31 結局のところ




場所は変わってここはお洒落な店が多く立ち並ぶ通り。
右を見ればファンシーな雑貨のお店、左を見ればアンティーク調の品物が並ぶお店と、桜華と幸村二人が同時に楽しめるデートにうってつけの場所だ。

桜華はきょろきょろと辺りを見回し、「あれ可愛い!」「これもいいなあ……」とまるでおもちゃを前に興奮している子供の様に目を輝かせていた。
幸村も雑貨やアクセサリーのある店のディスプレイを見ては、桜華に似合いそうだな……なんて思いながら品定めするように見ていた。
すると彼女にとんとんと肩を叩かれ振り向く。


「あ!精市、ほらほら!」

「ん?」

「くまさん!」

「!」


桜華が指をさした先には、抱き締めたら気持ち良さそうなくまのぬいぐるみがちょこんと座っていた。
くまさんと言う彼女の言葉に、幸村は自分の携帯に着いているストラップに目をやった。
以前桜華から貰ったストラップ。
同じ物が彼女の携帯にもついている。
幸村の部屋にくまのぬいぐるみがあったことから、今になってもまだ幸村がくま好きだと勘違いしている桜華。
ただ、彼女の嬉しそうな表情を見るとそれは勘違いだよとも言えず、今に至る。


「あのくまさん可愛いねえ……目がくりくりしててふわふわしてるし。いいなあ」

「確かに可愛いね。何かすっごく見られてるし(でもどこかで見た事のある様な……?どこだったかな……うーん)」

「ねー!あんな目で見られたら離れづらくなっちゃうよ……」


桜華がウインドウ越しにぬいぐるみを見ながら呟く。
その寂しそうな表情に幸村の心が動くのはまさに光の如き速さ。
思い浮かんだ計画のためとりあえずはこの場から去ろうと思い、幸村は相変わらず寂しそうな表情をしている桜華に声をかけ店の前から離れた。


「さっきのくまさんすっごく可愛かったなあ!思い出すだけでも癒されるよ……買えたら良かったのになあ……」

「ふふ、そうだね(まあ俺にとっては桜華の方がずっと癒しなんだけど)」

「やっぱりくまさんのぬいぐるみっていいなあ。早く家にある子ぎゅって抱き締めたくなってきた!」

「じゃあ家に帰ったら沢山ぎゅってしてあげなきゃね?(俺にもしてほしいけど)……あ、桜華ちょっと待っててくれる?俺ちょっとお手洗い行ってくるから」

「うん、じゃあここで座って待ってるね!」

「ごめんね、急いで行ってくるから」

「大丈夫だよ!ゆっくり行ってきてね」


幸村は謝ると、小走りで彼女の元から離れた。
桜華は丁度あったベンチに腰掛けながら彼の帰りを待つ事にした。
暇なので持ってきていた本でも読もうと思い目を通していると、急に足元に出来た自分以外の影に驚く。
もう帰ってきたのかな?なんて彼女は思ったが、よく考えれば幸村が無言で近寄ってくる訳がない。
不審に思いふっと顔を上げた桜華は、目の前にいる人物に目を丸くした。


「えっ……どうしてここに……!?」

「アーン?たまたま帰りに車で通りかかったら姿が見えたからな」

「そっか……朝と言い今と言い、今日はよく会う日だね」

「ククッ、俺様と会えて嬉しいだろ?」

「うーん……」


跡部の自信満々な問いに桜華は唸るしかなかった。
会えて嬉しいかと聞かれたら、どっちなのか彼女自身よく分からない。
絡むと少し面倒な部分も確かにあるのだが、優しい面があるのも確かで。
出会いは最悪だったものの、彼が立海に来たからこそあの時幸村を好きだと気付けたのだからその辺りは感謝しているのだ。


(跡部の俺様気質はもう変わらないもんねきっと……うーん、でもそれがきっと跡部なんだろうからなあ。じゃなくて、結局私は会えて嬉しいのかどっちなんだろう……分からない!)


結局答えが出ないまま、桜華は小さく溜息をつく。
跡部は何故彼女が溜息をついたのかわからず、眉を顰めた。


「……はあ」

「溜息をつく事があったか?……一体何を考えてるんだよ」

「いや、私は跡部に会えて嬉しいのかなー何なのかなーって言うのをずっと考えてた」

「アーン?そんなに考える程かよ」

「ほら、一度言われるときになっちゃうから……ああでも、最初の印象よりかは大分と良くなってるよ跡部の事!」

「そーかよ」


ぶっきらぼうに答えたものの、彼女が笑顔でそう言うものだから内心どきっと胸を高鳴らせていた。
何にしても彼女の事が気になってしまっているのは確かなのだ。
それを紛らわせようと「そう言えば連れはいねーのか」と桜華に問いかけたその時。


「桜華!……と、どうしてここにいるのさ跡部」

「俺様はたまたまここを通りかかっただけだ。そこにお前が来ただけの話だろ?」

「……とりあえず桜華の前から離れてくれないかな。俺の機嫌が悪くならないうちにね」

「もう十分悪いだろうが。そんな顔してよく言うぜ。……まあ、だからと言ってお前の言う事を聞かなければいけない義理はないがな」

「(なんか雲行きが怪しくなってきた……!)」


遠くから自分を呼ぶ声に桜華は一瞬喜んだが、一瞬にして状況が悪化してしまった事は明白で。
去年、跡部が立海に乗り込んできた時の様に面倒臭い事になる……彼女の脳裏にその時の光景が浮かび、そしてただわたわたとするしかなかった。
彼女がこの二人の間に入りどうにかしようとしても難しい話なのだ。


(とても私の入れる空気感じゃないっ……!!)


どうしようどうしようと桜華が必死に解決策を模索している最中、静かに睨み合っていたそれを最初に崩したのは跡部だった。


「幸村は知らねーのかもしれねーが、こいつには今日の朝貸しを作っているからな」

「!?(まさかあの事言うの!?)」

「朝……?貸し……?どういうことだい跡部」

「アーン?……今日待ち合わせに遅刻すると言っていた桜華を駅まで送ってやったんだよ」

「そうなの桜華」

「はい……。時間に遅れそうになって必死に走ってたらたまたま跡部の車が来て。凄く悩んだんだけど、精市を待たせたくなくて乗せてもらったの」

「リムジンに乗れたんだ、いい経験だっただろ?」

「今そういう事言わないで跡部……!」

「(リムジン……ああ、あれは跡部の家のだったのか。納得)」


幸村は朝に見たリムジンに納得しつつも、跡部の勝ち誇ったような表情に苛立ちを募らせた。
それと同時に、桜華に「駄目じゃないか、跡部の車になんか乗って襲われたらどうするの」と少しきつい口調で注意した。
彼女は一瞬うっと詰まったが、幸村にそう言われ反省しているようで「ごめんなさい……」と言って申し訳なさそうに俯いた。

そんな桜華を見て、幸村はもう限界だと言わんばかりに跡部に向かって言った。
表情こそ変わらず綺麗だが、声はいつもとは全く違う、低音響かせる様な幸村らしからぬもので。


「……そろそろ本当に退きなよ跡部。俺がこれ以上不愉快にならないうちに」

「別にいいじゃねーか、前に立つくらい」

「彼女の前に不快な男が立ってたら良い気持ちな訳ないだろ?だからさ、俺がまだ普通に出来ているうちに退いてくれないかな」

「彼女だと?……何だ、お前達付き合ってるのか?」

「え?あ、うんそうだよ……(知らなかったのか!)」

「クク、そういうことか……」


跡部はニヤリと笑うと、桜華と幸村の顔を交互に見やった。
それに益々不快感を露わにする幸村と、そんな彼の感情が伝わって来て戸惑う桜華。
暫く見たと思えば満足したかの様に跡部はすっと彼女の前から退き、そしてちらっと視線を幸村の立っている後ろの茂みに移した。


「じゃあ、あの後ろにいる変人共はなんなんだよ幸村」

「……ああ」

「え?」

「皆、出ておいでよ。もう跡部にまでばれてるよ」


幸村の声に瞬時に反応した一行は、慌てて隠れていた繁みから出てきた。
急にいるはずのない彼等が出てきた事に桜華は「ええ!?どうして皆がここに!?」と驚く事しか出来なかった。
それもそのはず、彼等は今日家でのんびりすると言っていたのに何故全員揃ってこの場にいるのか不思議に思わないはずがない。
そして何故幸村は知っているのか……彼女の頭の中は混乱状態だ。


「ど、どうしてみんなここに!?何でそんな所に隠れてるの!?」

「あー……なんつーかその、二人のデートが気になってつい。ごめんな桜華っ……」

「全く、ブン太がついてくって聞かんもんじゃから」

「俺だけじゃないだろ!仁王もだろぃ!?」

「すみません桜華。折角の幸村君とのデートを邪魔してしまって……紳士失格ですね」

「精市には最初の時点で既にばれていたが、まさか桜華にまでばれてしまうとはな。……申し訳ない」

「わりいな幸村も、桜華も」

「すまない桜華……(だから俺は行きたくなかったのだ……)」


皆が謝っている中やっと事情が呑み込めてきた桜華は、ずっと彼等にこのデートを見られていたという事実に顔を赤らめた。
その表情に仄かに顔を赤くする仲間達に幸村が静かに「どうしたのかな?」と威圧をかけたのは言うまでもない。

未だ照れている桜華を見た幸村は、そっと彼女の隣に腰を下ろすと、優しく彼女の頭を撫でて謝った。


「ごめんね……桜華にはばれないようにって皆には聞かせておいたんだけど……(まあ跡部のせいでもあるけどね)」

「だ、大丈夫だよ!ただちょっとびっくりしただけだから……!だってまさかみんなとこんな所で会えるなんて思ってなかったし」

「……折角二人きりだったのにね」

「精市……?」


彼の少し淋しそうな表情に桜華は一瞬どうしたらいいか分からなくなった。
確かに久しぶりの二人きりの時間であり、実質的にいえば今日が初めてのデートだったのだ。
それを仲間達にとは言え邪魔をされてしまった事、そして彼女を驚かせた事に、幸村は怒りよりかは何よりも悲しかったのだろう。

だが、桜華は少し遠くの方で申し訳なさそうに佇んでいる仲間達を見て考えた。
彼等は反省した様子を見せおり、何故かブン太と真田は小さく震えているようにも見える。
その姿に、このまま皆を放って幸村とデートする事を彼女は考えられなくなっていた。
跡部は例外として。


「精市あの……」

「なんだい?」

「みんなと一緒に行動しない?……なんだか放っておけなくて」

「折角のデートだよ?桜華はいいの……?」

「デートはまた出来るよ!精市と一緒にいてれば……ね?だから今日はお願い!」


必死な表情で幸村に頼み込む桜華。
その表情に彼の心は勝てなかったらしく、一度溜め息をつくと穏やかな表情に戻し「分かったよ」と了承の返事をする。
それを聞いた桜華は嬉しそうな顔を湛え「精市ありがとう!」と可愛らしく言い、幸村はそんな表情されたら勝てないよ……と、心の中で思った。


「みんな、これからは一緒に行動しよう?」

「いいのかよ桜華!幸村君とのデートだろぃ……まあ邪魔したのは俺達だけどさ……」

「いいの!だってどっちにしたってみんながいるって分かってるんだし、もう変わらないよ!」

「皆、今回だけだからね。次はないよ?」

「……ピヨ」

「あ、真田とブン太は後でお仕置きだけどね」

「!?(なんでだよ……!)」

「(俺は何もしていないと思うのだが……)」


勿論、そんな二人の嘆きは誰にも届かない。
立海の一部ほのぼのとした雰囲気を見ていた跡部は、ハッと嘲笑いつつ隙をついて桜華の顎を持ち上げた。
一瞬の隙を突かれた彼女は抵抗出来ずにただただされるがまま。
横にいる幸村が止めようとすると、柳が「まあ待て精市。お前に取って有益な事が聞けるだろう……少し様子を見ているがいい」と意味深な発言をしたので、今にも出そうだった手をぐっと堪え見守ることにした。
彼の予想はそれほど信頼出来るのだ。


「あ、跡部なに……!?やめてってば!(恥ずかしい……!)」

「大人しくしろ。……桜華、お前はいつになったら氷帝に来るんだ」

「だから行かないってば……!前も言ったでしょ!?」

「今の時期なら丁度進級と同時に転校だ。良い機会だと思うがな。何が不安だ?俺様がいるんだ、何も不安に思う事はないと思うが」

「そんなの知らない!行かないものは行かないの!」

「そういう強気な所も嫌いじゃないが、そろそろ本気で考えろ桜華。……あまり待たされるのは好きじゃない」


彼の、幸村とはまた違ったアイスブルーの瞳に真っ直ぐ見つめられ、思わず言葉が詰まる。
跡部はどう形容しても美形としか言い様がない程に整った顔をしており、そんな綺麗な彼に見つめられては桜華も流石に言葉が出なくなる程緊張してしまう。
しかしそんな事より何より、彼女から跡部に一つ言っておかなければならない事がある。
桜華はしっかりとした意思を込めて跡部を見つめると、決して大声ではないけれどはっきりと言葉を紡いだ。


「跡部あのね、私は立海が大好きなの。学校も友達もテニス部のみんなの事も全部大好き」


跡部は黙って聞いている。
彼の様子を見ながら、桜華は視線を逸らさずそのまま続けた。


「それにね、そのっ……精市の事あ、愛してるから……!だから傍にいたい、離れたくないの!ずっとずっと一緒に居たいの……!」

「!」

「ほお……」

「学校に行くのも部活をするのも、精市と一緒がいい……私にとって精市は何よりも大切で……だから離れるなんて絶対に考えられない!」


桜華のその告白に、流石の跡部も言葉と言う言葉が出てこなかった。
隣にいる幸村はこれ程かと言う程に赤くした顔を右手で覆っており、柳はそれを見て近付き、「待っていてよかっただろう?」とそっと彼に囁いた。
それにもこくこくと頷いてしか返事が出来ない幸村は相当照れている様だ。




「桜華……」

「な、何よ跡部……!(まだ何かあるの……!?)」


一瞬桜華の言葉に反応が鈍くなっていた跡部だったが、はっと我に返りまたいつもの彼に戻った。
そしてそっと彼女の顎から手を放し、小さくフッと鼻を鳴らす。
また何か言われるんじゃ……と、少し身構えた桜華だったが、次に彼の口から出た言葉に驚いた。


「そうか分かった。……お前の氷帝転入は諦めよう」

「!」


桜華はよかった!と内心大喜びだったが、跡部の言葉にはまだ続きがあった。


「ただし今は、だ」

「え?」

「俺様は欲しいものは何でも手に入れる主義でな。お前が氷帝に来るまで諦めねーよ」

「(結局何にも変わらないって事!?)」


跡部の言葉に思い切り項垂れる桜華。
そんな彼女も可愛らしいと思ってしまい、ぐいっと抱き寄せる幸村。
何が面白いのか、高らかに笑う跡部。

何とも言えないその光景に、思わず吹き出した者が数名いたとかいなかったとか。


そして「とりあえず今は退いてやる。また奪いに来てやるよ」そう言い残し、跡部は去って行った。
彼がいなくなった事にほっとし、桜華はやっと肩の力を抜いた。
幸村はそんな彼女に「よしよし」と頭を撫でてあげるが、その幸村の表情もどこか元気がない。
二人ともどっと疲れている様子が傍目からでも良く分かった。


そんな空気を変えようと、ブン太はいつもの意気揚々としたテンションで話を切り出した。


「なあ!跡部もいなくなった事だし、どっか行こうぜ!折角なんだしさ!」

「そうだな。……では、皆で買い物でもするか。この辺りは様々な店が立ち並んでいるからな。皆が楽しめる場所があるだろう」

「いいですね、丁度この辺りで買い物をしたいと思っていたところです」

「俺は新しいグリップテープが欲しいのお……丁度交換時期じゃし」


買い物と言う意見に賛成の声が上がった。
桜華もブン太の意見に賛成し、それと同時に元気を取り戻したのか「私も買い物したい!」と勢いよく立ちあがった。
その表情は明るく、先程の様な疲れた表情は見えない……とりあえずは大丈夫だろうと全員はほっとした。
幸村は幸村で、皆がいるのは癪だけど桜華が楽しそうならまあいっか……そう心の中で呟くと小さく笑い立ち上がった。



結局この後メンバー揃って買い物をしたり、また別のカフェに入りお茶を飲んだり。
またブン太がケーキを頼んでいるのに呆れた面々が、「お金は自分で出せよ」と口を揃えて言ったとか。
そんな感じで何だかんだ幸村も楽しめた有意義な時間は過ぎ、最寄りの駅前で解散となった。



そんな中、桜華と幸村はもう少し一緒にいたいからとのんびり歩きながら帰っていた。


「……桜華」

「ん?どうしたの精市」


急に名前を呼ばれそっちを見ると、幸村は優しい表情をしながら桜華を見ていた。
その綺麗な表情にドキドキしつつ、一体どうしたんだろうと軽く首を傾げた。

すると幸村は立ち止まり、おもむろにすっと持っていた紙袋を差し出した。
そう言えばいつの間にか持ってたなあ……と桜華は思い出しつつ、さらに不思議に思う。


「これは……?」

「開けてみて?」

「うん」


少し大きめの紙袋の中身を見ると、そこには先程桜華が可愛いと言っていたくまのぬいぐるみが入っていた。
まさかのプレゼントに驚いていると、幸村が話し始めた。


「桜華があまりにも欲しそうに見ていたから、買っちゃった」

「びっくりしたあ……でもいつ……?」

「お手洗い行くって言った時、本当は急いで店に戻ってぬいぐるみを買ってたんだ」

「そうだったんだ……跡部の事とかあって全然気付かなかったよ!」

「あの時は色々あり過ぎてバタバタしてたもんね」

「あはは、跡部って本当に嵐みたいなんだもん!いきなり来て、掻き回していって去っていくの」

「確かにね。まあ嵐よりかずっと厄介だと思うけど」

「そうかもね!でもこのくまさん……やっぱりすっごく可愛いなあ」


桜華は紙袋からぬいぐるみを取り出すとぎゅっと抱き締めた。
可愛い彼女と自分がプレゼントしたくまのぬいぐるみと言う組み合わせに、幸村はちょっと可愛過ぎないかな?写真撮りたい……とその光景に胸を鷲掴みにされていた。


「このくまさんね、精市の部屋にあったくまさんと似てたから気になってて」

「!(どこかで見た事あると思ったら、そうか……)確かに似てるね。だから欲しかったの?」

「うん。これからは精市がくれたこのくまさんがいるから夜寂しくなくなるよ!」

「?」

「たまに一人で寝てると精市の事考えて寂しいな〜会いたいな〜って思う時があるんだけど、これからはこのくまさんを精市だと思ってぎゅってして寝るね!」

「!」


幸村は胸に爆弾が投下されたような気がした。
あまりにも可愛らしい表情でくまのぬぐるみを抱き締めながら言う目の前の彼女。
そんな愛おし過ぎるものを見せられて、幸村も流石に我慢の限界だった。
今日ずっとずっと我慢していた、彼女により触れたいと言う気持ちが溢れてしまう。


「っ、桜華……」

「せいい……っ?!」


いきなり抱き締められたかと思うと、その瞬間キスをされて戸惑う桜華。
啄ばむ様に何度もキスをしては、ちゅっちゅとわざとらしく音を立てる。
その全てに桜華は身体が熱くなり、頭がくらくらした。
されるがままの彼女から漏れる吐息に幸村はより興奮した。


「ん、ふ……っ…」

「はあ、桜華……」

「せ、いち……」


道端でキスをしてしまった事に桜華は恥ずかしくて瞳を潤ませた。
人が誰も通らなかった事が不幸中の幸いというところだろう。
幸村は少し息の上がっている彼女の表情を見て、もう一度キスしたくなるのを抑えるのに必死だった。
それ程に可愛らしく、幸村は桜華の事が愛おしいのだ。


「桜華、ごめんいきなり……こんな所でキスしてしまって。我慢出来なかった」

「あ……っ、大丈夫だよ……?ちょっと恥ずかしかったけど平気……」

「でも……」

「……精市からキスされて、嫌じゃなかったしその……嬉しかったから」

「桜華……(ああもう本当にもう一度したくなるな)」

「だけど次からはその、もう少しこっそりしようね……」

「ふふ、うん……そうだね」

「えへへ」


ふにゃあと効果音が付きそうな笑みを浮かべた桜華に、幸村は敵わないなと思いながら同じ様に笑みを浮かべた。
こんな道端でキスしてしまい、今更幸村自身も少し恥ずかしくなったのだが、彼女の嬉しかったと言う一言でその恥ずかしさは一瞬にして消え去った。
でも次は彼女の言う様にもう少し場所には気を付けようと思うのだった。


(だって、二人きりの方がもっと色んなキスが出来るからね)


幸村がその様な事を考えているとは露程も気付いていない桜華は、顔を赤らめたまま幸せそうにしている。
隣にいるそんな彼女を見ているだけで幸村も幸せになった。
二人の初デートは結局はいつもの仲間達との変わらない日常になってしまったけれど、最後は甘い甘い雰囲気で締めくくられた。
そして次のデートの計画を立てながら、二人はしっかりと手を繋ぎ帰り道をゆっくりと歩いていくのだった。




(このくまさん、せーいちって名前にするね!)
(俺と同じ名前なの?)
(うん!で、せーいちおやすみって言ってぎゅーってしながら一緒に寝るの)
(そっか(俺も桜華を抱き締めて寝たいな))
(えへへ、今日から一緒だねせーいち!)
(じゃあ俺もあのくまに桜華って名前つけるよ。それで毎晩抱き締めながら寝るね?)
(!)
(ふふ、楽しみだな)






あとがき

何だかんだと跡部君には今後もお世話になります。
結局二人きりのデートではなくなりましたが、結果楽しめたのでよかったみたいです。
さて、次回からはいよいよ二年生に進級です。