27 その日が苦手な理由




この季節がやってきました。


現在二月初旬。
この頃になると、女子も男子もにわかに色めき立つ。
理由は簡単、あと一週間後に控えた甘い甘いイベントのせいである。


「そう言えば来週はバレンタインだね」


理央の言葉で桜華も思い出す。
小学生の頃はバレンタインというイベントを大して気にしていなかったため、言われてやっと「ああ……そう言えばそうだね」と思い出す程度だった。
そんな彼女の様子を見ながら理央は続けた。


「桜華はやっぱり幸村にあげるんでしょ?……すっごくすっごく気に食わないけど」

「あ、そっか!精市にチョコあげないといけないんだ!」

「強制じゃないから桜華が面倒なら別にあげなくたっていいのよ。その代わり私が貰うから」

「もう理央ってば……」

「桜華に愛されてる幸村が憎いっ……!」


憎いと言いつつも、次には理央はにやっと口角を上げて笑う。
だが、その怪しい笑みに気付かない桜華はいつも通りの変わらない笑みを浮かべた。


「精市にはちゃんとあげなきゃだなあ。……あげなきゃ絶対に怒られるか拗ねられそう」

「その姿、私でも目に浮かぶわ」

「あはは、だよね!あ、そうだ理央にもあげるね!あれだよ、友チョコってやつ?理央の事も大好きだから」

「本当に!?嬉しいわ……!じゃあ私も作って桜華にあげるからね」

「やった!じゃあ、交換だね!」

「ええ、とびっきり美味しいのを作ってくるわ。楽しみにしててね?」

「うん!」

「二人で楽しそうに何を話しているの?」


そこに突然現れた幸村。
彼を見て理央は少し面倒そうに顔を顰める。
桜華は先程の上機嫌のまま嬉しそうに幸村を見て、今話していた内容を彼に伝えた。


「あのね、来週バレンタインだからお菓子交換しようって話してたの」

「ああ……そういえば来週はバレンタインか。憂鬱だな……」

「憂鬱……?どうして……?楽しみじゃないの?」

「ちょっとね、あまりその日に良い思い出がないんだ、残念な事だけど」

「?」


幸村が苦笑しながら言うと、桜華は何で?と口にする代わりに首を傾げた。
バレンタインと言えば、男子にとっては嬉しい日であるはずじゃないのか。
特に彼位モテたら、毎年大量のチョコを女子から貰っているに違いないのに。
考えれば考える程、桜華には分からなかった。


(どうしてバレンタインが憂鬱なのかな……?うーん、分からない)


彼女が頭の中でそう考えている中、幸村は続けた。


「今年は特に憂鬱だよ。……あ、でも桜華からのチョコは楽しみにしてるよ?」

「うん、任せて!でも、バレンタインは憂鬱なのに私があげても大丈夫なの……?」

「それとこれとは話が別。だって桜華は俺の彼女でしょ?自分の好きな子から貰えるなら俺だって喜んでもらうよ」

「よかった!じゃあ頑張って何かお菓子作るね!あ、ブン太にアドバイス貰おうかなあ」

「ふふ、期待してるね。でもブン太に聞くのはダメ」

「え、どうして?」

「俺が嫉妬するからダメ」

「もう……(こういう所だけ本当に子供!)」

「桜華が考えたバレンタインを期待してるからね?」


幸村はそう言って彼女の頭をぽんぽんと撫でると、鳴りだしたチャイムに自分の席へと戻った。
彼がいなくなってから理央がぼそっと、「まあ幸村あたりが憂鬱になる気持ち分からなくもないわ」と、珍しく意見を合わせていた。
理央が同意するなんて珍しい……そう思いながらも、彼女の言葉に益々意味が分からなくて。
桜華は後で理由を聞こうと意気込んだものの、授業が終わる頃にはすっかり忘れていた。








「桜華は幸村君にバレンタインは何かをあげるのですか?」


その日の帰り道。
今日は珍しく柳生の一言から会話が始まった。
バレンタインと言う言葉に、今日はこの会話しかしてない気がするなあ……そう思いながら返事をした。


「うん!精市も欲しいって言ってたから、あげるよ。何をあげるかとかはまだ全然決まってないんだけどね」

「全く、柳生らしからぬ愚問だね。俺と桜華は付き合ってるんだから、当然貰うに決まってるじゃないか」

「そうでしたね、すみませんでした」

「えー!何々、桜華、俺にはバレンタイン何かねーの!?」

「ん?ブン太もバレンタイン欲しいの?でもブン太みたいに上手に作れるか分からないしなあ……」

「欲しい!桜華が作ったものなら何だって嬉しいから!(桜華から貰えたらそれだけで最高だろぃ……!)」

「んー……俺も欲しか、バレンタイン」

「え、雅治も?」

「駄目だよブン太、仁王。桜華は俺の彼女なんだから、俺だけにしかあげちゃいけないんだ」

「え?そうなの?」

「うん、そう」


知らなかったと桜華は思うが、同時に理央はいいのかと言う疑問が出てきた。
とりあえず彼に聞いてみる。


「ねえ、理央はいいのかな?もう約束しちゃったんだけど」

「悠樹さん?ああ、それは構わないよ。だって、女の子同士だからね。男が駄目なんだよ、男がね」

「そっかあ」


桜華は彼からの返事に安心した。
理央にまで渡してはいけないと言われてしまったらどうしようかとどこか不安だったのだ。
彼女は頭の中に、女子なら渡してもいいという条件をインプットする。


「えー……幸村君ズリー。俺だって欲しいのに」

「ふふ、何にもずるくないよ?」

「桜華、幸村にばれんようにこっそ「聞こえてるよ仁王?」……ピヨ」

「精市、テニス部のみんなも駄目なの?……いつものお礼の気持ちで渡したいって思いがあるんだけどなあ」

「うーん……」

「お願い……ね……?」

「はあ、仕方ないなあ……。特別だよ、男に渡すのは本当にテニス部の人間にだけね?分かった?」

「分かってるよ!ありがとう精市」

「桜華には負けるよ」


幸村のお許しが出た事に、ブン太は大はしゃぎし真田に喝を入れられた。
仁王もはしゃぎこそしないものの、少しのにやけを柳生にばっちり見られていた。
他の面々もどこか期待したような表情を湛えながら、バレンタインに思いを馳せるのだった。

そんな中、幸村はおもむろに桜華に尋ねる。


「ねえ桜華、今からケーキでも食べに行かない?」

「ケーキ……!?うん!いいよ行こう!」

「バレンタインの話ばかりしていたら、何だか甘いものが食べたくなってきちゃって」

「精市も?えへへ、実は私もなんだ。頭の中でスイーツがくるくる回ってたよ」

「ふふ、俺達やっぱり似てるね」

「何だか嬉しい!」


にこにこと可愛らしく笑う桜華の手を取りながら、幸村はカフェの方向へと足を向けた。
ブン太がケーキ!と言いながら嬉しそうに着いてこようとしたのを、「今日は二人きりがいいんだ」と言ってやんわりとだが確実に彼が着いてくるのを阻止した。
既にケーキを食べる気満々であったブン太は、腹いせの様にジャッカルの背中をばしばしと叩いた。





「じゃあ俺達はこのままカフェに行くから」


そう言ってメンバーと別れてから数分。
目的のカフェに着いた二人は、ショーケースの中に並べられたケーキを見ていた。
定番のショートケーキにザッハトルテ、フルーツが目いっぱい盛られたタルトやふわふわのシフォンケーキなどなど、どれも美味しそうでつい目移りしてしまう。


「このカフェのタルトが特に美味しいんだよ。タルト生地が甘くなさ過ぎて、丁度いい感じなんだ」

「タルト確かに美味しそう!うーん、でも他のも全部美味しそうだなあ……どれかなんて選べないよ。本当に優柔不断だ私……」

「ふふ、夕飯前だからひとつだけだよ?」

「分かってるけど、うーん……どれにしようかなあ決められないっ……!」


色々と迷っている桜華だが、考えに考え抜いて、どうやら候補は二つには絞れたらしい。
どれとどれとで迷っているかなんて、彼女の目線の先を辿れば簡単に見当がついた。
その様子を見て幸村はクスッと笑うと、自分の選んだケーキを彼女に教えてあげる事にした。


「桜華、俺はいちごショコラのタルトにするよ」

「そっか、精市はそのタルトなんだね!じゃあ私はフルーツのタルトにする!」

「了解。じゃあ頼もうか」

「うん!」


幸村は二つのタルトを店員に注文をした。
ついでに飲み物としてホットのハーブティーも。
店員の「かしこまりました」という言葉を聞き、二人は席へと移動した。


「でも、さっきはびっくりしたよ」

「どうしたの?」

「だって精市、私が悩んでるタルトのうちのひとつを選ぶんだもん!」

「ふふ、いちごショコラとフルーツで悩んでたんだ?(分かったから俺はいちごショコラを選んだんだけどね)」

「うん!精市がタルトが美味しいって言うからタルトにしようと思って、他にもあったけどどっちかにしようかなって思ってたんだ」

「(知ってる知ってる)へえ、そうだったんだ。あ、じゃあ俺のあげるね?」

「いいの?」

「勿論だよ。折角なんだから一緒に食べよう」

「ありがとう精市!私のもあげるね!」

「ありがとう、嬉しいよ」

「えへへ」


嬉しそうに笑う桜華に、幸村も優しく目を細めた。
彼女の笑顔を見れるだけでこんなにも幸せだなんて相当だな俺……と心の中で思いながら。

少しの会話をしていると、注文したケーキと紅茶が運ばれてきた。
桜華は目の前に置かれたタルトを見て目を輝かせている。
その様子に幸村はやっぱり可愛いと思いながらフォークを手に取った。


「桜華、見るより食べる方が美味しいよ?ほら、食べよう?」

「あ、そうだね!じゃあ……いただきます」

「いただきます」


桜華もフォークを手にとってタルトを器用に切ると、そのまま口へと運んだ。
その瞬間、彼女の目が先程よりきらきらとより輝く。


「うわあっ……美味しいっ……!」

「ふふ、それはよかった」

「いくらでも食べれそう……!本当に美味しい!」

「本当に桜華は甘いものに目がないよね」

「だって甘いもの食べたら幸せな気分になるし、何だか安心するし……うん、大好き!」

「桜華が幸せそうに食べている姿見たら、俺も幸せな気分になるよ」

「そうなの……?」

「うん。好きな人が幸せそうなのって、嬉しいものでしょ?」

「そうだね、私も精市が幸せそうだと嬉しくなる!」


幸村の言葉を聞いて、桜華は更に嬉しそうにぱくぱくとタルトを食べる。
可愛い彼女が目の前でタルトを幸せそうに食べている……そんな姿を見ているだけでお腹がいっぱいになりそうだと思いながら、幸村も一口それを口に運んだ。

その時、不意に近くの席から聞こえてきた声に幸村は耳を澄ませる。


「ねえねえ、美優はバレンタイン誰にチョコあげるの?」

「幸村君にだよ!」

「美優も!?私も幸村君にあげるよ!」

「やっぱ幸村君にあげる子多いよねー彼女いるのは知ってるけど」

「でももしかしたら心変わりするかもしれないし、折角のチャンスだし渡すだけ渡そうよ!」

「そうだね!幸村君なら絶対に笑顔で受け取ってくれるはずだし〜ありがとうって言われるだけでもいいよね」

「だよねー優しいもんね幸村君!」


その言葉に幸村は大きな溜息をついた。
声のする方向をチラっとみると、会話をしていた二人は立海生で、制服をみると一年生の章がついていた。
顔を見た事はないが、どうやら立海生となると勘違いではなく自分の事を言っているようだと幸村は悟る。
幸村と言う苗字は珍しいため、彼が知っている範囲では全学年で自分以外居ない事も知っている。
桜華もその会話が聞こえらしく、さっきまでフォークを持って動かしていた手を止めていた。
そして心配そうに彼の顔を見る。


「精市大丈夫……?」

「あ、うん……ごめんね。大丈夫だよ」

「バレンタイン、憂鬱って言ってたのってもしかして……」

「毎年なんだ。自意識過剰かもしれないけど、貰うチョコの数がいつも半端なくて……告白の呼び出しも増えるからこの時期になると憂鬱になっちゃうんだよね」

「なるほど……モテるのって大変なんだね。良い事ばかりじゃないんだ……。あ、でも確かに精市このところよく呼び出されてるよね」

「全部ちゃんと断ってるんだけど、なかなか諦めてくれないみたいでね。本当、困りものだよ」

「みんな精市が好きだから、やっぱりすぐには諦められないんだと思うよ。きっとそれ位で諦められるなら告白なんてそもそもしてないんじゃないかな」

「そういうものなのかな?……でもさ、今年は俺も桜華っていう彼女がいるから大丈夫だと思ってたけど、どうやらそう言う訳にもいかないらしい」

「あはは…女の子ってそんなものだよ」

「女子って難しいね」


桜華が苦笑すると、幸村はごめんね?と言いながら気を取り直すかの様に一口サイズに切ったタルトを彼女の目の前に差し出した。
彼のその行動にきょとんとした顔をすると、幸村は軽く笑みを浮かべ一言。


「桜華、あーんして?」

「せ、せーいち!?」

「ん?桜華このタルト、食べたくないの?」

「食べたいけど、でも恥ずかしいっ……」

「恥ずかしがってたら食べられないよ?ね?ほら、あーん……」

「うー……」

「早くしないと俺が食べちゃうよ?」

「!」


最初は渋った桜華だったが、幸村の一言、それに加え目の前に差し出されている美味しそうなタルトには勝てず、彼の言うようにあーんと小さくではあるが口を開いた。
幸村はその姿に満足気に笑うと、「よく出来ました」と言いながら彼女の口にそっとケーキを含ませる。
恥ずかしさを乗り越えた後にやってきた、口いっぱいに広がるいちごとショコラの甘さが何とも言えず、桜華はあまりの美味しさに思わず両手を頬に当てた。


「んー甘くて美味しい!この甘さが何とも言えない……!ほっぺた落ちるかと思ったよ」

「ふふ、こっちも気に入った?」

「すっごく!ありがとう精市!両方食べられて嬉しい!」

「どういたしまして。よかったね桜華」

「うん!」


甘いタルトを堪能した桜華は、自分もあげなきゃと、幸村がやったのと同じ様にフォークにタルトを刺し幸村に差し出した。
どうやらやられる分には恥ずかしいが、やる分には平気のようだ。
はいあーん!と言われ幸村も少し驚いたが、すぐにふっと笑みを浮かべて差し出されたタルトを口に含んだ。


「(あげるのは全然緊張しないし恥ずかしくないのになあ……)……どう?」

「ん、色んなフルーツの味が感じられてこっちもすごく美味しいね」

「でしょ?ここのタルト本当に美味しい!精市がおすすめするだけある。また来たいなあ」

「うん、また一緒に来ようね?」


暫くして、食べたしそろそろ出ようかという幸村の言葉に桜華は頷き、二人は店を後にした。
そのまま幸村は彼女を家まで送って行き、門の前で軽く彼女の額にキスを落としてから自らも帰路に就いた。


(バレンタインどうしようかなあ……)


桜華が秘かにそんな事を考えているとは知らず、幸村は先程の女子達の会話を思い返しながら今日何度目か分からない深い溜息をついた。





(桜華に何もなかったらいいんだけど……考えすぎかな……?)
(バレンタイン、精市にはお菓子だけでいいのかな……?何か他にもあげた方がいいのかな……?うーん、悩むなあ)






あとがき

バレンタインデーです。
三学期の中で唯一あるイベントです。
きっと小学生の時から、学校でもテニスクラブでも凄い数のチョコを貰っていたに違いない幸村君。
意図せず貰ってしまうのできっと憂鬱になってしまうのではないかなあと。