41 お邪魔させていただきます



色々とあったものの、結果的には二人の絆を更に深める事になった二泊三日の合宿。
帰り際、桜華が氷帝メンバーと挨拶をした時には、全員に「氷帝に来て欲しい」と言われ戸惑った。
特に日吉は他メンバーが驚くほど彼女に懐いたらしく、「また会おうね日吉君」と微笑みながら言われた際には、顔を赤くしていたとか。
しかし跡部に至っては、「昨日のは貸しにしておいてやるよ」と桜華に言い残しバスへと乗り込んだ。


(とんでもない奴に借りを作ってしまったかも……)


彼女は激しく後悔する事になった。



そんな感じで彼等のゴールデンウィークはあっという間に終わり、中間考査も無事に全員赤点なしでパスした現在六月。
大会に向け一層練習が厳しく辛いものになっている最中。
何時もの様に皆で帰っていると、幸村は「そういえば…」と思い出したように口にした。


「どうしたの精市?」

「桜華に大切な事を言うのを忘れていたよ」

「?」

「今週末、俺の家に来ない?」

「「「!?」」」


桜華と幸村以外の全員が揃って驚いた顔をした。
思春期の彼等には、彼氏が彼女を家に誘うイコールいやらしい事をする……という等式でもあるようだ。
真田は合宿の際に二人が同じ布団で眠っていた事を思い出し顔を赤くした。
その反応に柳が「気持ち悪いぞ弦一郎」と辛辣な一言を浴びせたのは言うまでもない。

そんな外野の反応を他所に、桜華はうーんと唸っていた。


「行っても大丈夫なのかな……?週末って言ったらご家族の方みんないるんじゃ……」

「だからだよ」

「?」

「いや、母さんに彼女が出来たって言った時から連れてきなさいって言われてたんだよね」

「ええっ……!」

「忙しかったりでなかなか叶わなかったけど、母さんもそろそろ桜華に会いたいの我慢出来ないみたい」

「(すっごく恥ずかしい……!)」


幸村の言葉に桜華は大袈裟ではないかと思う程の反応を見せた。
あまりにも驚くので彼は少しびっくりしたが、とりあえず冷静にその理由を尋ねた。


「そんなに驚いてどうしたの?」

「せせせ、精市のおか、お母さん……!」

「そうだよ?」

「(いきなりお母さんなんて……緊張する!)あ、えっと……私なんか見ても楽しくないと思うよ……?」

「あはは、楽しいとかじゃなくて、やっぱり息子の彼女が気になるみたいだよ」

「そ、そっか……!」

「…無理かな?」

「無理じゃないよ!精市の家がいいなら是非お邪魔させてもらうねっ……!」

「ふふ、よかった。母さんもきっと喜ぶと思うよ」

「はは……!(やばいいきなり大変な事になった!)」


その日の帰り道は、必死に「精市のお母さんって甘い物とか食べられるかな?」や「やっぱりおせんべいとかの方が良いかな?」と幸村を質問攻めにする桜華がいた。
「そんな気を使わなくてもいいよ」と彼が軽く笑いながら言っても、「駄目だよこういう事はしっかりしないと!初めが肝心……!」と言って退く気配なし。

二人のやり取りを後ろから聞いていたメンバー達は一様に、何だそう言う事か……とほっとしたとか。






時が過ぎるのはあっという間で、今日は約束の週末。
部活が午前までだったため、桜華は一度自宅に戻り着替えてから幸村宅へ向かう事にした。
流石に部活に幸村家への手土産を持って行く訳にもいかないし、汗をかいたまま部屋に上がるのも失礼だと思いそうする事にした。
勿論幸村は「気にしなくていいのに」と一緒に行く事を促したが、桜華が断固拒否したため結局は家でまた、という事になったのだ。


「ああもうどうしよう、緊張し過ぎて死んじゃいそう……」


そして現在桜華は幸村宅へ残り僅かと言う距離まで来ていた。
ここまで来ると彼女の緊張はピークに達しつつあり、早まる鼓動を抑えるのに必死だ。
歩みも遅くなり、目と鼻の先の幸村家が遙か遠くの様に感じた。


「お土産持ってきたけどこんなのでいいのかな……。精市の家お洒落だしお金持ちだからなあ……こういうの食べ慣れてるだろうなあ……」


手に持っている紙袋を見やり、はあ……と大きく溜息をつく。
母親に頼み少し高価な菓子折りを買ってきてもらったのだが、それでも幸村家に渡す物だと思うとどうも物足りない様な気がして。
桜華のテンションは家に着く前から酷い落ち様だった。


憂鬱になりながらも、暫くして幸村宅の前に到着。
相変わらず綺麗で大きな家に感嘆を漏らしつつ、ゆっくりとインターホンを押す桜華。
チャイムの音が聞こえるとすぐにガチャと扉が開き、中から私服に着替えた幸村が出てきた。


「いらっしゃい桜華、待ってたよ」

「あ、えっと……」

「ん?」

「おじゃ、おじゃまします……!」

「ふふ、緊張し過ぎだよ。そんなに気を張らなくても大丈夫だから、リラックスリラックス」


あまりの彼女の緊張ぶりにくすくすと笑う幸村と、それに恥ずかしくなって俯く桜華。
少し可哀想かな?と彼は思いながら、「ほら、上がって?」と彼女の手を引くと、俯きながらだが小さく「うん」と言いそのまま家に入った。
その時桜華の手が小さく震えていたのに幸村が可愛いと思っていたのは彼だけの秘密である。


「ここがリビング。母さんは今ちょっと買い物に出てるけどもう少ししたら帰ってくるから」

「ううう、うん……!」

「まだ緊張してるの?」

「だって精市のお母さんだよ!?緊張しない訳ないよ!」

「別に普通だよ?それに、桜華前に少しだけ顔合わせた事あるでしょ?」

「そうだけど一瞬だったし……」


去年の中間考査の際、幸村宅で勉強を教わっていた桜華は、ほんの一瞬だけだが幸村の母親と顔を合わせていた。
一瞬の事ではあったが、その美しさは彼女の脳内にしっかりと刻み込まれていた。


「(精市は絶対にお母さん似だよね)……あ、そうだこれよかったらご家族の皆で食べて?大したものじゃないんだけど……」

「え?」

「お土産っていうのかな?そんな感じ……!」

「気にしなくても良かったのに」

「私が気にするから!」

「ふふ、そっか。ありがとう……母さんが帰ってきたら皆で食べようか」


幸村は紙袋を受け取ると、そっとダイニングテーブルに置いた。
ソファに座らされている桜華はそわそわと辺りを見回し、幸村家の豪華さと綺麗さに目を奪われていた。
色調の整えられた家具、見るからに高そうな調度品……しかしどれも決して嫌味に目立っている訳ではなく、お互いを引き立たせている様にも見える。
そんな自分の家とは全く違う光景に、彼女は目を奪われながらも内心楽しんでいた。


「桜華」

「?」


戻って来た幸村は桜華の隣に座ると、優しい声色で彼女を呼んだ。
何かと思い首を傾げながら彼の方を見た瞬間、少し傾く身体に驚く。


「せ、精市っ……!?」

「んー?」

「急にどうしたの!?」

「折角二人きりなんだし、いちゃいちゃしようかなって」

「(理由は可愛いんだけど……いきなりはずるいっ!)」


頭を優しく包まれ彼の肩に引き寄せられた桜華は身動きが取れず、ただドキドキとするしかなった。
幸村は更に彼女の頭にそっと自分の頭を軽く乗せた。
桜華はますますと慌てたが、「二人きりだから、今だけこうさせて……?」と甘く囁かれてはもう何も言えなくなる。


「こういうのもいいね……凄く落ち着くよ」

「わ、私は落ち着かないっ……」

「緊張してるんだ?」

「分かってるくせに……精市の意地悪」

「ふふ、俺が意地悪なのも知ってるでしょ?」

「うー……」


二人きりなのをいい事に、甘い雰囲気を堪能している幸村。
それに緊張しっぱなしの桜華。
しかし彼女も嫌がらないあたり、雰囲気に飲まれつつあるのだろう。


その時。


「ただいまー」

「あ、母さん帰ってきた」

「ええ!?……あ、ちょっと精市離して!」

「いーや」

「いーやじゃないってば!お母さん帰って来たんでしょ!?」

「ふふ、大丈夫大丈夫」

「(私は何も大丈夫じゃない……!)」


母親が帰ってきたにも関わらず桜華を離そうとしない幸村。
段々とこちらに近付いて来る足音。
桜華は身動きが取れないまま、ただただ顔を真っ赤にしているしかなかった。


「精市ー……って、あなた……」

「お帰り母さん」

「あ、えっと……!お邪魔してますっ……!(み、見られた!)」

「精市!あんた桜華ちゃんを離してあげなさい!」

「いいじゃないか別にこのままでも」

「……精市?」

「はあ……分かったよ」


母に言われ渋々桜華を離す幸村。
やっと解放されほっと胸を撫で下ろし、彼女は改めて「お邪魔してます」と幸村の母親に挨拶をした。
すると綺麗な顔に更に綺麗な笑顔を重ね、幸村母は落ち着いた声で「いらっしゃい」と返事をした。


「やっぱりあなただったのね」

「え?」

「精市があなたの事ばっかり話すからずっと気になってたんだけど……去年勉強しに来てた子よね?」

「あ、そうです!覚えてて下さったんですか?」

「勿論。凄く可愛い子だからよく覚えてたわ(それにあの精市が初めて家に連れてきた女の子だしね)」

「そ、そんな事ないです……!」

「でも何となくそんな気はしてたのよ。ふふ、あなたでよかったわ」

「?」


にこっと微笑みながら桜華を見た幸村母は、次には「お茶にしましょう?」と言うとキッチンへと向かっていった。
幸村が「母さん、桜華から貰ったお菓子があるから」と言うと、彼女は嬉しそうな表情をして「あら嬉しい。じゃあ皆で食べましょうか」と紅茶の用意に取り掛かる。


幸村母がキッチンへ向かった後、桜華は緊張から少し解放されふう……と小さく息を吐いた。
そしてちらっと隣にいる彼を見ると、小声で話しかけた。


「精市」

「ん?何?」

「家で私の話してるの……?」

「ああ、それは勿論……だって自慢したいじゃないか」

「変な事言ってないよね?」

「さあ?それはどうかな?」

「ええ!言ってるの変な事!?」

「桜華のご想像にお任せします」

「もうっ……!」

「本当に恥ずかしがり屋なんだから桜華は。……あ、そろそろ準備終わりそうだね。行こう?」


母がダイニングテーブルに食器を並べ出しているのを見て、幸村は彼女の手を引き立ち上がった。
キッチンの方に向かうと、「丁度お茶の準備が出来たところよ」と相変わらずの綺麗な微笑みを湛えながら言う幸村母。
目の前のテーブルに広がる自分の家では見る事の出来ないお洒落な食器やテーブルクロスに、桜華はただただ感嘆を漏らした。


「桜華ちゃんお菓子ありがとうね。凄く美味しそう」

「喜んでいただけたなら良かったです!」

「ふふ、ほら早速頂きましょう?桜華ちゃんも沢山食べてね」

「あ……はい!」


幸村母に促され早速一つお菓子を手に取り口に運ぶ。
甘いチョコレートがたっぷりと染みたケーキ。
口の中いっぱいに広がる甘さに幸せを感じ、桜華は幸村母がいる事を忘れいつもの様に頬を緩めた。

そんな彼女の幸せそうな表情を見た幸村母は、先程の綺麗な表情から一変。
突然と可愛らしい少女の様な表情へと変化させた。


「ああもう、桜華ちゃん可愛過ぎるわっ……!」

「!?」

「普通にしてても可愛いけど、甘いもの食べてる時の桜華ちゃんはもっと可愛い……!」

「だから言っただろ母さん」

「本当精市の言う通りね!でもあなたには勿体無いわ」

「(な、何の話なんだろう……!)」

「勿体無いってどういう意味かな?」

「ねえ桜華ちゃん?精市なんかが彼氏でいいのかしら……?」

「ええ!?えっと……」

「ちょっと、桜華に変な事聞かないでよ」

「だって精市少し気難しい所あるし……。表と裏が激しいのもそうだし……。桜華ちゃんにはもっとふさわしい人がいるんじゃないかと……」


幸村母は溜め息をつきながら言った。
母の彼女への質問に、息子である彼は不服そうな顔をしている。
そんな二人に板挟みにされている桜華は内心慌てふためきながらも、答えなければ絶対に解放されないであろう幸村家の雰囲気に緊張しながらもちゃんと答える事にした。


(素直な気持ちを言えばいいんだよね、うんっ……!)


「えっと……私、精市君の事が好きです!」

「!」

「だからその、付き合うとかそう言うのは精市君以外の人は考えられなくて……むしろ私なんかでいいのかなって思う方です。精市君学校では凄くモテるので……」

「桜華ちゃん……」

「だけど、精市君の事好きな気持ちは誰にも負けないと思ってます……!だからこれからもおばさまさえ良ければ精市君の彼女で居させて下さいっ!」


言いきった瞬間桜華はかあーっと顔を赤くして「ななな、生意気な事を言ってしまってすみません……!」と早口で言いそして頭を下げた。
彼女の言葉に一瞬ぽかんとしていた二人は、我に返るととても綺麗な綺麗な表情を湛えた。


「やっぱり精市には勿体無い!」

「桜華可愛過ぎるよ……俺はね、桜華が離してって言っても離すつもりは毛頭ないんだよ。だって桜華はずっとずっと、俺の彼女だからね」

「うんっ……!」

「こんな可愛い子が精市の彼女だなんて勿体無いって思うけど、でも良かったわ……私桜華ちゃん気に入っちゃった!」

「駄目だよ母さん、桜華は俺のだから」

「たまにはお母さんにも貸してね?」

「えー……」

「?(貸す?)」


幸村母の言葉にきょとんとしつつも、桜華はとりあえず幸村母に気に入られたと言う事に安心しほっとするのだった。





(桜華ちゃん、ほらもっとケーキ食べて!)
(はい、いただきます!)
(あーやっぱり可愛い!その幸せそうな表情堪らないわ……!)
(母さん、桜華で遊ぶのやめてよ)
(いいじゃない精市のケチ)
((精市のお母さんって綺麗なのに性格はすっごく可愛いなあ……))
(……桜華、俺も食べたいな)
(いっぱいあるよ?)
(あーんってして欲しいんだけど)
(!?)
(精市ってば本当母親が見てても構わないのね)
((ちょっとは構って精市……!))






あとがき

幸村家への恋人になってから初の訪問でした。
もう少し続きます。
幸村君のお母さんは、優しく綺麗で、そして可愛いと思っています。