36 合宿本番
全員で昼食を食べ終え、予定通り十四時から練習が始まった。
初日と言う事もあり試合形式の練習はせずに、まずは手始めにランニングから、そして最後に軽い打ち合いをする事が両代表である跡部と幸村の相談の元決定した。
桜華はジャージに着替え、立海と氷帝全員のサポートをするためにドリンク等の準備に取り掛かっていた。
「桜華先輩!」
「あ、赤也。どうしたの?」
「準備早く終わったんで、桜華先輩に会いに来たんす!(と言うか、会いたくて早く終わらせてきたんだけど!)」
「ふふ、そっか!ありがとう(やっぱり赤也は可愛いなあ……)」
「何か手伝える事ないっすか?」
「え?あ、いいよいいよ!これは私の仕事だから」
「俺が手伝いたいんすよ!ね、桜華先輩!何でも言って下さい!」
「うーん……じゃあ、そこのタオル出してくれるかな?」
「了解っす!」
彼女から仕事を貰えた事が嬉しかったのか、満面の笑顔を浮かべ頷くと張り切って仕事に取り掛かる赤也。
そんな彼の姿を見た桜華は、こんな弟欲しいなあ……なんて考えながら優しい笑みを浮かべた。
(あ、そういえばドリンクの素どこにあるんだろ……?)
「赤也、私ちょっとここ離れるからタオルだけお願いしてもいいかな?終わったらそのまま練習に行ってくれていいから!あ、全部終わらせなくても大丈夫だからね?時間になったら遅れないようにい行くんだよ?」
「えー!桜華先輩行っちゃうんすか?」
「ごめんね、ドリンクの素がどこにあるか分からなくて……誰かに聞いてくるね!」
「はーい……」
赤也の寂しそうな表情に心苦しくなりながらも、練習開始まであまり時間がないためもう一度「ごめんね」と彼に謝罪し桜華は部屋を出た。
暫くうろうろと歩いていると、向こうから氷帝の一年生がやってくるのが見えた。
桜華は彼等なら何か知ってるかも?と思い、声をかける。
「あ、えっと……鳳君と日吉君だよね?」
「はい!どうしたんですか桜華さん?」
「ドリンクの素がどこにあるのか分からなくて……二人は知ってるかな?」
「ああ、それだったら俺知ってますよ」
「本当日吉君!?」
「ええ。……案内しますよ」
「わあ、ありがとー!助かるよ!(こんなにすぐ見つかるなんて……よかったなあ)」
にこっと桜華が笑いかけると、日吉は「ふんっ……」と小さく鼻を鳴らした。
最初は少しそっけない様にも見えたが、鳳が「あれ?日吉照れてる?」と余計な事を言ったため状況は一変。
更にそれに日吉が反応してしまったため、桜華は小さく笑いながら「日吉君可愛い」と思わず口にしてしまった。
「可愛くなんかないですよ……!それより、ドリンクの素でしょう?」
「あ、そうだった!じゃあ、案内よろしくね?」
「俺も一緒に行きます!」
「じゃあ、3人で行こっか」
「はい!」
鳳もついてくる事になり、三人でドリンクの素を取りに行く事になった。
合宿所である跡部の別荘はありえない位に広く、移動するだけでかなり体力を消耗する。
ここまで来るのにも結構歩いたため、桜華にとっては結構な運動だ。
テニス部の部員からしたらいい運動なのだろうが。
少しへばっている桜華を他所に、年下である日吉と鳳は流石テニス部というだけあるのか、疲れのつの字さえ感じていない様だった。
(うーん、流石テニスやってるだけあるなあ)
桜華は二人の体力に感心し、一人小さく頷いた。
暫く歩いていると、やっとドリンクの素があると言う部屋に到着。
その部屋を見て、彼女は目をぱちくりとさせた。
「あれ?ここって……」
「どうしたんですか?」
「さっきまでここにいたんだけど……何だ、ここにあったんだ!」
「ちゃんと探したつもりだったのに」と苦笑している桜華に、日吉は「しっかりして下さいよ」と溜め息をついた。
鳳はと言うと、可愛らしく「おっちょこちょいなんですね!」と笑顔を湛えながら言った。
図星の言葉を浴びせられ桜華はうっと詰まる。
(鳳君、笑顔でそれはずるくないかな……!?でも……)
赤也と同じ位可愛いなあ……なんて思いながら、彼女はさっきまでいた部屋の扉を開けた。
「あれ?赤也まだここにいたの?ごめんね、量が多かったかな?」
「あ!桜華先輩帰って……!?」
もう行ったと思っていた赤也がそこにいて桜華は驚く。
赤也は彼女の姿を見るや否や嬉しそうな顔をしたが、それは一瞬の事で。
桜華の隣にいる人物二人の姿を確認すると、すぐにむすっとした表情へと変化させた。
「何で氷帝の一年がいるんすか……」
「ああ、たまたま会ったからドリンクの素の場所聞いてみたら案内してくれるって言うから!結局ここにあったみたいなんだけどね」
「お前は確か、切原……」
「日吉だっけ?とりあえず桜華先輩から離れろ」
「は?何だよお前……俺はこの人を案内しただけだ。お前にそんな事を言われる理由はない」
「ちょっと日吉やめなよ!」
「何だと!?」
「ちょっともう、赤也やめなさい!」
今にも飛びかかってしまいそうな赤也に桜華は声を少し荒げる。
彼女の声に反応して幸い手は出さなかったものの、未だにじーっと日吉の事を睨んでいる。
一方の日吉も少し苛ついてはいる様だが、こっちの方が大人なのだろうか手を出したりする様子はない。
(今から一年生同士がこんなんで……合宿大丈夫なのかな……?うーん、心配だなあ……)
まだ練習すら始まっていないのに、こんな所で既にいがみ合いが勃発。
桜華はこの先二泊三日もある合宿のこれからを考えると不安で不安で仕方なくなった。
思わず小さく溜息を漏らすと、彼女の気持ちを読み取ったのか、赤也は不安そうに桜華の服を握りくいっと引っ張ると、視線を合わせてきた。
「桜華先輩……」
「赤也?」
「俺、迷惑かけてその……っ、すみません……」
「(え、どうしよう……!わわ、何か私も態度に出し過ぎだったかな……)私こそ溜息なんてついちゃってごめんね?でも日吉君とあんな風に喧嘩しようとしちゃだめだよ…?合宿始まったばっかりなんだし……あんまり酷いと帰らされちゃうかもしれないよ?(あり得なくないよね)」
「っす……」
「……ほら、じゃあ日吉君に謝ろう?ね……?」
「はい……!」
赤也は桜華に言われた通り日吉に謝った。
とてもぶっきらぼうであり、あまり気持ちは篭っていない様にも見えたが……とりあえずは謝るという事が大切だと、そこはあまり突っ込まない事にした。
それでも、「……でも、もう絶対桜華先輩に近づくなよっ」と一言多かったのは少し残念ではあったが。
するとそこに近付く足音。
誰だろうと視線をそちらに向けると、丁度目が合ったのは幸村だった。
「あれ?桜華……と、赤也も?氷帝の一年もここで何してるの?」
「精市どうしてここに?」
「桜華の姿が見えないから探してたんだ。練習の準備だろうなとは思っていたけれど」
「あ、ごめんね!そうそう、準備してたんだけどちょっと分からない事があって日吉君達に教えてもらってたんだ!赤也は手伝ってくれてたの」
「ふーん……」と言いながら赤也に視線を送る幸村。
赤也はびくっと震え、そして微かな身の危険を感じた。
「(何かすっげー嫌な予感がするっ……!)あ、あの幸村先輩……?」
「赤也、もうすぐ練習始るから行くよ?早く……ね?」
「…っす!(こええ!)」
「(赤也が怯えてるよ精市っ……!)」
幸村の言葉の本当の意味を本能で理解した赤也は、これ程かという位にこくこくと頷いた。
彼にはその言葉が「俺のいない所で桜華に近付くなんて……ね?いけないよね?」に聞こえたのだ。
それは幸村精市の桜華に対する独占欲そのものだ。
「せ、精市……?赤也に優しくしてあげてね……?別に悪い事をしてたわけじゃないから。むしろ手伝ってくれて助かったし……!」
「何言ってるの桜華。俺はいつでも優しいよ?ね、赤也」
「(どこがだよ……!さっき思い切り俺の事睨んでたくせにっ……!)」
「……赤也今何考えた?怒らないから言ってごらん」
「な、なんでもないっす!(怒らないとか絶対嘘!)」
「(この二人も先が思いやられるなあ……)」
桜華は彼等のやり取りを見ながら、そう感じざるを得なかった。
氷帝の二人も同じ事を考えていた様で、鳳は「大変そうですね桜華さん」と彼女を励ました。
この時、彼等の方がずっと大人だ……と心の中で呟いた桜華。
勿論こんな事、幸村には口が裂けても言えない。
彼女は今日何度目かの、これから大丈夫かなあ……と思うしかなかった。
暫くして、いよいよ立海と氷帝の合同練習が開始された。
その全員のサポートをする桜華は、休む暇なくあっちこっちと動き回る。
ちょこまかと動き回る彼女を見ていた両校のメンバー達は、その小動物の様な動きに心底癒されていた。
「みんな、ドリンク出来たよ!」
桜華の掛け声に先に集まってきたのは立海。
ぞくぞくと彼女の元に寄っては、その手からドリンクの入ったボトルを受け取る。
「ありがとう桜華。……うん、美味しいね」
「今更じゃが、ドリンク作り上手くなったの桜華」
「えへへ、そうかな?(嬉しい!)」
「疲れた時に丁度いい甘さですね。桜華、いつもありがとうございます」
「比呂士、これが私の仕事です!」
「うむ。桜華のサポートには感謝しているぞ」
「弦一郎どうした?その様な事を言うとは珍しいな……(データに加えておこう)」
「弦一郎に言われると何だか照れちゃうなあ」
「……ぷはあ!うめー!桜華ほんとサンキューな!やっぱこのドリンクがないとやる気でねーわ!合宿来てくれてマジよかったー!」
「あはは、ブン太ってば大袈裟なんだから!」
「本当の事だからな!(これだけでマジで頑張れるんだよなー……好きな子が作ってくれたドリンクとか最高じゃね?)」
そしていつもと違う土地での仕事に戸惑っていた桜華も、皆が美味しそうにドリンクを飲んでくれた事で少しほっとした様だ。
彼女は嬉しそうに微笑むと、「みんなありがとう」と一言お礼を言ってから言葉を続けた。
「みんなが頑張ってるの見てたら、私ももっと頑張らなきゃって思うよ」
「桜華も頑張ってくれてるよ。ちょこまか動いててそれだけで俺癒されてるし」
「それって褒めてる?」
「ふふ、すっごく褒めてる」
「(本当かな!?)あ、まだ練習あるんだよね!みんな無理せず頑張ってきてね!」
それぞれの「うん」や「おう」と言った返事を聞くと、桜華は次に来た氷帝メンバーにドリンクを渡した。
「みんな、ドリンクどうぞ!」
「おおきに桜華ちゃん」
「うーん!おいC!まじまじ桜華ちゃんのドリンク俺の好きな味!」
「そう?それはよかった!」
「うめえ……お前見た目によらず結構やるな」
「え、それどう言う事宍戸君っ」
「宍戸、そんなこと言ったら桜華ちゃんに失礼だろ?ごめんね桜華ちゃん……でもこれでも本人は褒めてるつもりなんだ、許してあげて?」
「い、いえ大丈夫です…!(滝君大人だ……!)」
「あー……氷帝にもこんなマネージャーがいたらよかったぜ」
向日が呟くと、桜華からそっけなく渡されたドリンクを飲んでいた跡部が「アーン?」と言いつつフッと笑った。
「桜華はそのうち氷帝に来る。安心しな」
「えー!マジマジうれC−!いつ来るの桜華ちゃん!?早く来てほしいC!」
「そうなん?……って、まあどうせ跡部が勝手にゆうてるだけなんやろうけど」
「だから氷帝に行く事はないってば!跡部いい加減しつこいよ!」
「そう言ってられるのも今のうちだぜ」
「いくら何を言われたって行きませんー!この間あれだけ言ったのに……!(それでも分かってくれなかったなんて……もうっ……!)」
「あ、あの喧嘩は駄目ですっ……!」
「あ、ごめんね長太郎君!あまりに跡部がしつこいからつい……!」
「アーン!?」
長太郎の声に反応した桜華は申し訳なさそうに謝ったが、責任の全てを跡部に押し付ける事は忘れなかった。
その事に跡部にまた反応したものの、彼女は軽くスルーして一年生組と話していた。
「でも俺、桜華さんが氷帝に来てくれたら嬉しいです!」
「ありがとう長太郎君!」
「……跡部さんに好かれているんですね」
「好かれてるんじゃないよ日吉君。いちいち突っかかられるだけ。毎度毎度喧嘩でもしたいのかなって思うよ……悪い人じゃないって言うのは分かってるんだけどね」
「(鈍感な人だ……あの人がこんなに女性と普通に話している姿何て氷帝じゃ見られませんよ。余程お気に入りなんですね跡部さん)」
「?」
「(鈍感なところも素敵です桜華さん!)」
日吉と鳳の心の声に気付く事なく、「みんなそろそろ練習の時間だよ!頑張ってね!」と明るく笑顔で言った桜華。
立海と同じ様に全員の返事を聞き満足したのか、桜華は再び自分の仕事に取り掛かり始めた。
その後も練習は続き、全ての練習が終わったのは十八時だった。
跡部家のコックが作った普通の合宿ではそうそう出ないであろうフルコース料理に、立海の面々は「うわあ……」と思わず声を漏らした。
一方の氷帝メンバーは慣れているのか、器用にナイフとフォークを使い黙々と食べている。
彼等の様子を見て、お金持ちってすごい……と誰もが思ったのは言うまでもない。
「精市上手に食べるね!私こういうの初めてで……どうも緊張しちゃうなあ」
「何度かこういう料理を食べた事があるんだ。それにほら、ここはレストランじゃないし緊張しなくても大丈夫だよ。桜華の食べたい様に食べればいいよ」
「(そうだ精市もなかなかのお金持ちだったんだ……!)流石精市……!……普通に食べたら笑われないかな?」
「ふふ、誰も気にしないよ。……そうだな、テーブルマナーはまた今度一緒に勉強するとして……大人になったらもっと雰囲気のあるレストランに二人で行こうね?」
「うんっ!」
桜華と幸村が食事中でも相変わらずラブラブな雰囲気を醸し出しているため跡部の機嫌は落ちて行く一方。
それを隣にいた忍足にからかわれてしまい、より機嫌を損ねるのだった。
その頃の二人以外の立海メンバーというと、真田がナイフとフォークの使い方に戸惑っているのを赤也がちゃかし怒鳴られていたり。
それを見ていた柳が「弦一郎、煩い」と冷たく言い放ち、落ち込む真田を柳生が慰めたり。
仁王とブン太はにやにやと傍観し、「頼むからややこしくするなよ」とジャッカルが二人に忠告しながら溜息をついたりと、何だかんだ賑やかな食事の時間となった。
結局その雰囲気のまま食事も終わり、自由時間。
桜華は跡部から「露天風呂もある。興味があるなら入ってみろ」と言われたため、わくわくしながら脱衣所に来ていた。
「露天風呂かあ……初めて入るなあ。て言うか別荘に露天風呂にって……本当にお金持ち過ぎて言葉も出ないよ……」
合宿所の広さといい露天風呂といい、全てからお金持ちの匂いがするこの場所に彼女は改めて跡部は本物のお坊ちゃまなのだと言う事を思い知らされた。
そんな事を考えながら彼女はぱぱっと衣服と下着を脱ぎ捨て、産まれたままの姿になったところで露天風呂への扉を開いた。
「わあ……ろてーん!!」
タオルも巻かず、扉を開けた瞬間叫ぶ桜華。
そんな事が出来るのは勿論今この場所にいるのは自分だけと思っているから。
でなければ恥ずかしい事この上ない。
「うーん……なんか露天って響きだけで気持ちいい!」
「………桜華?」
「え……?」
聞こえるはずのない声が聞こえた。
それは聞き覚えのあり過ぎる、彼女が大好きな声。
あまりの驚きに桜華はその場にただただ固まる事しか出来なかった。
(どうしてここにいるのっ……!?)
あとがき
とりあえず跡部は凄いんだぞ!という事をアピールするだけの話になってしまいました。
一連の合宿の話での本番は次回からになるかと思います。
よろしければお付き合いくださいませ。