35 新たな出会いと彼の心配



「今回の合宿場所ってどこだっけ?あれ?やっべさっきまで覚えてたのに急にど忘れしちまった!」

「しっかりしろよブン太……跡部の家の別荘だろ、軽井沢の」

「あ、そうだったそうだった!跡部の別荘!」

「もう……ブン太ってば大丈夫?絶対何か忘れ物してそうだね」

「そ、そんな事ねえよ!多分……。あ、おやつはちゃんと持ってきたぜ!」

「丸井君は相変わらず呑気ですね」

「先が思いやられるぜよ」

「な、何だよ皆して!酷くね!?」


現在合宿所もとい、跡部家の別荘行きのバスの中。
氷帝とは現地集合のため別々なので、この車内にはいつものメンバーと運転手しかいない。
参加する人数から考えると大き過ぎる位のバスだったが、座席はほぼ全員固まっての乗車となった。
勿論の事、桜華と幸村は隣同士。
彼が彼女の隣を誰かに譲るはずもなく、その席は乗り込む前からの決定事項だった。


今回唯一参加の一年生である赤也は、桜華の真後ろの座席に座っていた。
合宿参加が認められた後日、赤也に参加しないかと尋ねると「化け物を倒すチャンスっす!」と喜んで参加をOKした。
その後、桜華を含めた合宿参加メンバー達とも何だかんだで仲を深め、今ではすっかり彼等に懐いている様だ。
一部の人間は彼を切原ではなく赤也と呼ぶようになっていた。


「桜華先輩、飴あげるっす!何味がいいっすか?」

「ありがとう赤也!うーん、何味があるのかな?」

「えっと……ぶどうとりんごと……あといちごと桃っすね!」

「わ、沢山あるんだね!んーっと、じゃあいちごにしようかな?」

「了解っす!……はい、どうぞ!」

「えへへ、ありがとう赤也!」

「どういたしまして!」


後ろから赤也に声をかけられた桜華は、苺味の飴を貰いほくほくしていた。
赤也も彼女に喜んでもらえた事が嬉しくてへへっと笑う。
何だかその雰囲気がやけに仲良しで、隣にいた幸村としては少し気に入らない。
一年先輩なのに大人げないと思いつつも、桜華が関係してくるとつい彼の地が出てしまうのだ。


「赤也?危ないからちゃんと座ってなきゃ駄目だろ?(って言うか何だよその幸せそうな顔……桜華も危機感ないんだから)」

「大丈夫っすよー……って、わわっ!」

「きゃっ」


立ち上がって前の席にいる桜華に飴をあげていた赤也は、ドライバーによる急ブレーキによってバランスを崩し倒れかけた。
幸い座席の背もたれ部分を握っていた為大事には至らなかったが、やはり危険な事には変わりない。
幸村はもう一度彼を諭す。
それには勿論『俺と桜華の時間を邪魔しないでくれるかな』と言う意味を込めて。
彼がそれを理解するかどうかは別として。


「ほら言っただろ?今後も何があるか分からないから、ちゃんと座ってな赤也。次は怪我をするかもしれないよ?そうしたら合宿もずっと見学だ」

「それは嫌っす!テニスやりたいっ……!」

「赤也、座りながらでも喋れるから、ね?今は精市の言う通りにしよう?」

「(桜華先輩の顔見たいのに……でも桜華先輩にそう言われたら仕方ないか……)……分かったっす」

「うん、いい子いい子」


既に座ってしまったため窺い知る事は出来ないものの、彼女が自分を褒めながら笑っている様な気がして、赤也は桜華に褒められた、それが何より嬉しくてへへっと笑った。
するとすぐに後ろの席に座っていたブン太が、「赤也トランプやるぜぃ!」と呼びかけたため、赤也は「やるっす!」と言って席を離れた。

幸村は後ろの席に行った赤也をちらっと確認し、やっとか……と胸を撫で下ろす。
他のメンバー達がトランプをやっている声が何とも煩いが、この際気にしない。
そしてそっと幸村が桜華に目をやると、赤也に貰った飴を美味しそうに食べているところだった。


「桜華、それ美味しい?」

「うん!すっごく美味しいよ!後で精市も赤也に貰ったら?」

「そんなに美味しいんだ?気になるな……」

「じゃあ私から赤也に頼もうか?(自分で言うのが恥ずかしいのかな……?)」

「いや、その必要はないよ」

「?」


言うが早いか、桜華が言葉を発しようとした瞬間、隙をついて彼は彼女にキスをした。
軽いキスならまだしも、飴の味を確かめるという口実なのか、少しだけ舌も入れて。
そのいやらしさと羞恥心で思わず「んっ……」と唸る桜華だったが、その声はメンバーの笑い声にかき消されて幸村以外誰にも聞こえてはいない。


「ふぁっ……も、せーいちっ……!恥ずかしいよ……みんなにばれたらどうするの……?」

「気になったんだから、仕方ないだろ……?いけなかった?」

「だって……うう、もうこんな所じゃだめですっ……!(だって絶対にいつか見られちゃうっ……!)」

「残念。でも今のは桜華の食べてるのが美味しそうだったのが悪い」

「も、ばか……」


何時もの事ながら真っ赤にした顔で幸村を見る。
その顔でさえ幸村を楽しませているだけだなんて露知らず、彼に「可愛い」と言われ更に顔を赤くするのだった。


「せーいちずるい……私もう寝るっ……」

「あ、怒っちゃった?」

「怒ってないもん……」

「(ただ照れてるだけか)ごめんごめん……着くちょっと前に起こしてあげるからね、ゆっくりとおやすみ。ほら、俺の肩に頭を預けてもいいから……」

「うん、ありがとう……。おやすみなさい……」

「おやすみ桜華」


自分の肩に乗っている彼女の頭を優しく撫でると、おやすみ三秒、彼女はすぐに眠りについた。
目を閉じてすう……と寝息を立てながら眠っている桜華を見る幸村の表情は、彼女以外の誰にも見せないであろう愛おしそうな表情だった。
彼自身全く自覚がないようだが。


(やっぱり桜華の寝顔は可愛いな……授業中もたまに見るけど、こうして至近距離で見るのはより……)


幸村がそんな事を考えていると、すっと傍に来た人物が話しかけてきた。
彼は一瞬どきっとし、そちらに振り向く。


「精市」

「どうしたの蓮二?(桜華に夢中で蓮二がいるのに気が付かなかった……)」

「桜華は……眠っているのか?」

「少し前に眠ってしまってね。差し詰め今日が楽しみで昨日の夜なかなか寝付けなかったんじゃないかな?……あ、後ろに静かにするように言っておいて。桜華が寝てるからって」

「了解した。あと、桜華が眠れなかった理由はそれで合っているだろうな」

「ふふ、蓮二がそう言うなら確定だね」

「そういう所は小学生の頃から変わらないな」

「そうなの?」

「その頃も、遠足の前日は楽しみで眠れず、バスでよく眠っていたぞ」

「桜華らしいね」


小さく頷いた柳は、ふっと小さく笑みを零す。
同じ様に幸村も桜華の事を考えて笑みを湛えるが、柳の真意は別の所にあった。
彼は「やはり自分では気付いていないのだな」と呟くと、もう一度ふっと笑った。


「精市がその様な表情を見せるのは桜華の前だけなのだろうな」

「え……?」

「気になるなら鏡を見てみろ。今のお前の表情は頬が緩みきっていて何とも情けない……が、桜華の事が愛おしくて仕方がないという表情をしているぞ」

「!」


柳に言われてはっとした幸村は、完全に緩みきっていたらしい頬に慌てて力を入れた。
その様子がおかしくてまた小さく笑った柳に、「笑うなよ……」と言って恥ずかしそうに睨んだ。
しかし彼は全く気にしていない様子で、「それでは戻る、特に用事はなかったからな」と言って戻って行ってしまった。


「何だったんだ蓮二の奴……全く……(ああもう、恥ずかしいな……俺桜華といるとそんな顔してるの……?自分じゃ気付かないものだな……)」

「んっ……」

「あ、ごめん。起こしちゃったかな……?」

「けーきぃ……へへへ……」

「寝言?ふふ……夢の中でもケーキ食べてるの?本当に甘いものが好きなんだから……」


一度は力を入れた頬は彼女の寝言によって一瞬で力を失い、再びゆるゆるに緩み切った表情を見せる幸村。
しかしその事に本人は驚く程気付いていない様。
幸村は彼女が愛おしいと言った表情を湛えながら桜華を見つめ、そしてふわりと頭を撫でた。


(何で桜華はこんなにも可愛いんだろう……俺が桜華の事好き過ぎるだけなのかな?……でも幸せだな、こう言うの)


彼は心の中でそう呟きながら、一緒に少しの眠りにつく事にした。
彼女の隣でなら、いい夢を見られると思いながら。




バスは安全運転で走り続け、無事に時間通り目的地に到着した。
到着する少し前に幸村は桜華の肩をとんとんと叩き起こそうとしたが、どうやらかなり深い眠りに入ってしまっている様でなかなか起きなかった。
彼は考え、彼女の耳元でそっと「早く起きないと食べちゃうよ……?」と少し声を低くして囁いてみた。
すると瞬間、「た、食べちゃだめっ……!」と桜華が目を潤ませながら飛び起きた。
そんな面白い位の反応に、幸村はくすくすと笑いながら「おはよう」と声をかけるのだった。


そして現在合宿所前。
氷帝メンバーの姿が見当たらないので、立海メンバーはそこで待つしかなかった。
桜華は先程の起こし方にぷりぷりと怒っているらしいが、周りから見るとその怒っている表情ですらただ可愛いだけで全く持って意味をなしてなかった。


「精市の起こし方怖い……食べちゃうなんて……」

「はは、ごめんね。冗談だから(まあ、食べちゃいたいくらい可愛いって言うのは本当だけど)」

「むー……」


依然として納得していないのか頬を膨らませている桜華。
それすらやはりただ可愛いだけにしか見えない幸村にとっては、こういうのもたまにはいいな……と思うだけだった。


と、その時。


「待たせたな立海!」

「跡部っ……!」


後ろから聞こえてきた声に桜華は振り向く。
そこにいたのは跡部、そして氷帝テニス部の部員と思われる男子が数名。
氷帝の人達も何でそんなに美形揃いなんだろう……と、桜華はテニスは美形限定のスポーツなのだろうかと真剣に考え始めていた。


「遅れてすまなかったな。ジローの奴が遅れてきやがってよ」

「うーん…まだ…眠いC−……」

「(可愛い!……けど寝てる……?)」


桜華がじーっとジローと呼ばれた少年の顔を見ていると、急に目を開いた少年とばちっと目が合った。
びっくりして視線を逸らそうとしたが、瞬間先程まで眠っていた少年の表情が陽が差したように明るくなった。
それに驚くのも束の間、次には少年にぎゅうっと手を握られていた桜華。


「何何女の子がいるんだけど跡部ー!え、え、君誰だC!」

「(テンション高い!)えっと、立海男子テニス部のマネージャーしてます、二年の湊桜華です」

「桜華ちゃんかあ!俺芥川慈郎!同い年だよ!ジローって呼んでくれたら嬉しいC!」

「じゃあ、ジロー!これから合宿中よろしくね?」

「よろしくー!可愛い子がいてうれC−!仲良くしよーねー!」

「可愛いなんてそんな事ないよ……!(照れちゃうなあ……!)でも、仲良くしよーね!」

「うんっ!」


急にテンションの高くなったジローに一瞬怯んだものの、その明るさに桜華はいい人だ!とすぐに打ち解けた。
その後、氷帝テニス部員とそれぞれ自己紹介をする事になった。
全員、彼女に興味津津の様だ。


「初めまして桜華ちゃん。俺は忍足侑士や。何とでも呼んでくれてかまへんよ……あ、ちなみに同い年やからよろしく」

「関西弁だ……!かっこいい!」

「そか?惚れてもええよ?」

「ええ!?それはえっと……とりあえず大丈夫です!」

「はは、さよか(おもろい子やなあ……)」


忍足がくすくすと笑っている理由はいつものごとく分からないまま、桜華はその後の自己紹介を聞く事に徹した。


「宍戸亮、二年だ。まあよろしくしてくれ(女子がいるのか……緊張するなんて激ダサだぜ)」

「向日岳人!俺も二年だぜ!よろしくな!」

「滝萩乃介だよ、よろしくね。二年生だから気を使わなくていいよ」

「鳳長太郎です!一年生です!よろしくお願いいたします」

「日吉若一年……よろしくお願いします」

「樺地崇弘です……。一年生です。よろしくお願いします……」


他の氷帝生からも自己紹介を受けた桜華は、「こちらこそよろしくね」と言って皆と握手を交わした。
そこで彼女はふと気付いた。
樺地という名前にどこかで聞き覚えがあったのだ。


「(そういえば樺地って……)……あっ!もしかして前に跡部が一人で立海に来た時に名前呼んでた……!」

「!?」

「何やそれ……あ、もしかして跡部、樺地おらんのにまた呼んだんか?全く樺地依存症やねんからほんま」

「うるせえ忍足!桜華も余計な事言ってんじゃねーよ!」


くすくすと笑っている忍足に罵声を飛ばす跡部。
それは勿論事の発端である桜華にも飛び火する訳で。
跡部は「そう言う事は言わなくていい、分かったか?」と彼女に強く念を押すのだが、一方の桜華はと言うと、「跡部も可愛いとこあるんだね」と大爆笑していた。


「……ねえ、そろそろ桜華返してもらっていもいいかな?」

「えっ?……わっ!」


大爆笑している所を急に後ろから抱き締められたため、少し驚く桜華。
抱き締めた本人である幸村のその声は誰が聞いても苛立っている感満載だ。
彼女はそれに気付いたもののどうする事も出来ず、また、腕から抜け出す事も出来ずに彼にされるがままだった。


「せ、精市……?(絶対怒ってるよね……!?)」

「桜華がいつまでも氷帝の奴らといるからだよ」

「あのほら、自己紹介してただけだから、ね……?」

「それは分かってるけど。……嫉妬した。桜華が他の男とばかり話してるから」

「嫉妬……?」

「俺って結構すぐ嫉妬するみたい。桜華の事が好き過ぎるからかな」

「!」

「それに桜華は女の子なんだから、少しは危機感を持ってね」

「うん?」

「……男は皆、狼なんだから」

「?」


彼の台詞の意味をあまりよく理解していない様子の桜華。
しかしその光景を見ていた氷帝メンバー達は「なるほど」と頷いた。
どうやら二人の関係に気付いたようだ。


「何や桜華ちゃん、幸村と付き合ってんねんな」

「え?う、うん……!」

「まじまじ!?えー!悔しいC!」

「悔しい……?(悔しいって何だろう!?)」

「忍足、芥川……分かっているとは思うけど、桜華に手を出しちゃだめだよ?」

「さあ?それは約束出来へんなあ」


にやりと笑った忍足に、幸村ははあ……と深く大きな溜め息をついた。
学校に一人で置いておくと目も届かず危険なのでと彼女をこの場に連れてきたかったのは本当だが、連れてきたら連れてきたで結局ここも危険なのだと言う事を感じ、幸村は始まったばかりの合宿に不安を感じざるを得なかった。


「桜華ちゃん可愛Eからもっと仲良くなりたいC!」

「うん!私もだよ!沢山仲良くしてねジロー」

「俺も仲良くして下さい湊先輩!」

「こちらこそ!あ、苗字は呼ばれ慣れてないから……桜華でいいよ長太郎君」

「あ、じゃあ……桜華さん!」

「うん、それそれ!」

「全く…桜華の優しさにはたまに無性に不安になるよ……」

「?」


幸村の不安がる理由を分かっていない桜華は考えるが、「十四時から練習するぜ」と言う跡部の言葉によってそれはかき消されてしまった。
いよいよ、立海と氷帝の合同合宿スタート。




(桜華、氷帝の奴らには本当くれぐれも気をつけてね?)
(そんなに?どうして……?みんないい人だよ?)
(忍足とか跡部とか特に危ないから)
(跡部は分かるけど、忍足君は危なくないよ!関西弁かっこいいし!)
((桜華関西弁が好きなの初耳だな……)いいや、あいつも桜華の隙を狙って食べに来るかもしれないよ……?)
(え!?それは嫌だ……!)
((あ、やっぱりこれが一番効果あるな)なら、気を付けるんだよ?分かった?)
(はあい……)






あとがき

合宿のスタートです。
まだ触りなので、自己紹介程度で終わってしまいました。
次から本番ではありますが、そこまで合宿合宿するお話ではないかもです。
よろしければお付き合いくださいませ。