24 彼女を紹介します




あっという間にクリスマスが終わり、正月も終わった。

正月は桜華達いつものメンバーで初詣に行った。
母親に折角だからと着せてもらった振袖が彼女に良く似合っており、全員に「似合ってる」と言って貰う事が出来た。
勿論彼等は決してお世辞で言っている訳ではなく、本当に可愛らしいその姿に見惚れそう言っているのだ。
恥ずかしさがあったものの褒めてもらえた事が嬉しくて、彼女はふわっと笑みを浮かべてお礼を述べるのだった。


「あれあれ!精市!見て!」

「ふふ、はいはい。振袖なんだから走らないの、こけちゃうよ?」

「わっ!そうだった……!」

「ほら、俺と手繋いでて……?」

「うんっ……(どきどきするっ……!)」


二人が甘い雰囲気を垂れ流しながらも、大勢で行く初詣はとても楽しいものだった。
神社で配られている温かい甘酒を飲んたり、露店のベビーカステラやりんご飴を食べたり。
それは何だか夏祭りの時と大して変わらないような気がして桜華と幸村は顔を見合わせてくすっと笑った。


「さあ、最後はこれだね」

「うん!」

「皆、心してかかる様に」

「「「イエッサー!」」」


最後は初詣の醍醐味とでも言えるであろう、お参りをする事にした。
それに対して何故か気合を入れたメンバー達。
しかし気合を入れるのもそのはず……流石の人の多さであり、幸村ははぐれない様にと桜華の手をしっかりと握る。
寒さで冷えていた桜華の手も、彼に握られた事でそこだけ熱を帯びたかの様に熱くなる。
それに気付いた彼は何も言わなかったが、心の中ではただただ可愛いと思うのだった。

そして暫くすると彼等の順番が回ってきた。
お賽銭を入れて鐘を鳴らして、願い事を心の中で呟く。
全てが終わった後、こっそり桜華は幸村に、「何てお願いしたの?」と聞くと、幸村は綺麗に微笑み言った。


「今年も立海が全国制覇するようにって。……ああ、こういうのって言っちゃいけないんだっけ?でもまあいっか。絶対に叶える願い事だしね」

「精市と同じ事お願いしたよ!やっぱりみんなきっとそこは一緒だよね」

「ふふ、そうかもね?あ、あと……」

「まだお願いしたの?」


幸村はきょとんとした表情の桜華の耳元に唇を寄せて、甘く囁いた。


「これからもずっと桜華と一緒にいられますようにってね?」

「!」

「まあ、これも神様に頼らなくてもいい事なんだけどね」

「……恥ずかしいけど、私も精市とずっと一緒にいたいと思ってるよ?」

「ん、よかった……好きだよ桜華。今年もよろしくね」

「こちらこそよろしくね!……大好き、精市」


冬の寒さも忘れてしまいそうになる二人の甘い雰囲気を、他のメンバーが羨ましそうに見ていたとか見ていなかったとか。



そして今日から三学期。
一年生として過ごす最後の学期がいよいよ始まった。
何だか不思議と気持ちが引き締まる様に感じる桜華。


(何だか早く学校に行きたい!)


学校に行きたくてうずうずして仕方のなかった桜華は、いつもより少し早めに家を出た。
今日の朝練はないから、いつもよりは遅いのだが。
それでも早い時間である事には変わりなかった。


「いってきまーす!」


家族に挨拶をし、学校への期待を胸に勢い良く玄関の扉を開けた。
するとそこには思いもよらぬ人物が立っていて、思わず彼女の動きが止まる。


「おはよう、桜華」

「精市!?」

「ふふ、桜華凄い顔。そんなに驚いた?」


桜華は驚いたまま慌てて幸村に駆け寄った。
別に約束はしていないし、幸村の家は方向が違うはずなのに。
しかし現に彼は彼女の目の前にいて。
桜華は何でどうしてを隠しきれない。


「精市、どうしてここに!?しかも時間、まだ早いよ?」

「桜華ならきっと今日は早く行くんじゃないかと思ってね。それよりも早く来てみたよ」

「でも、約束とかしてないのに!家だって方向が……(一体何時に出てきたの!?)」

「俺が桜華と一緒に学校行きたかっただけ。それだけじゃ駄目だったかな?」

「ううん!すっごく嬉しい……!私も精市と行きたいなあって思ってたから」

「ふふ、よかった」


桜華の笑みに安心したように幸村も微笑んだ。
「さあ行こうか」そう言ってすっとごく自然の流れの様に手を繋ぐ。
しかし、その行動に彼女はまた慌てた。


「精市、まさか手繋いでいくの!?」

「え?そのつもりだけど……何か問題でもある?」

「でも学校行ったらみんなに見られちゃうよ……!」

「いいじゃない、俺達付き合ってるんだし。見せつけてやれば(そうした方が悪い虫もつきにくくなるでしょ)」

「(後が怖いんだけどなあ……!)」


心の中で彼女はそう叫ぶも、幸村の嬉しそうな表情を見たら何にも言えなくなって。
結局そのまま繋がれて行く事にした。
学校に近付くにつれ、少し早い時間に出たものの生徒は結構いた。
立海生とすれ違う度にひそひそと何かを言われているようで、桜華は気が気ではない。
何たって幸村精市と言う存在は、一年生どころか、全学年のほとんどの生徒が知っている有名人だ。
そんな幸村と手を繋いで歩いている女子となれば、すぐに噂になるだろう。
その事を考えて桜華は少し頭が痛くなった。

しかし、当の幸村は全く持って気にしていない様子で、むしろ「俺の彼女、可愛いでしょ?」と自慢しているかの様だった。


「あの、せーいち……?」

「何?」

「何かみんな見てる気がするんだけど……」

「ふふ、気のせいだよ。気にすることないって(こうやって見せつけて牽制してるんだよ。桜華には分からないだろうけどね)」

「うう……(絶対に気のせいじゃないと思うんだけどなあ)」

「……じゃあ手、離そうか?」

「え……?」


幸村は少し淋しそうな表情を浮かべてぱっと手を離した。
離れた手とその表情に、桜華は動揺する。


(その表情は反則だよ精市君っ……!)


勿論幸村のそれは演技だが、桜華は気付いておらず動揺しっぱなしだ。
内心くすくすと笑っている幸村は、どうやら彼女をからかうのが楽しいらしい。
彼は役者顔負けの淋しそうな表情をし続け、少し先を歩く。

そんな事とは露知らず、桜華はただただ慌てふためいていた。
だが少しして幸村のあの表情に負けを認ざるを得ないと感じ、覚悟を決めた。


「精市!」

「!」

「手、繋いでたい……ごめんね」

「ふふ、うん、俺もだよ?……ありがとう桜華(ああもう可愛過ぎないかな桜華は。今すぐキスしたくなっちゃうな。流石に駄目って言われるだろうけど)」

「えへへ」


桜華は幸村に駆け寄ると、ぱっとその手を取った。
彼女の突然の行動に幸村は一瞬何事かと思ったが、桜華から繋いでもらえたのが嬉しくて、何より一生懸命に顔を赤くして頑張ってくれたのが可愛くて仕方なくて、愛情を込めるかの様にさっきよりより深く指を絡めた。
表情には出していないが、幸村も相当照れている。


(恥ずかしいから桜華には見せられないけどね……)


そう、心の中で呟きながら。




結局靴を履き替える時以外は手を繋がれてしまい、桜華はその状態のまま教室まで行く事になった。
下駄箱ではクラスメイトが驚いた表情をして二人を見ていた。
「二人って付き合ってるの!?」と質問された時など、恥ずかしがりしどろもどろしている桜華を他所に、「そうなんだ。桜華は可愛い俺の彼女だよ」と爽やかな笑顔と共に返事する幸村。
その返事に「精市恥ずかしいっ」と、またわたわたと慌てる桜華がおかしくて仕方なくて、幸村はくすっと笑った。


「精市、可愛い俺の彼女なんて言わなくていいよ!」

「でも本当の事だからね。生憎俺は嘘は苦手なんだよ、知ってるでしょ?」

「知ってるけど、でもそう言う事じゃなくてー!」

「ふふ、俺だって皆に桜華の事自慢したいんだよ」

「うう……」


ふてくされている彼女の手を引いて教室に向かうと、もう早速話題になっていたらしく、二人はあっという間にクラスメイト達に囲まれた。
教室の外を見ると、何やら噂を聞きつけた他クラスの生徒も二人を見に来ている様だ。
予想以上に速い噂の広がり方に桜華は益々慌て、どうしようどうしようと心中穏やかではない。
幸村自身は相変わらず何も気にしていないようだったが。


(精市本当に有名人すぎるよ……!)


「二人っていつから付き合ってるの!?」

「去年のクリスマスイブからだよ」

「えー!なんかロマンティックだねー!どっちから告白したの?」

「先に好きって言ったのは桜華だったかな」

「いい!そう言う事言わなくていいから精市!本当に!」

「いいじゃん桜華ちゃん!ていうか、幸村君の事名前で呼ぶようになったんだね!いいなあこんなカッコいい彼氏、羨ましい!」

「あ、ありがとう(それはいいんだけど、早くこの会話を終わらせたい……!)」

「私も彼氏と手を繋いで登校したい!」

「ふふ、そのうち皆にも出来るよ」

「えーそんな事言わずに幸村君が彼氏になってよ!」

「それは無理な相談だよ。俺には大好きな彼女がいるからね」

「幸村君ってば冗談だよー!」


冗談には聞こえない……それが桜華の考えだった。
このクラスの女子の半分近くは幸村に憧れを持っていたと言っても過言ではない。
だから、桜華という彼女がいたとしても、内心「絶対奪ってやる」と思っている人がいるのは間違いなくて。
そうやっていつ奪ってやろうかと目をぎらぎらとさせているライバルの様な存在は、このクラスの中だけじゃなく恐らく全学年にいるだろう。


(精市の彼女って思ってた以上に大変かもしれないなあ……)


桜華はそう改めて痛感するのだった。
そして彼女が軽く溜息をついたその時。
教室の扉が凄い勢いで開く音が聞こえた。
驚いて全員が扉の方向に目をやると、そこには般若のような顔をした女子生徒が立っていた。


「理央!おはよう」

「……」

「……理央?(顔も怖いし何で無言!?)」

「おはよう悠樹さん」


幸村が爽やかに挨拶すると、理央は更に顔つきを険しくさせ、まるで怪獣が歩いてるかの様な足音を立てながら二人に近づいた。
そして、何がどうしたんだろうと思っている桜華と、「朝から元気だね悠樹さんは」と呑気に言っている幸村、その二人の間に割って入った。


「どうしたの理央!」

「ゆううきいいむううらあああ!!」

「何かな?」

「何かな?じゃないわよこの変態野郎!学校来たら教室前が騒がしいから何かと思って聞いたら、幸村に彼女が出来たらしいから見に来たって。相手が誰かと思って覗いたら、どう見ても付き合ってるのはあんたと桜華って雰囲気じゃない!どういう事なのよ!」

「そうだったんだね。……あ、悠樹さんにもちゃんと報告しなきゃね。俺と桜華、付き合う事になったんだ」

「何であんたなんかと桜華が付き合ってるのよ!どういう方法使ったの!?まさか脅したんじゃないでしょうね!」

「脅すなんてとんでもない。俺達は正真正銘、愛し合ってる恋人同士だよ。ね、桜華?」

「う、うん……!(大変な事になってきた……もう逃げたい)」


うっかり理央に報告する事を忘れていたのを後悔する桜華。
報告しておけば、もう少しこの争いと理央の怒りは抑えられたかもしれないのに。
そう思っても、既に理央の怒りは収まる気配を見せないほどのご立腹ぶりだ。
それを知ってか知らずか、幸村はいつも見せる笑顔を絶やさない。
ある意味最強だ。

あまりに色々な事が起きすぎて頭がパンクしそうになっていた桜華の肩を、いきなり理央ががしっと掴んだ。


「桜華!」

「はいっ!」

「本当に幸村の事が好きなの?」

「え?……うん、好きだよ、精市の事。大好き」

「……そう」


とても真剣な顔で聞かれて一瞬ひるんだが、桜華は正直に幸村が好きだと理央に伝えた。
その言葉に嘘偽りがないと悟ったのか、理央は肩を落とし俯いた。

だが暫くして聞こえてきた声には、流石に桜華も驚いた。


「ぅ、っ……ひっく……」

「(いつも強気の理央が泣いてる……!?)理央、やだ、泣かないで!どうしたの!?」

「だって、だって……桜華が幸村のものになっちゃったなんて、悔しくて……」

「悔しい?」

「私が桜華の一番だと思ってたのに……幸村に桜華取られちゃった、うぅ…」


理央は俯いたまま小さな声でそう言うと、桜華から離れようとした。
どうやら、理央の中では友達よりも彼氏の方が一番であるという考えがあるらしく、幸村に桜華が取られたような気がしたのだ。
勿論彼女自身は友達を大切にする派なのだが、周りを見ているとそう思ってしまうようになってしまったらしい。


「それは違う……!違うよ理央!!」

「えっ……?」


桜華は離さないと言わんばかりに理央に抱きついた。
いきなりの事で驚いた理央は、ただ桜華にされるがままだった。


「理央は私の一番だから!だから泣かないで?」

「一番……?本当?」

「うん!本当だよ!理央は私の一番の友達……ね?」

「ああ、よかったわ……私ったらつい取り乱しちゃって」


理央は指で涙を拭うと、何時もの表情に戻った。
ほっとるする桜華だが、次には後ろから聞こえてきた声に焦る。


「あれ?桜華、俺は一番じゃないの?」

「えっ?も、勿論精市も一番だよ!」

「ちょっと桜華!どっちが一番なのよ!」

「二人とも大切だから……!」

「それじゃ納得いかないよ。俺も知りたいな……俺と悠樹さん、どっちが大事?」

「ねえ桜華、どっち!?」

「(困ったなあ……!)」


幸村の余計な一言のせいで、またしても理央の対抗心に火をつけてしまった。
二人にじりじりと迫られて焦る桜華。
その光景を遠くからくすくすと笑いながら見ているクラスメイト。
桜華、幸村、理央の三人のやり取りはもはやこのクラスの名物となっていた。


「ちょっと幸村!あんたな訳ないじゃない!」

「何言ってるの悠樹さん。俺は桜華の彼氏だよ?」

「だからって何よ!彼氏だからって、私と桜華の仲以上にはなれないわよ!」

「ふふ、悠樹さんは相変わらずだね。でもごめんね?俺と桜華、もうキスし「わーわー!精市そう言う事は言わないでってば!」……ああ、ごめんね、つい」

「ききき、キス…ですって!?幸村!桜華を汚すのはやめてくれないかしら……!!嫁入り前なのよ!?」

「大丈夫だよ、俺が桜華をお嫁さんに貰うんだから問題ないよね」

「はあ!?意味分かんないんだけど!あーもう幸村腹立つ!!」

「落ち着いて理央!(精市絶対わざと言った!)」


結局、この三人のやり取りは担任の先生がやってくるまで終わらなかった。
三学期最初から争っているところを目撃した先生は、それはそれは深く大きな溜息をついたとか。




(桜華の一番は私なんだから!)
(そこは悠樹さんであっても譲れないよ。俺、彼氏だし)
(あんたまだ言うの!?本当にしつこいわね!)
(それは悠樹さんも同じだよ。いい加減諦めてくれないかな)
(ムカつくー!あんたとは本当に合わないわね!)
(そこ!静かにしろ!)
(二人とももう授業始まるからー!)







あとがき

三学期です。
あとほんの少しで一年生編は本当に終わります。
一年生、長かったです。。
理央ちゃんは友人関係の事になると弱いという裏設定。
桜華さんの一番はどうしても渡したくない模様です。
幸村君がキスと言ったのは勿論わざとです。
二年生編は、書くのが辛いあの出来事が起こるので今からどうしようか悩んでます。
とりあえず、一年生を楽しく終えられればな…と!