の服装についてかなり考えを巡らせていた。
まだ二週間以上も先だと言うのに、それでも考えてしまうのはやはり恋をしているからで。
何たって、彼女が幸村を好きだと自覚してから初めて彼に見せる私服。
やっぱりお洒落して、彼に少しでも可愛いと思ってもらえるような物を着たいのだ。


(どうしようどうしよう!やっぱりワンピースかなあ……ああもう絶対新しい服買いに行かなきゃ……!)


桜華がそんな事を考えていると、隣にいた幸村が話しかけてきた。


「楽しみだね桜華」

「うんっ!本当に楽しみ……!今から色んな事考えちゃうよ!あれどうしようこれどうしようって」

「ふふ、そうだね。プレゼントとかも考えなきゃいけないしね」

「男の子に何あげたらいいのか迷うなあ……何貰ったら嬉しいのかな?あ、でも幸村君に聞いたら駄目だよね……!ううーん……理央に聞いてみるかなあ」

「俺は桜華からなら何貰っても嬉しいよ?(むしろ俺だけに欲しいんだけどな)」

「えへへ、幸村君は優しいね」

「桜華にだけ、ね?」

「?」


幸村は微笑んで意味あり気にそう言ったのだが、桜華には伝わっていないようだ。
二人の会話を聞いていた他のメンバーは、自分も桜華から貰えるなら何でもいいと同じ事を思っていたとか。
そんな楽しい会話をしながら歩いているとあっという間に駅に着いて。
クリスマスパーティに思い馳せながら、そこで解散となった。





桜華が最近変だ。
変って言うか、俺に対する態度がたまにぎこちないと言うか……すぐ顔を赤らめると言うか。
跡部が来た辺りから少しずつそうなっていって……もしかして、俺の事好きなのかな?何て勘違いしてしまいそうになる。
でも最近の桜華の態度を見ていると、やっぱりちょっと期待してしまう。

だけど同時に不安になる。
もしかしてそれは俺の単なる勘違いで、本当は別に好きな人が出来たとか。
そんな事考えたくもないけど、つい考えてしまうのはやっぱり桜華の気持ちが気になるから。


(だって、最近前よりもっと可愛くなったから……本当、日に日に可愛くなっていくから嬉しいけど少し困りものだよ)


恋をすると女の子は可愛くなるって言うけど、桜華は誰かに恋をしているのかな。
その相手は俺の知ってる人?俺の知らない人?

それとも……。


「はあ……」

「どうした精市。何か悩み事でもあるのか?」

「蓮二……」

「俺でよければ聞くぞ。安心しろ、他言はしない」

「……蓮二ってさ、桜華の事どう思ってる?」


唐突にそう聞くと、蓮二は一瞬言葉を詰まらせた。
当たり前か、いきなり桜華の事が好きか何て聞かれたら驚くよね普通。
だけど蓮二はすぐに平常心を取り戻したのか、答えを返してきた。


「桜華の事をどう思っているか……それは友人という関係でなのか、それとも……」

「違うよ、恋愛的な意味で。……どうなの蓮二」

「……好きだと言ったら?」

「いいんじゃないかな……俺も好きだし」

「その確率は100%だったが……いきなりどうした」


ノートにさらさらと何かを書きこみながら聞いてくる蓮二。
俺は溜め息をつきながら、今思っている事を打ち明ける事にした。


(蓮二なら真剣に聞いてくれるしね。まあ同じ恋敵に相談するって言うのも何か変だけど)


「最近、桜華の様子が変なんだ。俺への態度がたまにぎこちなくなったり、すぐに顔を赤らめたり……」

「ほお……(流石に気付いていたか)」

「だから、俺の事好きなのかなって考えたりもするんだけど、いまいち確信が持てなくて」

「それは何故だ?」

「桜華は誰に対しても優しいから……。それに、最近益々可愛くなってさ……自分のためにだったら嬉しいけど、もし俺以外の誰かの事が好きでって考えるとどうしても……」

「……気持ちを打ち明ける事が出来ない、と言う事か」

「流石蓮二、物分かりが良くて助かるよ」


蓮二に打ち明けてから、自分はこんなにもネガティブだったのかと思って呆れてしまった。
テニスをしている時はこんな風になるなんて絶対にないのに、桜華の事となるとどうしても思考がマイナスの方向へと向いてしまう。

気持ちが気になって仕方ない。
でも聞くのが怖い。


(……告白して、今の関係が崩れてしまうのが何よりも嫌だ)


ああ、俺はいつからこんなにも乙女思考になったんだろうか。
それとも、恋をすると皆こんなものなのかな?
俺をこんなにも悩ませる事が出来るのはきっと桜華位だろうなと思う。


「今度のクリスマスパーティで告白したらどうだ」

「でも、それでもし今の関係が崩れたら……桜華とギクシャクしたりするのは嫌なんだ」

「精市らしくないな。お前はもっと強く、何物にも負けない男だと思っていたんだが……どうやら俺の買い被りだったようだな」


その一言に俺は小さな怒りを覚えた。


「蓮二に何が分かるんだ……俺だって出来るものならそうしたいさ。だけど桜華の気持ちが分からなくて、勘違いだったらどうしようって……だから蓮二に話したんじゃないか。それなのに何それ」

「……お前は、相手の気持ちが自分に向いていなければ告白しないのか?」

「え……?」

「例え振られたとしても、それで終わってしまう程の感情なら告白なんてするべきではないが……精市、お前の桜華に対する好きはその程度のものなのか?」

「違う……俺は本当に桜華の事がっ………」


そこで俺ははっとした。

桜華が俺の事を好きじゃないからって、告白しないなんてよく考えたらおかしい。
お互いの感情は、告白した時に初めて通じるものだ。
なのに俺は、振られる事やその後の関係の事ばかり気にして一人で悩んで……。


(どれだけ自分勝手なんだろう……俺って)


だけど、蓮二の言葉でやっと目が覚めた。
そして心も決まった。


「さっきはすまなかった。……蓮二、俺クリスマスイブに告白するよ、桜華に」

「それがいい。応援しているぞ」

「ありがとう。でも蓮二はいいの?桜華の事好きなんだろ?」

「何、俺の事は気にするな。俺は俺のしたいよ様にするだけだ」

「……そっか。大人だな、蓮二は」

「それこそ買い被りだ。当たって砕けてこい」

「縁起でも悪い事言わないでよ全く……」

「冗談だ」


蓮二がふっと笑うから、俺もつられて笑ってしまった。
何だか少しだけ、心が軽くなった気がした。


(何だ、簡単な事じゃないか……何を悩んでいたんだろう俺は。今思えば下らない事だな)


例え桜華が今俺の事を好きじゃなくても、告白して振られても……それからまた、俺の事を見てもらえるように自分が努力すればいい。
桜華に好きになってもらえる様に、もっと頑張ればいい……それだけの事だ。
振られたからって桜華を諦められる程、俺の気持ちは軽くない……絶対に。

まだ中学一年生。
愛だの恋だの、正直ちゃんと理解は出来ないけど……それでも俺は……。


(桜華の事が誰よりも大切で守ってあげたくて。きっとこの気持ちだけで今は十分)


クリスマスイブまで、あと二週間。






(クリスマスパーティ本当何着て行こうかな……!幸村君に少しでも可愛いって思ってもらいたいから真剣に考えなきゃ……!)
(何て桜華に告白しようかな。……駄目だ、考え出したら今から緊張してきた。俺らしくないな)
(全く世話の焼ける奴らだ。俺の気持ちはきっと……)






あとがき

遂に幸村君決心しました。
実は早くくっつけたくて仕方ないのですが、それはもう少し先になりそうです。
柳さんは自分の気持ちを押し殺しているわけじゃありません。
彼はそれで満足なんです。優しい子です。