32 新たな春



二年生になりました。

短い春休みはすぐに終わり、迎えた始業式。
進級と同時に行われたクラス分けでは、桜華と仁王と柳が同じ2−Bとなった。
ちなみに理央も奇跡的に同じクラスになり、二人で「また同じだね!嬉しい」と喜び合いぎゅっと抱き締め合った。

一方の幸村はと言うと2−Aで桜華とクラスが分かれてしまった事に不満そうな顔をしていた。
更に桜華ときゃっきゃ言っている理央に鼻で笑われ、より不愉快になったらしく、近くにいた真田に当たりに行っていた。
訳も分からないままとんだとばっちりを受けた真田は、新学期早々げっそりとした表情をしていたとか。



そんな感じで始まった新学期から数日後。

今日は立海大附属中学校の入学式。
在校生もクラスから代表して数人出席しなければならず、桜華や幸村、テニス部の面々はクラスの代表として出る事になっていた。
今は校門付近で新入生を眺めている所だ。
通り過ぎていく彼等の初々しいその姿に、桜華は自分の一年前を思い出す。


「入学してもう一年なんて早いなあ……まだついこの間入学した気分だよ」

「そうだね……本当桜華と出会って一年なんて。俺もついこの間の事のように思うよ」

「ね、何だか不思議な気分!……あ、今更だけどこれからもよろしくね?」

「ふふ、こちらこそよろしく。クラスが離れたのが凄く残念だけど」

「もう、精市いつまでも引きずらないの!……私だって、寂しいのは寂しいんだから。あ、ほらでもAとBだし、合同授業とか一緒だからよかったよね!えへへ、そう言う時だけでも精市といられるの嬉しいな」

「分かってはいるんだけど、授業中の桜華を見られないのが悔しいよ。居眠りしてる姿とか可愛いのに……たまに寝言言ってたりして」

「せーいちっ!(寝言なんて言ってるの!?)」

「はは、ごめんごめん」


そう言いながら彼女の頭を軽くぽんぽんと叩く幸村。
桜華は最初こそむっとした顔をしたものの、すぐにいつものふわりとした笑みを見せた。
二人がそんな事をしている間も絶え間なく新入生は彼等の横を通っており、ごく自然に甘い雰囲気を醸し出している幸村と桜華をちらちらと見ていた。
そして新入生がぽーっと頬を微かに赤く染めているのに二人は全く気付いていなかった。


だがやはり幸村は目立つのか、新入生の女子達は彼を見るや否や先程同様顔を赤く染め上げていた。
その視線に気付いた幸村が何気なく優しく微笑むと、周りにいた女子生徒達は「きゃー!」「やばいカッコいい!」と黄色い声を上げていた。
幸村は入学おめでとうの意味を込めて彼女達に微笑んだ訳だが、それは全くと言っていい程届いていない様だった。


「相変わらず大人気だね精市!ふふふ、明日からは一年生の子達が精市の事調べてテニス部に見に来るねきっと」

「いくら見に来てもらっても、俺には桜華がいるからなあ……」

「めちゃくちゃ可愛くて精市好みの子がいるかもよ?それでも?」

「俺には桜華以上の女の子なんていないよ。俺にとっては桜華が一番可愛くて仕方ないから……それはずっと変わらないし、変えるつもりもないよ。それくらい桜華にめろめろって事」

「!(変な事言うんじゃなかった!嬉しいけど恥ずかしい……!)」

「ふふ、本当の事だからね?桜華はもう少し自分に自信を持って……俺がこんなに可愛い可愛いって言ってるんだから。今だって可愛いって思ってるよ俺」

「も、恥ずかしいってば……!うう……」

「ほら、そういう所も可愛いんだよ。まあ桜華の事は何でも可愛いって思っちゃうんだけどね。俺桜華馬鹿だから」


相変わらず砂糖菓子の様に甘い雰囲気に包まれている二人。
この二人の世界の中には、誰も入れない……いや入ってはいけないと言う何となくの暗黙のルールの様なものが存在しているのだ。
それを理解しているテニス部メンバー達は最早何も言う事はない。

と、その時。


「桜華せんぱーーーい!」

「うわあ!」

「!?」


どんっ


鈍い音と共に彼女の背中に何かが飛びついてきた。
思わず声を上げる桜華、そして驚く幸村。
彼女は恐る恐るゆっくりと後ろを振り返った……自分に飛びついてきたものが何かを確認するために。
そこに見えた黒いもじゃもじゃに、桜華はあっと思い出したように声を上げた。


「わあ!赤也君!」

「っす!」


彼女に飛びついて来たのは、一度だけ立海のテニスコートで会った事のある赤也だった。
「待ってるね」と、そう言われた事にやる気を出した赤也は、その後必死に勉強して無事に立海の入学試験に合格したのだ。
彼は元々頭が悪い訳ではなく、ただそのほぼ全てをテニスに使ってしまう。
だが桜華に応援してもらった事が彼の心に火をつけ、勉強にもその頭を使う様になり何とか入学にこぎつけた。


「赤也君無事に立海受かったんだね!よかった〜!」

「桜華先輩に言われたんで、頑張ったんっすよ俺!褒めて褒めて!」

「ふふ、赤也君えらいえらい。よく勉強頑張ったね!あ、勿論テニス部に入るんでしょ?」

「当然っす!そのために立海に来たんすから俺!」

「えへへ、待ってたよ赤也君」

「はい!長い事お待たせしました!」


二カッと音の出そうな程眩しい笑顔を向ける赤也。
その笑顔にきゅんとした桜華は、「可愛い赤也君!」と、赤也の頭を優しく撫でた。
「髪が乱れるっすよ!」と言いつつも、赤也も大好きな人になでなでされて満更ではないようだ。

しかしその光景を見て良く思わない人物が一人。
勿論、彼女の恋人である幸村だ。


「ねえ桜華?」

「どうしたの精市?」

「そのもじゃもじゃ誰?て言うかいつまでくっついてる気?早く俺の桜華から離れてくれないかな?」

「もじゃもじゃじゃない!って……!」


赤也は今まで気付いていなかったのか、幸村を見た瞬間目を見開いた。
彼は何故自分を見て赤也君と桜華に呼ばれていたその少年が驚いているのか分からず、不審そうに赤也を見た。


「その蒼色の髪の毛、テニス部の……桜華先輩が一番強いって言ってた奴じゃねーか!」

「え?」

「こら!精市は先輩になるんだから敬語使わないとだめだよ赤也君!そういう所はきちんとしないと!」

「うっ……」


桜華に軽く一喝されてしゅん……と一気にテンションを下げる赤也。
その姿がまるで飼い主に怒られた子犬の様で、何だか罪悪感に苛まれる桜華。
だが、これから共にテニス部の先輩後輩として過ごすのだから、流石にタメ口ではいけない。
今のうちに正す所はしっかりと正しておかなければと、罪悪感をぐっと抑え赤也に言った。


「ちゃんとした言葉遣いが出来ないなら、赤也君の事嫌いになっちゃうかも」

「い、嫌……!桜華先輩に嫌われたくない俺……」

「じゃあ、ちゃんと精市に敬語使ってね?勿論、他の先輩達にも……分かった?」

「……っす!」


しっかりと頷いた赤也にほっとする桜華。
その場にいたテニス部の面々は、彼女がまるで調教師の様に見えて仕方なく、思わず小さく噴き出した。

だがやはりこの状況が呑み込めない幸村は、赤也を見据え顔を顰める。


「……で、もじゃもじゃ。お前本当に誰なの?」

「だからもじゃもじゃじゃないっす!切原赤也ってちゃんとした名前があるんで!」

「そう、ごめんね」

「(心篭ってねえ!)……前にここのテニス部を見に来た時に桜華先輩と話した事あるんすよ。で、その時にアンタの事も見て……一瞬でしたけど目合ったの覚えてません?」

「(そんな事あったっけ?……あ)……ああ、もしかして桜華が言ってたのってこの子の事だったの?」

「あ、そうそう!ほら、精市から私を奪うー……って言った子だよ!」

「なるほどこの子がねえ……ふーん……」


記憶を辿った先に出てきたのは、彼女が結局部活に参加出来なかった日の事。
帰りに理由を聞いた際その話に出てきたのが、今目の前にいる切原赤也と言う新入生の事だったらしい。
あの時二人はまだ付き合っていなかったが、顔も知らないそいつの「奪う」発言に苛立ったのを覚えている。
彼は完全にその時の話を思い出すと、ふふっと何故か笑った。


「な、何で笑うんすか……!」

「切原君だっけ?残念だけど、俺から桜華を奪う事は出来ないよ?勿論、ナンバーワンの座もね?」

「!」

「テニスで俺は負けないし、何より俺と桜華は恋人で愛し合ってるからね」

「ちょっと精市ってば(絶対対抗してる……!大人げない!)」


幸村の言葉に驚いた赤也は、「やっぱり付き合ってたんすね!?」と桜華に詰め寄った。
その勢いに押されつつも「赤也君と会った時はまだ付き合ってなかったけどね?」と一応はその時の事実を述べる。
しかしそんな彼女の言葉も耳に入っていないのか、赤也は幸村に向き直り勢いよく叫んだ。


「でも……そんなの関係ないっす!」

「俺には関係大有りだよ」

「桜華先輩の事も、テニス部のナンバーワンも奪い取ってやるっす!あんたから!」

「ふふ、結果は見えてるけどね」


余裕の笑みを湛える幸村に赤也の顔は赤くなる。
恥ずかしがっている訳ではなく、幸村の挑発に興奮しているのだろう……幸村は彼の様子に面白くなったのか、もっと挑発してやろうとそっと桜華を抱き締めた。


「わわっ、精市……!?」

「可愛いだろ?俺の彼女。お似合いだと思わないかい?なあ切原君」

「俺との方が似合うに決まってんだろ……!」

「ふふ、無理無理。俺以上に桜華に似合う男なんてこの世に存在してたまるか」

「(精市お願いだから挑発しないでー!)」


抱き締められながらじたばたとする桜華を更にぎゅうっと自分に密着させる様にする幸村。
二人のラブラブっぷりを目の前で見させられた赤也はかぁーっと血が上るのを感じたのか、それとも何かを悟ったのか、「もういいっす!」と言って行ってしまった。
それに幸村はふふんと鼻を鳴らし、桜華は小さく溜息を洩らした。


「あーあ……もう、精市が挑発するからだよ?赤也君あんな怒って行っちゃった……」

「だって生意気だったからついね。どうせテニス部に入るんだったら、桜華は俺の彼女だってきちんと覚えておいてもらわないと」

「精市ってば大人げない……」

「桜華の事となると大人になれないみたい俺。それにほら、そもそもまだ中学生だし?」

「少しは大人になってもらわないと困ります!」

「ふふ、肝に銘じておくよ」

「(うーん、心配)」


何だかごまかされた感が満載だが、桜華はそれ以上を口には出さなかった。
出したら自分も、そしてとばっちりを受けるであろう真田にも被害が出るからだ、確実に。

「精市、そろそろ離して……あの、恥ずかしいから」と、幸村の腕が緩められ少し彼から離れたその時。
遠くから大声で彼女を呼ぶ赤也の声が聞こえた。


「桜華先輩!俺、諦めませんからー!!」

「!」

「あと、ぜーーーったい!あんたから奪って見せるっす!覚悟しといて下さいねー!」

「ふふ、倒し甲斐のある一年生だな」

「(赤也君が危ない…!)」


幸村の怪しい笑みに桜華が赤也の今後を心配したのは言うまでもない。
しかしそれと同時に、何だか彼がとても楽しそうに見えて、彼女はちょっとだけ嬉しくなったのだった。


(精市のテニスがもっと楽しくなるかもしれないなあ……赤也君がいる事で。ふふふ、よかったね精市)




その頃。
少し離れた所から三人のやり取りを見ていたテニス部のメンバー達。
彼等も一様に切原赤也への感想を述べていた。


「ほお……あれがだいぶ前に桜華がゆうとった奴か。何じゃ、ワカメみたいな頭やの」

「幸村君に喧嘩売るなんておもしれー!テニス部、賑やかになりそうだな!」

「……切原赤也、か……。今後俺達に深く関わってくるだろうな」

「骨のある奴だといいがな。叩き潰してくれるわ」

「楽しみですね、彼と戦うのが。私も全力でお相手いたします」

「苦労も増えそうだけどな……」


彼等もそれぞれ思う所あり。
それもまた楽しみの一つであり、不安の一つでもある。
ただ言える事は、これからのテニス部が益々刺激的になる……これはその場にいる全員一致の考えだった。



一方赤也は何故か全力疾走して教室に入り、既に教室にいたクラスメイトになる新入生を驚かせていた。

そして、


「絶対桜華先輩をあいつから奪ってやるんだ!負けねえ……!」


教室に入ってもその事ばかり考えており、つい叫んでしまったため丁度教室に入ってきた担任に早速怒られていたとか。




(でも赤也君面白いなあ!テニス部がもっと明るくなりそう!)
(ふふ、俺がまず相手してあげるよ)
(……先輩だから、大人な対応してね?)
(それは勿論だよ)
(絶対だよ?約束だからね……?)
(うん、約束)
((よかった……流石の精市も分かってくれたみたい。先輩になるんだもんね!))
((まずは思い切り実力の差を見せつけてやらないとね……ふふ、楽しみだ))




あとがき

遂に赤也入学です。
長かったようなあっという間だったような。
これからは赤也もいれてのお話になるのでとても書くのが楽しみです。
立海列伝は完全無視ですが、ご了承ください。