22 君が大好き



クリスマスパーティ当日。
朝から桜華は柳の迎えが来る十三時を目途に、身支度を整えていた。
服はこの日のために新調したピンクのワンピース。
頭には控えめだけど可愛らしいリボン。
あまりつけないアクセサリーをつけて、母にちょっとだけしてもらったメイクを鏡で何度も確認した。
いつもと違う自分に少しどきどきしていた桜華は、ふっとある事を思い出して部屋へと戻った。


「これ、どうしよう……」


幸村に渡そうと、交換する物とは別に買ったプレゼント。
贔屓みたいになるかもしれないと思いつつも、どうしても彼にあげたいと言う思いが強くて買ったものだ。
しかし、今の状態で自分にこれを渡す事が出来るのか。
桜華はうーんと小さく唸った。


(でも渡さないと、幸村君と仲直りしないと……。このままじゃ、いけないよね)


喧嘩をした訳ではないけれど、それでも顔を合わせ辛いと思ってしまっている自分の今の気持ちを終わらせたい。
そう思うと、桜華はぐっとプレゼントを握りしめて決意した。
手に持っているそれをそっと鞄にしまうのと同時に、丁度家のチャイムが鳴った。
時計は十三時ぴったり。
正確過ぎて驚く程だが、桜華は「蓮二ってば本当に正確」とくすくす笑って玄関へと向かった。


「はーい、おまた、せ……!?」


桜華は思わず目を見張った。


(なんでなんでなんで……!?どうして、どうして幸村君が……!?)


そこには自分を迎えに来ると言っていた人物とは別の人物が立っていた。
桜華は一瞬目の錯覚かと思ったが、勿論そんな訳がなくて。
彼女が驚いて声が出なくなっているのに気付いた幸村は、ふっと優しい笑みを湛えていつもと変わらない声色で喋りかけた。


「こんにちは桜華。体調はもう大丈夫かい?顔色は悪くなさそうだけど……」

「体調は大丈夫だけど、何で幸村君がここに……?蓮二が迎えに来るって聞いてたんだけど……」

「ああ、桜華を家まで迎えに行ってくれないかって蓮二に頼まれてね」

「そうだったんだね(蓮二ってば何考えてるの……?)」

「……俺より蓮二の方がよかったかな?」


そう言った幸村の顔に少し淋しそうな色が浮かんでいるのが分かって、桜華は咄嗟に「違うよ!そんな事ないよ!」と否定する。
同時に、自分の動揺で幸村に変に思わせてしまった事を心の中で反省した。

幸村は、あえて先日の事には触れずに自然を装って話していた。
桜華も何となくだがその雰囲気を感じ、何も聞かない事にした。


「それならよかった。……もう準備は出来てるかな?出来てたらすぐ出発しよう」

「うん、大丈夫だよ!あ、鞄だけ取って来てもいいかな?」

「じゃあここで待ってるね?」

「はーい!」


桜華は自室に置いている鞄を急いで取りに戻ると、そこで自分の気持ちを落ち着かせるように一度大きく深呼吸した。
先程は動揺してしまったが、彼も普通にしているのだからこれ以上はもう変な気を回されないように。
彼女は「よしっ」と一人気合を入れ直すと、階段を下りて彼の元へと戻った。


「お待たせ!」

「じゃあ行こうか」

「うん、……って、幸村君!?」

「ん?どうしたの?」

「えっと……ううん、何でもないっ!」


ゆっくり桜華の左手を取った幸村。
それはさも当たり前の事の様で。
一瞬吃驚した桜華だったが、その手が微かに震えているのに気付いて振りほどく事が出来なかった。
どうして震えているのかは分からないが、彼女はそのままに歩き出す幸村に歩を合わせる事に集中する事にした。


家を出て少し経った。
その頃になると、何故かさっきまで優しく笑っていた幸村が急に険しい表情になって、更に喋らなくなった。
二人の間に気まずい空気が流れる。
手は繋がれているものの、無言と言うのはやはり辛いものがある。
この空気に耐え切れず、桜華は少しおろおろしながらもその声に若干の緊張を孕ませながら喋りかけた。  


「あ、あの、幸村君」

「ん?」

「弦一郎の家ってどの辺りなのかなと思って……!」

「ああ、真田の家はそうだな……桜華の家からよりは立海からの方が近い場所にあるかな?そっか、行った事ないんだよね」

「うん、だから気になって」

「真田の家もなかなか凄いから楽しみにしているといいよ」

「凄いの……?あ、でも何かちょっと想像できるかも……!」

「ふふ、そうでしょ?」


幸村は先程の険しい表情を和らげ、優しさを含んだ瞳を彼女に向けながらくすっと笑った。
その表情に安心した桜華は、ほっと胸を撫で下ろす。


「そう言えば……」

「どうしたの?」

「……今日の桜華、いつもと違うよね。何て言うか、桜華見てると凄くどきどきしちゃうというか……」

「あ、ありがとう……!(急に言われたら恥ずかしいなあ……!)」

「服も可愛いし、化粧も少ししてるよね?だから、その……」


そこで一旦幸村は言葉を切った。
どうしたのだろうと桜華はきょとんとした表情で幸村を見つめる。
すると、少し顔を赤らめてはにかんだ幸村が照れたようにゆっくりと言葉と紡いだ。


「とっても可愛いよ……すごく、すごく可愛い……」

「!」


その一言に桜華は驚いて、口を開けたまま固まってしまった。
あまりに突然のその言葉に、彼女の思考は全くと言っていい程追いついていなかった。。
彼女の様子に気付いているのかいないのか、幸村は何も言わずに再び柔らかく笑うと、そのまま桜華の手を引いて真田の家へと向かった。




「うわあ、凄い……」

「この辺りではこんな純和風の家珍しいよね。まあ、真田家らしいというかなんと言うか」

「蓮二の家もなかなか凄いけど、弦一郎の家は更に上を行ったよ」


真田の家に着いた桜華は目の前にある建物を見て、ただまじまじと見る事しか出来なかった。
本格的な日本家屋。
洋を思わせるものは何一つないと言っても過言ではないほどの和が、そこに広がっていた。
厳格な真田らしいと言えばらしい。
彼を作り上げたのがこの家なのだとしたら、それは大いに納得できる事だ。
桜華は一人うんうんと頷いた。


(こんな古き良き日本の象徴みたいな家でクリスマスパーティなんて……面白い位違和感!)


桜華がそう思っていると、隣にいる幸村も呟く。


「ふふ、ここでクリスマスパーティなんて何だか変な感じだよね」

「(私声に出してた!?)幸村君もそう思った……?」

「もしかして桜華も?」

「うん。だから一瞬幸村君に心読まれたのかと思っちゃった」

「はは、流石の俺もそんな事は出来ないよ(まあ桜華はすぐ顔に出るし分かりやすいから読めちゃうけどね)」

「(いつも結構やってるような気がするんだけどなあ……!)」

「まあまあそんな事よりも早く中に入れてもらおう。外は寒いよ」

「うん、そうだね!」


インターホンは流石に今時のだ……と思いながら桜華はボタンを押した。
それに応答はなかったものの、数秒経った後すぐに中から引き戸が開いた。


「二人ともよく来た。幸村は桜華の迎えご苦労だったな」

「こんにちは弦一郎。今日はお邪魔します」

「ああ。しかし桜華、もう身体は大丈夫なのか?心配したぞ」

「あ……えっと、大丈夫だよ!昨日は心配掛けてごめんね」

「そうか……桜華が大丈夫なのであればそれでいい。今日はゆっくりしていけ」


真田はフッと小さく笑うと、桜華の頭を軽くぽんぽんと叩いた。
彼の優しさが嬉しくて、彼女は思わず笑みを零す。
それを見ていた幸村は気に入らなかったのか、すっと真田の手を自然に払った。


「幸村……?」

「……真田、駄目だよ?」

「そうなのか……(目が全く笑っていないな……)」


心の中で彼の笑顔に怒りが込められている事を悟る真田。
長年の付き合いの中、この表情の時はあまり機嫌がいい時ではない事は承知済みだ。
そんな中、自分が原因で真田が幸村に敵視されているなんて知らない桜華。


「幸村君、何が駄目なの……?(どうしたのかな……?)」

「ん?……ああ、大丈夫気にしないで?」

「?」

「ふふ、ちょっと嫉妬しちゃっただけ」


幸村の言葉に疑問符を浮かべる桜華だったが、幸村に「気にしないで」と言われ話が終わってしまったのでそれ以上は考えないようにした。
その後すぐに真田に案内されて、本日パーティが行われる部屋へとやってきた。
そこにはいつものメンバーが揃っていて。
皆がいる事に桜華は嬉しくて自然に笑みが零れる。


「お!桜華じゃん!一日二日会わないだけでこんなにも懐かしいなんてな!身体大丈夫なのか?」

「ブン太!身体はもう大丈夫だよ、ありがとう。私も何だか懐かしい気がする、本当一日だけなのにね?」

「桜華じゃー……会いたかったぜよー」

「ちょっと、雅治!わわ、重い重い!倒れちゃうっ」 


突然後ろから体重をかけるかのように抱き付かれて思わずよろけてしまう桜華。
しかしそれが嫌な訳ではなく、心のどこかで楽しんでいる。
彼女も一日皆に会えなかっただけで寂しかったのだ。


「俺の桜華への愛の大きさじゃ、受け取ってくんしゃい」

「それは嬉しいけど……!もう、雅治ってば……えへへ」

「仁王君、桜華が迷惑しているでしょう、降りたまえ全く……桜華は病み上がりなのですよ」

「おい仁王!っ……何とかしろよジャッカル!(仁王の奴ずるいずるいずるい……!)」

「俺かよ!」

「仁王、悪い事は言わない……早く桜華から離れた方が良い。よく見てみろ、とてつもなく不機嫌になっている奴がいる事に気付け。お前が危ない」

「仁王?そろそろ桜華から離れなよ」

「……嫌じゃと言ったら?」

「ふーん……いい度胸だね」

「(何これちょっと怖い……!)」


当の本人を差し置いてまた小さな争いが勃発していたが、流石の桜華もその空気に気付き少し怯える。
こんな時でも彼等は相変わらずだなと、ジャッカルと柳生、それに柳がはあ……と同時に深い深い溜息をついた。
真田だけが首を傾げていた。


そんな空気をようやっとの事で打破したのは、ブン太だった。


「な、なあ!折角なんだし早くパーティしようぜ!この時の為に朝飯軽くしてきたし、もう俺腹ペコ!待ちきれない!」

「そうだね……!(助かった!)私も何だかお腹減っちゃったなあ」

「だろぃ!?それにほら、この料理の数々!超美味そうじゃね?」

「確かに凄い……!本当に美味しそうだなあ……。これどうしたの?」

「ケーキはブン太が担当で作ってきてくれたんだよ。料理は皆で作ったんだよ」

「みんなで!?」

「ちょっと張り切ってみたナリ」

「朝から大変でしたが、とても有意義でした。料理もなかなか楽しいものですね」

「朝からって……そんな、私も呼んでくれたらよかったのに。あ、でも私の腕じゃ邪魔になるだけか」

「勘違いをするな。今回は桜華の体調を気にして呼ばなかっただけだ。……それに、驚かせたかったと言うのもあるしな」

「うむ、桜華が気に病む事はないぞ」

「えへへ、ありがとう蓮二、弦一郎」

「すげーだろ!これ全部俺が教えたんだぜぃ!」

「流石ブン太!お菓子だけじゃなくてこんなに料理が出来るなんて……すごいすごい!絶対私にも教えてね!」


ぱちぱちと拍手をしながらブン太を褒める桜華。
それが嬉しかったのか恥ずかしかったのか、ブン太は顔を赤らめて少し得意気に笑った。
何だか楽しそうな二人に置いてけぼりをくらったような気がした幸村は、その寂しさを紛らわせるため彼女に話しかけた。


「桜華、俺はこれを作ったんだよ。結構上手く出来たと思うんだ」

「これを幸村君が?うわあ……プロの人が作ったみたいに美味しそう!見た目もすごく綺麗だね!」

「味も保障するよ?桜華に喜んでほしくて頑張って作ったから、沢山食べてくれると嬉しいな」

「勿論だよ!うわあ……早く食べたい!」


幸村が作ったと言うその料理を見ながら桜華は目を輝かせる。
彼女の可愛らしい表情に、幸村は愛おしそうに目を細めた。


「あれ?じゃあもしかして幸村君は料理作ってからわざわざうちに迎えに来てくれたの……?」

「うん」

「忙しかったのにごめんね……!」

「桜華が謝る事じゃないよ。桜華を迎えに行ったお陰で、桜華と二人でいられたしね?」

「幸村君……?」

「ううん、何でもない。……あ、ほら、食べる準備しよう?」

「そ、そうだねっ……!(どうしたんだろう幸村君……)」


その二人のいつもと変わらない自然なやり取りを見ていた柳は、


(二人はここに来る間に誤解を解いたのだろうか……)


と、疑問に思っていた。




ブン太と桜華の希望で、すぐにパーティは始められ食事をする事になった。
いただきますの挨拶の直後からブン太が凄い勢いで料理を口に運ぶので、「行儀が悪いぞ丸井!」と早々に真田に怒られていた。
柳生や柳は静かにだが小さく笑みを浮かべながら綺麗に食していく。
仁王は桜華の隣で「あーん」なんて言いながら口を開く。
そんな彼の態度に、「雅治!?む、無理っ……!」と言いながら慌ててしまう桜華。
それを見てにやにやする仁王。
二人のやり取りに再び幸村が仁王をけん制したりと、何だかんだ賑やかな時間を過ごしていた。


「何であーんしてくれないんじゃ桜華……ずっと待っとるのに」

「だって恥ずかしいんだもんっ」

「別にええじゃろー減るもんじゃないきに……ちょっとそのフォークで口に料理運ぶだけじゃよ?いかんの?」

「それが恥ずかしいんだってば……もう、雅治は分かってないなあ」

「桜華にあーんしてもらおうなんて、俺がみすみす許すとでも思ってるのかな?」

「プリッ」


少し拗ねた様子の仁王を見て桜華はくすっと笑う。
幸村は何だか面白くないなと思っていると、彼女の手元にあるものに注目してぴんときた。

今彼女は嬉しそうにフォークにソーセージを刺している。
それに目を付けた幸村は、作戦実行と言わんばかりに話しかけた。


「ねえ桜華」

「どうしたの幸村君?」

「……いただきます」

「え?……ああっ!」


ぱく。

そんな音が聞こえてきそうな幸村の一口。
一瞬桜華は何が起こったのか分からなかったが、手に持っていたフォークからさっきまで刺さっていたソーセージが消えている。
そして、自分の腕を掴んでいるのは隣にいる幸村で、本人は至って普通に「美味しい」なんて言いながら呑気に笑っていた。
考えられる事実はたった一つだ。


「ええ、ちょっと……幸村君……!?」

「ふふ、ご馳走様」

「わわ、あの、本当何して……!」

「何って……桜華のフォークからソーセージを貰ったんだよ。凄く美味しそうに見えたからね」

「でも、私のフォークだよ……!?それって……!」


幸村は顔がりんごの様に真っ赤な桜華を見ながらくすくすと笑った。
そしてそんな彼女を見つめながら一言、彼女がもっと恥ずかしがる言葉を。


「うん、間接キスだね」

「!?」


その一言に案の定より顔を赤くする桜華。
幸村は楽しそうに笑いながら、「可愛い」という一言も付け加えて更に彼女の羞恥を煽るのだった。


「幸村ずるかー。俺も桜華と間接キ「ふふ、俺が許すとでも?」……俺かて負けんよ?」

「わわわわわわ……かかか、間接き、きす……!?」

「桜華も動揺し過ぎだ」

「……無理もないですよ柳君。全く、桜華も大変ですね。お気持ち察するに余ります」

「うむ……」

「(幸村君羨まし過ぎだろぃ……!俺も桜華とか、間接キス……っ、ダメだ俺にはまだハードルが高すぎる……!)」


柳や柳生が心配している中、ブン太だけは羨ましいと思っていた。
しかし恥ずかしくて二人の様に大胆な事は出来ないブン太は、彼女との間接キスを想像して一人悶えるしかなく。
その様子にジャッカルの「……ブン太、気持ち悪いぜ」というツッコミが入り、即行で本人から頭を叩かれた。




あれだけ並んでいた料理が全部無くなった頃、ブン太の「じゃあ、ケーキ食べようぜ!」の言葉に全員が頷いた。 


「俺半分食べる!」

「これの半分?ブン太の胃袋はブラックホールじゃな……恐ろしか」

「うっせー仁王!甘いものは別腹なんだよ、別腹!」

「言っている事がまるで女子の様ですね」

「ふふ、別腹は構わないけどブン太は少し控えた方が良いね」

「そうだよブン太!この間も気にしてたのに……また太っちゃうよ?」

「うっ……分かってるけどさ、でもやっぱりケーキ目の前に我慢出来ねー!」

「もう……でも食べ過ぎ注意だよ!テニスに影響したら大変でしょ?」

「はーい……」

「それに丸井、ケーキは均等に分ける。俺の計算で寸分の狂いなくきちんとな」


柳の一言にブン太の勢いは益々なくなった。
まるでシュン……という効果音が聞こえてきそうな程の落ち込みぶり。
そんなに半分食べたかったのかと、その場にいた全員が少し呆れた目で見ていた。


「そうじゃ」

「どうしたの雅治?」

「いや、ケーキの前にプレゼント交換せんかと思って」

「うん、そうだね。ケーキは最後のお楽しみにしようか」

「そうだプレゼント……!みんな何買ってきたかすっごく気になる……!交換しようしよう!」


桜華の笑みに、全員が頷いた。
鞄から各々が綺麗に包装されたプレゼントを取り出す。
真田の持っている物ですら綺麗にリボンが付いていて、中身は何か……そもそも彼が買いに行ったのか等、その場にいる彼以外の全員が思った。


「じゃあプレゼントに番号を付けて、あみだクジで決める?」

「そうだな。では、俺が作ろう」


真田から紙とペンを受け取り、柳はさらさらと線を引いていく。
その間に残りのメンバーでそれぞれのプレゼントの番号を決める。
全員が狙っているのは勿論桜華のプレゼント。
だが、それを手に入れられるのは泣いても笑っても一人のみ。


「「「(絶対に手に入れてみせる……)」」」


彼等は内心そう意気込んでいた。



その時、丁度クジを書き終えた柳が全員に見やすい位置に紙を置いた。


「では、一人ずつ選べ。俺は最後でいい」

「じゃあ、じゃんけんで決めようか」

「うん!」


柳以外の全員でじゃんけんをする。
結果、一番は幸村で、その後に柳生・仁王・ブン太・ジャッカル・真田・桜華と続いた。


「ふふ、じゃあ選ぶね」

「最後の方なのになんかどきどきしてきた……!」

「桜華、緊張するの早いよ?」

「だ、だって……誰のプレゼントでも嬉しいんだけど、何か緊張だけはどうしてもしちゃって」

「そっか。でもほら、あみだくじだから(とは言いつつ、俺のプレゼント貰ってほしいし俺も桜華のが欲しくてどきどきしてるんだけどね)」

「そうだよね、うん……!」


幸村は選びながら内心桜華以上にどきどきとしていた。
選んだ線が彼女のプレゼントに繋がっているか、それだけがただ気がかりで仕方なかったのだ。

幸村が選んだ後、それぞれが決めた順番に選んでいく。
桜華は余りの二本だけだったが誰よりも迷っていた。

その様子を見ながら


(桜華は誰のが欲しいのかな……。誰のでもいいって言ってたけど……それでも……)


幸村はそう思っていた。
彼女の考えが気になって気になって仕方ない。




暫くして全員が選び終わり、その結果が発表された。
見事桜華のプレゼントを手に入れたのは、真田だった。


「あ、弦一郎!それ私の選んだプレゼントだ!わー弦一郎に喜んでもらえるといいんだけど……!」

「うむ、そのようだな……(桜華からのプレゼントか……悪くないな)」

「弦一郎、顔がにやけているぞ」

「た、たわけ……!そのような事は断じて……!」

「真田が当てたのか……羨ましいなあ」

「!?(目が笑っていないぞ幸村……)」


全員の視線が真田に集中する。
その視線には羨ましいと言う正直な気持ちと嫉妬が含まれているのに、プレゼントを買った本人は気付いてない。
当の桜華が手に入れたのは、柳生の買ったプレゼントだった。


「これは比呂士の?」

「はい。大した物ではありませんが、使っていただけると嬉しいです」

「これ……ハンカチ?」

「ええ。男女共に使いやすいデザインだと思って選んだのですが。桜華のお気に召したでしょうか」

「凄くお洒落!比呂士センスあるね!ありがとう、大切に使わせてもらうね!」

「それはよかったです。沢山使っていただければ幸いです」

「うん!」


柳生と会話していた桜華の視界の端に、幸村のプレゼントを持ったジャッカルが映った。
ジャッカルはプレゼントを手にしながら、幸村に話しかけている。
その様子を彼女は少し羨ましそうに見つめる。
柳生からのプレゼントも勿論嬉しかったし何の不満もない。
しかし、やはり幸村のプレゼントと言うのはつい欲しくなってしまうもので。


(幸村君のプレゼントかあ……ちょっと欲しかったなあ)


そう思いながら、誰にも気付かれない様に心の中でだけ小さく溜息をついた。


「これ、幸村のか?」

「ああ、そうだよ。ジャッカルに当たったんだね」

「……何だよ、その目は」

「ううん別に?頑張って選んだんだ。大切にしてね」

「ああ……(絶対俺に回って不満なんだな)」

「何か?」

「いや……あ、これどこで買ったんだよ」

「ショッピングセンターだよ、あの駅の近くの」

「ああ、あそこか」

「終業式の日に買いに行ったんだよ」


ドクン


彼の言葉に、桜華の心臓は大きく鼓動を打った。
思い出されるあの日の出来事。

終業式の日。
あの日、ショッピングセンターで見た光景。
さっきまで楽しくて忘れていたけれど、今鮮明に彼女の頭に浮かぶ。


(幸村君の、彼女……)


桜華は思い出した光景に思わず表情を歪めた。
ドクンドクンと高鳴る心臓の音が何とも煩くて、だけど抑えられなくて。
少し震える手を握って、あの日と同じ様に溢れそうになる涙を必死に堪える。


(駄目だ駄目だ、こんな所で泣いちゃいけない。みんなに迷惑かけちゃう……!)


楽しいクリスマスパーティなのに自分が泣いてしまったら雰囲気はぶち壊しだとぐっと我慢する。
しかし、急に俯いた桜華に気付いた柳は彼女の傍に近寄り、ゆっくり話しかけた。


「どうした桜華、大丈夫か」

「何でも、ないっ……ごめんね、ちょっと考え事してて……」

「……なら何故その様に泣きそうな顔をしているんだ」

「!」


桜華は驚いたように顔を上げた。
そこには柳の真剣な顔が合った。
その表情に益々泣きそうになる。


「……本当にどうしたんだ。俺でよければ聞「な、何でもないから!ちょっとお手洗い行ってくるねっ……」桜華……?」


桜華はその場にいるのが無性に辛くなって、逃げる様に部屋を出た。
その様子を見ていた幸村は、どうしたんだろうと思いながらもすぐには追いかける事が出来なかった。
先程の彼女の表情を、つい先日に見た覚えがあったから。
それを思い出しながら、幸村はぐっと唇を噛み締める。


(でもやっぱり、桜華が気になる……俺が、行かなきゃ)


彼は今まで話をしていたジャッカルに断りを入れると、彼女の後を追うように部屋を出た。




「どうしよう、逃げちゃった……」


重い溜息を一つ。
桜華はとりあえず本当にお手洗いに行った後、気持ち的にそのまま元いた部屋に戻る事が出来ずに真田家の縁側にぽつんと座り込んでいた。
冬の寒さなんて今の彼女には関係なく、ただそこに一人でいるだけで何故か安心した。


「蓮二にはまた心配かけちゃったなあ……。毎回本当に迷惑ばっかりかけてる……謝らなきゃ」


小さく独り言を呟く。


「……幸村君」


ぽつりと名前を呼んでみる。
寒空の下で呼ぶと益々悲しくなってきて、思わず抑えていた涙が溢れてきた。


「ぅ、っ……ひっく……」

「桜華……」

「!」


びくっと肩を揺らしてその声に反応する桜華。
顔を見なくても声だけで分かるそこにいる人物のその声には焦りと心配が混ざっているような気がして、彼女はそっと顔を上げた。


「どうして泣いてるの……?」

「ち、違うのその……!ごめんね、何でもな「……俺のせい?」……!?」


幸村は悲しそうな表情を浮かべながらそう尋ねた。
そして、そっと桜華の隣に腰掛けるとその表情のまま言葉を続けた。


「終業式の日の事……?」

「ちがう、よ……」

「……嘘。俺、桜華とちゃんと仲直りがしたい……俺が何かしたなら謝るから。だから一人で泣かないで……」


ぐっと幸村は桜華を抱き寄せる。
その突然の行為に驚きこそしたものの、彼女には抵抗する事が出来なかった。
自分を抱き締めている幸村のその腕が微かに震えているのを感じたから。


(幸村君の腕、震えてる……どうして……?)


こうして抱き締められるのは初めてではないけれど、今までの中で一番緊張していた桜華。
その中で彼の腕が震えている事に疑問を抱く。


「幸村君……」

「あの日、どうして俺を見て泣いたの……?」

「それは……」

「悠樹さんに聞いたんだ。俺を見た後すぐに泣いたって……。どうして……?」


耳元で発せられる切ない幸村の声に桜華までもが思わず震えた。


言ってもいいのか。
言ったら変に思われないか。
迷惑じゃないか。
嫌われないか。


そんな思いが彼女の頭の中で交差する。
けれど、自分との関係に必死になってくれている幸村を見ていると、どうしても黙っている事が出来なかった。


「あのね……」

「うん」

「あの日、さっき交換したプレゼントを買いに行ったの……理央と」

「そうだったんだ」

「買い終わってケーキ食べに行こうって話してたら、少し先に幸村君がいるのに理央が気付いて……」

「……」

「でも、幸村君の隣には凄く可愛い女の子がいて、それで……」


そこで桜華は言葉を切った。
幸村は続きを待っている様子で、何も言わない。

桜華は震える唇でゆっくり言葉を紡いでいった。


「彼女、いたんだって思ったら……何だか涙が出てきて……」

ゆっくりと

「それが悲しくて、苦しくて……」

気持ちを

「だってわたし、わたしねっ……」

伝える。

「幸村君の事が好きだから……!」


桜華は最後の一言を言い終えるとはっとした。
言ってしまった。
こんな雰囲気で、いきなり過ぎる告白してしまった。
しかし慌てる暇もなく、幸村に更に強く抱き締められた。


「ゆきむらくん……?」

「……それは、本当?」

「え……?」

「俺の事が好きって、本当……?友達としての好きじゃないって、そう思ってもいいのかな……?」

「うん……。でも幸村君には可愛い彼女さんがいるのに迷惑だよね……忘れて?」


桜華がそこまで言うや否や、幸村は彼女から身体をゆっくりと離し、その目を見つめた。
いきなり見つめられどきっとする桜華。
何よりもその表情が思いもよらないで、彼女はどう反応すれば良いか分からなくなった。


(何でそんな嬉しそうな表情してるの……?幸村君……?)


「聞いて桜華」

「?」

「俺に彼女はいないよ?」

「えっ……?」

「それに、俺が彼女にしたいって思う子はずっと一人だけだから……」


彼のその言葉にズキッと心臓に痛みが走るような感覚に襲われる。
彼女じゃない、その言葉に彼女は少し安心したものの、それでも好きな子はいるらしい。
結局は叶わない恋だったという事を思い知らされた様で、また彼女の目からは涙が零れそうになる。

だが次の瞬間、彼女の世界が変わった。


「桜華、好きだよ」


時間が止まった様に、お互いが見つめあって動かない。
桜華は言葉の意味がすぐに理解出来ず、ただ震える事しか出来なかった。
しかしその後ゆっくりと追いついた思考に合わせて顔を真っ赤に染め上げていく。
彼女の表情の変化を見て安心したのか、幸村はいつもの綺麗な笑みを湛え、桜華の頬を優しく撫でた。


「桜華、大丈夫……?」

「え、え……?幸村君、何言って……」

「何言ってって……俺の気持ちを素直に言っただけだよ?桜華みたいにね」

「!」


ふふ、と笑って返す幸村も仄かに顔が赤い。
その表情に嘘じゃない事を悟った桜華は、口をぱくぱくして言葉を失ったように喋れなくなった。


「両想い、そう思っていいよね……?」

「……(恥ずかし過ぎて言葉が出ないよっ……)」

「何も言わないって事はいいって事だよね。……好きだよ桜華、大好き」


喋れない桜華を他所に、幸村はそっと彼女の頬を両手で包み込んだ。
そのまま見つめ合う二人。
無言の時間がより彼女の羞恥を煽る。


(恥ずかしい……それでも、何だか幸せな気分)


「ねえ、桜華」

「なに……?」

「俺と付き合ってくれる……?」

「いいの……?」

「良いも何も、桜華じゃないと嫌だよ」


幸村は目を細めて嬉しそうに笑った。
桜華も一瞬目を開いたが、つられて同じ様に笑ってしまった。


「うん……私も幸村君じゃないとやだ」

「ふふ、よかった」


そう返事をすると、幸村は頬から手を離した。
解放された事にほっとするが、少し淋しい気持ちもある。
もっと彼に触れてほしいと思う気持ちが沸いて溢れてきそうで。
こんなにも触れられている事が心地よいと感じるのは、きっと彼と気持ちが通じ合った安心感があるからだろう。
桜華はそんな事を思いながら、でも恥ずかしくてもっと触れていてほしい何て言えず。


(ちょっと寂しいなあ……)


そう思っていた矢先、今度は幸村のその温かな手で両手をきゅっと握られた。


「幸村君……(私がもっと触れてほしいって思ったのばれたみたい……嬉しいけど)」

「……精市って呼んで」

「せいいち、くん……?」

「君はいらないよ?精市、それだけでいいから……」

「せい、いち……」

「うん、上手だね。……桜華に名前で呼んでもらうの、凄く嬉しいよ」


どきどきしながら彼の名前を呼ぶと、幸村は嬉しそうな表情のままゆっくりと顔を近付けてきた。


「桜華……」

「わっ……せ、いち……?」


最初は額に。


「好き……」


次は両頬に。


「大好きだよ……」


最後は、彼女の唇に。


「……俺の事好きになってくれてありがとう」

「っ、ん……」


ちゅっと言うリップ音を鳴らしながらそっとキスをした。
触れるだけのキス。
だけれど二人には一瞬の時間が永遠の様に感じられた。


「桜華……」

「ゆき……あ、せーいち……」

「キスは二回目だね?」

「あ、そう言えばテスト勉強の日……」

「覚えてたんだね」


くすっと笑うと、幸村は「あの時は事故だったけどね」と笑いながら言った。


「そう言えば、あの一緒にいた女の子は誰だったの……?」

「ああ、あれは妹だよ」

「本当に妹だったんだ……」

「どういう事?」

「蓮二がね、それは妹なんじゃないかって言ってたの」

「安心して、本当の妹だから。また今度、桜華にも紹介するね」

「ん……」


彼女の安心した表情を見て、幸村は見計らったようにポケットから何かを取り出した。
そしてそれを桜華に手渡す。


「これは……?」

「プレゼントだよ、桜華に」

「!」

「実は今日、俺から桜華に告白するつもりだったんだ」

「えっ……!」

「予定は色々狂っちゃったけど……これ、貰ってくれる?」

「貰ってもいいの……?」

「桜華の為に買ったんだから。……貰ってくれると嬉しい」

「うん……ありがとう精市。早速だけど開けてもいいかな……?」

「いいよ。桜華が気に入るといいんだけど」


了承を得られたので、桜華は早速幸村に手渡たされたプレゼントの包装を解いていく。
そして中から出てきたそれは、可愛らしいネックレスだった。


「うわあ、可愛い……!」

「気に入ってくれたかな?」

「うんっ!ありがとう……ずっとずっと大切にするねっ」

「そんなに喜んでもらえて俺も嬉しいよ。デートの時にはつけてきてね」


幸村は嬉しそうに頭を撫でた。
桜華はまだ貰ったネックレスを見つめている……相当気に入った様だ。
しかしそこで彼女も思い出す。
自分も彼に渡す物があるという事に。


「あ、そうだ」

「どうしたの?」

「私も精市にプレゼントがあるの!」

「俺に?(どうしようすごく嬉しい。……さっきは真田に取られちゃったし)」

「でも、鞄の中に入ってるから後で渡すね!」

「うん、ありがとう……楽しみにしてるね」

「大したものじゃないんだけどね……!」

「桜華から貰えるのならどんなものでも嬉しいし、宝物になるから」


そう言いつつ笑った幸村はあまりにも綺麗で、それでいて眩しく感じて……桜華は思わず目を逸らした。


(やっぱり綺麗過ぎるよ精市……!)


目を逸らしてあたふたしている桜華に、幸村はゆっくりと手を伸ばす。


「部屋、戻ろう?ここにいちゃ風邪引いちゃうから。桜華の身体も凄く冷えてるし……早く温まらないとね」

「あ、そうだね!(今更だけど結構寒いなあ……幸村君といたら不思議と寒さなんて感じなかったのに)」

「皆に自慢しなくちゃいけないし……」

「え?」

「ううん、なんでもない」

「(絶対なんでもあるよね……!?)」


桜華はそう思いながらも立ち上がった。
するとそっと幸村に手を取られる。
そして不意に視線を感じ彼を見上げると、そこには真剣な表情をした幸村がいて。
思わず目を逸らせなくなる。


「……桜華」

「?」

「本当に俺桜華の事大好きだから……。だから、ずっと一緒にいようね」

「私も、精市の事大好きだよ……!私なんかで良ければずっと一緒にいて下さい」

「ふふ、桜華が嫌って言っても離してあげないから」

「嫌なんて絶対言わないもん……!」

「そう?それなら俺達はずっとずっと一緒にいられるね」

「うんっ……!」

「(ああもう、本当に可愛くて仕方ないな……桜華が俺を好きになってくれてよかった)」


そこでお互い笑いあう。
幸せな表情を浮かべて笑う二人。


まだ中学一年生の冬。

愛だの恋だの、本当はちゃんと分かっていないかもしれない。
いや、きっと誰もちゃんとなんて分かっていない。
だけれど、この気持ちに偽りはなくて。
ちゃんと通じ合った、二人のこの気持ちは本物。


笑う顔が好き

泣いた顔も好き

怒った顔も、悲しそうな顔も好き



優しいところが好き

少し厳しいところが好き

本当は弱いのに強がるところも好き

たまに天然なところを見せるのも好き



今はそれで十分。


(今はただ、桜華を大切に……俺なりに精一杯愛するだけ)









あとがき

加筆修正もここまできました。
この話もある程度修正したかなと思います。
いきなりキス出来る中一凄いなあと思いましたが、彼は幸村精市なのでいいかなと。
別に手馴れている訳ではありません。
ただキスはずっとしたくて、愛しさ余って……という感じでしょうか。
幸村君と桜華さんがこの先も幸せになれるようなお話にしたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。