34 王様からのお誘い




「ゴールデンウィークに合同合宿の誘いが来たよ」

「「合同合宿!?」」


幸村の一言に桜華とブン太の声が重なった。
お昼休み、今日は皆で食べようと朝練の時に話していたメンバーは屋上でまったりと昼食を口にしていた。
そんな穏やかな空気を消し去ったのが、幸村の先程の一言だ。
声を出した二人以外も、そこで食べているメンバー全員が目を見開いたり、ノートとペンを手に取ったりと、表現の仕方は違うものの皆一様に驚いていた。


「何でいきなり……?と言うか精市、誘いってどこからなの?」

「……氷帝の跡部からだよ。合宿自体はいいんだけど何か条件付きだし。全く、金持ちの考えって良く分からないよ」

「(精市の家もかなりのお金持ちだと思うんだけどな……)で、跡部は何て条件出してきたの?」


条件。
幸村の言葉に桜華が疑問を投げかける。
合宿に行くのに条件と言うのは一体何なんだろうか。
あの跡部の事だからどうせロクな事ではないと、彼女は一抹の不安を抱いた。
他のメンバーも気になっているらしく、皆幸村を見ている。

その視線と桜華の質問に、幸村は溜め息をつきながら答えた。


「条件は三つ」

「三つもですか」

「まずは一つ目。参加メンバーは俺が選んだ二年生数名」

「何故幸村が選んだ二年なのだ……」

「そんなの知らないよ。跡部に聞いてくれ」


真田の当たり前の疑問を、幸村は面倒臭そうに一蹴した。
彼自身も訳が分かっていないのだろう、自分も分かっていない事を真田に質問された事に少し苛立ったらしい。
冷たい視線を向けられた真田は、「すまん幸村」と言って俯いてしまった。

そんな真田はさておきと、幸村は続けた。


「二つ目。必ず新入部員の一年生を連れてくる事」

「一年生?まだ入ったばっかの奴が合宿にいるのかよ。跡部マジで意味不明だぜぃ」

「本当だよ。まあ、一年で連れていけそうなのは一人しかいないからこれはよしとして……」


幸村が「連れていけそう」と言ったのは、多分でなくても赤也の事だろう。
その場にいる全員が彼しかいないと思ったのは、やはり赤也の実力をこの数日で十分に把握したから。
部活が本格的に開始してからと言うものの、赤也は「打倒三人の化け物!特に幸村先輩!」という目標を掲げ、誰よりも熱心に練習に励んでいた。

因みに幸村達と対戦した次の日、赤也は柳とも一戦を交え、1ポイントも取れずに敗北した。
そのため、赤也の中に「立海には化け物が三人いる」と、「そいつらを倒さなきゃナンバーワンにはなれねえ」との考えが生まれた。
特に幸村……と言うのは、桜華を奪うと言う部分での事だろう。


「……最後の三つ目。これが腹立たしいよ」

「腹立たしい条件?(何だろう……?)」


桜華が問いかけると、先程よりも深い溜め息をつき、嫌そうに紙に書かれている文章を読む幸村。
心なしか声に嫌悪が混じっている様に聞こえるのは、きっと気のせいではない。


「……マネージャーとして桜華を必ず連れてくる事」

「え!?」

「成程……大体の考えが読めた。差し詰め、跡部の目的は合宿よりかは桜華だろうな」

「跡部の奴、桜華を立海から奪う気満々って事かの」

「桜華はぜってえ渡さねえ!!」

「おいブン太!食べながら喋るな飛ぶだろ!」

「うっせえジャッカル!この一大事にそんなこと言ってられっかよ!」


口におにぎりを頬張りながら叫ぶブン太。
その口から飛び出した米粒が思い切りジャッカルの顔に飛んだのは言うまでもない。
そんな二人やり取りがある中、桜華は「うーん……」と小さく唸っていた。


「マネージャーとしてって言われても……私一応立海男子テニス部のマネージャーだからなあ。ここを空ける訳にはいかないし……」

「それに精市、お前が選んだ二年生だけだというのは大丈夫なのか?」

「そうなんだよね……だから、一応部活の時に部長に相談しようかと思って。桜華の事も含めてね」

「精市……」

「そうですね……しかし幸村君、もし了承された場合、メンバーには誰を選ばれるのですか?」


柳生が眼鏡を拭きながら質問すると、幸村はふっと綺麗な笑みを浮かべ、そして次には表情を真剣なものに戻すと彼の揺るがない気持ちを発した。


「俺が選ぶのはここにいる皆だよ。……お前らが一番信用出来るからね」


幸村が全員の顔を見回しそう伝えると、各々が驚いた表情を顔に貼りつけていた。
しかし幸村が改めて「皆、行きたくないか?」と促すと、やっと満面の笑みを湛えたブン太が声を出した。


「マジかよ!サンキュー幸村君っ!やったぜジャッカル!合宿だ!」

「お前話聞いてたのかよ……まだ決まってねえって」

「ピヨ……氷帝と合宿ねえ」

「許可が出ればいいですね。自分の実力を試すいい機会ですし」

「氷帝か……今後のいいデータが取れそうだ」

「うむ。跡部とやら、叩き潰してくれるわ!」


メンバーの中ではもう既に合宿が決定している様だ。
そんな中桜華だけが未だに渋い表情をしながらうーんと唸っており、それを見かねた幸村が声をかけた。


「桜華、今からそんな顔しなくてもいいよ。とりあえず俺が掛け合ってみるから」

「でも、他の皆が……」

「あのね桜華」


桜華の不安は一向に収まらないらしく、答えもはっきりとしない。
その事に幸村は彼女の心を合宿に向けようと、優しく甘い声で話しかけた。
絶対に断れない様に……自分の素直な気持ちを告げて。


「俺は桜華に一緒に来てほしいよ。桜華が俺の傍にいないなんて嫌だ」

「精市……それは私もだけど……」

「それにね、いいチャンスだと思ってるんだ。跡部に俺と桜華の関係を分からせるためのね。そこにはやっぱり桜華がいないと」

「うん……」

「まあ、一番の理由は俺がただただ不安って事なんだけどね。もし俺達のいない間に桜華に何かあったら守ってやれない。それだけは嫌なんだ……」

「せーいち……」

「だから、一緒に来て俺達の事を支えてほしいな……?」


優しい表情で言いながら彼女の頭をそっと撫でる。
桜華は彼の「俺達の事を支えて」という言葉に説得されたのか、「じゃあ、部長の許可が出たら行くね……?」と若干不安な表情が拭えていないままではあるが、こくんと頷いた。
彼女の返事に納得したのか、幸村は「うん、じゃあ決定だね」ととても嬉しそうだ。


「この件については部活の時に俺から部長に言ってみるから、皆くれぐれも誰にも言わない事……いいね?」

「了解じゃ」

「おう!任せろぃ!」

「分かりました」

「了解した」

「うむ、後は頼んだぞ幸村」

「分かったよ」


桜華以外の全員の返事があったところで、丁度鳴った予令のチャイム。
次の授業が移動教室の者もいたため、合宿の話は一旦そこで区切りをつけ屋上から出る事となった。


「精市!」

「ん?どうしたの」

「部長に話す時、私も一緒にいいかな……?自分の事でもあるから、やっぱりちゃんとお話ししたいし」

「そっか……そうだね。うん、じゃあ桜華も一緒に部長に相談しに行こう?」

「よかった!」

「ふふ、桜華そう言う所はしっかりしてるよね(他の事では凄く抜けてる事が多いのに……まあ、そういう所も全部可愛いし好きなんだけど)」

「あ、そう言う所って何!」

「何でもないよ」

「(今絶対ちょっと馬鹿にされた……!)」


桜華がむうっと頬を膨らましていると、「ほっぺた伸びちゃうよ?」と彼女の頬を突っつきいつもの桜華へと戻す幸村。
そして「ごめんごめん」と謝り、皆が行ったのを確認した所で、ちゅっと頬にキス。
先程まで膨れていた桜華も、彼からのキスにみるみる顔を赤くして、色々な感情が混ざったのか「……精市のばかっ」と言って走って屋上を出て行ってしまった。
そんな彼女の行動を幸村は微笑ましく可愛いな……と思いながら、自分もそのまま屋上を後にした。






そして放課後。
着替えを終えた桜華と幸村は、部活が始まる前に眞下の元へと来ていた。
一足先に来てコート脇のベンチに座り今日の練習メニューの確認をしていた眞下は、二人の登場に「どうした?」と優しく声をかけた。


「部長、いくつか相談したい事があります」

「どうした幸村、そんな改まって」

「氷帝の部長、跡部から合宿の話が直接俺に来まして」

「氷帝から?合同合宿か……幸村に直接とはまた。お前達知り合いだったんだな?」

「まあ少し彼とはあって。……合宿の事なんですが、条件があって。俺が選んだ二年生と一年生を連れて来る事、あと、桜華をマネージャーとして連れてくる事なんです」

「また凄い条件だな」

「俺も正直訳が分からないんですけどね。でもこれが一応相手が出してきた条件なんで。……これ、跡部から貰った詳細です」


幸村は眞下にそれを渡す。
彼は受け取るとすぐに目を通し、顎に手を当て小さく何度か頷いていた。


「へえ……なるほどねえ」

「部長あの、私……」


桜華が不安そうに言葉を発すると、幸村がそれを遮る様に部長に言った。


「合宿はそこに書かれている通り、ゴールデンウィーク中で二泊三日です。……参加してもいいでしょうか?俺達は自分の実力を試すために、そしてそれには桜華のサポートが必要なんです」

「うーん、そうだなあ……」

「お願いです。参加させて下さい」


眞下は考えを巡らせていた。
やはり二年生の、しかも幸村が選んだ人物だけが氷帝と合宿と言うのはどうにも公平性に欠ける。
彼を筆頭に、真田、柳、そして彼らの周りにいる者達は他の部員に比べ頭一つ抜きん出たものがあるのは誰もが分かっている。
しかしだからと言って勝手を許してしまった場合、この事を知った他の者が不満を漏らして後々の部活に影響を及ぼしてしまうかもしれない。

眞下はこの後の事やその他様々な仮定を頭の中で整理した。
その様子を真剣に、そして不安そうに見つめている桜華。


(うーん、大丈夫かなあ……)


暫く考え込んでいた眞下だったが、ようやく結論が出たのか、「よし」と声を出し顔を上げた。
今から聞かされるであろう答えが怖くて桜華は益々不安が募り、瞳が揺らいだ。
その隣で幸村はいつもと変わらない表情を湛えていた。
彼には絶対的な自信があったのかもしれない。


「行って来い幸村、マネージャー」

「!」

「いいんですか部長?」

「ああ。お前達が行っている間の事は俺や新入部員もいるし何とかなるだろ」

「本当に大丈夫ですか……?」

「これでも伊達に半年部長やってないさ」

「部長ならそう言ってくれるって信じてましたよ」

「幸村には敵わないな」


眞下は、ははっと笑うと、その後すぐ困った表情を見せた。
その表情の変化にどうしたんだろうと、桜華は首を傾る。


「幸村達には切原の事で借りがあるしな」

「ああ……ふふ、もう気にしないで下さいよ部長。別に気にしてませんから」

「顔が『借りは返すものですよね』って言ってるぞコラ」

「そんな事ないですよ」

「(精市その顔は部長の言う通りだよ……!)」


軽く否定すると幸村は「合宿の件認めて下さってありがとうございます」としっかりとした言葉で彼に感謝を述べ、軽く頭を下げた。
眞下はやはり少し困った顔のままだったが、「結果は残してこいよ」と激励の言葉を向けるのだった。


「部長、俺達が負けるとでも?」

「そんな事勿論思ってないさ……あれだ、激励ってやつだよ」

「俺達は常勝を掲げている立海テニス部のメンバーです。練習試合だろうと一試合も落としはしませんよ」

「ああ、結果を聞くのを楽しみにしてるよ。あ、合宿の詳しい事はまた俺に報告してくれよ。マネージャーも、しっかりサポート頼んだぞ」

「はい!精一杯頑張ってきます!」

「うん、いい返事だ」


桜華の返事を聞いた眞下は微笑み、そして部活を始めるために立ち上がり声を張り上げた。
その横で二人は合宿が決まった事にお互いの顔を見ながら喜び、眞下の始まりの合図に大きな声で返事をした。





その日の帰り道。
桜華と幸村は手を繋いで、その後ろから他のメンバー達が着いてくるような形で歩いていた。
部活中は周りの部員に聞かれてはいけないと合宿の話は控えていたメンバー達だが、やはりずっと結果が気になっていたらしく、学校から少し離れた所まで来ると鼻息荒く幸村に迫った。


「幸村君どうだったんだよ合宿の事!部長から許可下りた!?」

「合宿の事もじゃが、桜華の事もどうなったか気になっとったぜよ」

「そうですね……私も気になって部活中ついそわそわとしてしまいました。いけない事ですが」

「で、どうだったんだ精市。そろそろ教えてくれないか」


柳が発言し終わると、幸村はとても残念そうな表情を浮かべた。
その表情にメンバー達がやっぱり駄目だったのか……と、先程の興奮した表情から幸村と同じ表情へと一変。
勿論それは結果を知っている桜華と、彼の悪戯心に気付いた柳以外だが。
彼女は内心、精市ってば意地悪!と思いながらも色々と面白くなってしまい思わずくすっと笑った。


「やっぱ駄目だったのかあ……行きたかったぜぃ合宿」

「そうですね。期待していた分残念です」

「なんじゃつまらんのお。合宿くらいええじゃろ……」

「うむ……氷帝の実力も気になっていたしな」

「(精市の奴は全く……)」


未だに分かっていないメンバー達が肩を落としている中、幸村は先程の表情からがらりと変え、そしてけろりと言ってのけた。


「ねえ、誰が合宿行かないって言った?」


「え?」とメンバー達の視線が幸村に集中する。
そこにあったのはさっきとは打って変わった幸村の楽しそうな笑顔だった。
その時初めて自分達が騙された事に気付いた面々だったが、今はその悔しさよりも合宿に行けると言う喜びの方が大きく、みるみる表情を明るくした。


「合宿参加出来るんじゃな」

「幸村君があんな表情するからてっきり……騙されたぜぃ。でも最高!合宿行けるなんて!部長もいいとこあんじゃん!」

「ほっとしましたが、参加出来るとなれば張り切らねばなりませんね」

「そうだな」

「氷帝、叩き潰してくれるわ」

「弦一郎怪我人は出しちゃだめだよ?」

「う、うむ、分かっている」


弦一郎のテニスは威力が凄いからなあ……と桜華は心の中で氷帝メンバーを心配した。


「ちなみに、無事桜華の同行も許可してもらえたよ」

「合宿中、頑張って皆の事サポートするからよろしくね!一緒に行ける事になって嬉しいよ!」

「よかったなー桜華!やっぱ桜華がいねーとやる気が半減するしな!」

「丸井!たるんどる!」

「何だよ真田だって桜華がいないと寂しいくせしやがってよ!」

「お、俺は別にっ……」

「弦一郎……?」

「いや、寂しくない訳ではないが、そのっ……(こういうのは性に合わんっ……!)」

「(弦一郎可愛い……!)」


微かに頬を赤らめている真田を見て胸がきゅんとしたのを感じる桜華。
その二人を見て、「明日の部活……ふふ、楽しみだな」と幸村が怪しい笑みを湛えながら呟いていたのを、ジャッカルは聞き逃さなかった。
更にその横にいた柳は、弦一郎は相変わらず進歩しないな……と呆れた表情を浮かべている。

そして彼のそんな変化に全く気付いていない桜華は、呑気に笑っていた。


「兎にも角にも、皆合宿頑張ろうね!えへへ、何だか私まで楽しみになってきた!跡部って言うのが何かあれだけど……でも関係ないよね!うん!(跡部も本当に悪い人ではないし……)」

「跡部は俺が完膚なきまでに叩き潰してあげるから何も心配いらないよ桜華」

「つ、潰さなくてもいいよ……!(別に跡部が好きな訳じゃないけど、絶対に危ない事になる……!)」

「ふふ、そう……?……まあ、跡部がこれ以上桜華に何かしたら話は別だけどね」


幸村のふふ、という笑いに桜華は跡部の身を案じつつ、何だかんだ合宿が待ち遠しくて仕方ないと思うのだった。



(桜華、くれぐれも跡部には気をつけてね?)
(はあい)
(あいつ変にませてそうだから、油断してたら食べられちゃうかも)
(ま、ませてたら食べられちゃうの……!?)
(そうだよ?危ないんだから)
(い、痛いの嫌だ!私何か食べても美味しくなんかないのに……!)
((やっぱりまだ意味分かってないんだ)だから食べられない様に気をつけなきゃね?)
(うんっ……!絶対に食べられない様に気を付ける!)
((あ、目が潤んでる……今俺が食べちゃいたいくらい可愛い))




あとがき

さて、突然の合宿です。
どうなる事やらと言う感じですが、しばらくお付き合いくださいませ。
跡部君の思い付きはいつも大胆で、そして突拍子もないのです。
次回から合宿本番です。