43 再びの夏



今日は全国大会決勝試合が行われる日。
今年も順調に無敗で勝ち上がってきた立海は、会場傍にあるコートでアップを兼ねた打ち合い中。
立海の強さは依然変わらず、関東だけではなく全国の男子中学テニス部員達を震撼させた。
勿論、レギュラーには幸村・真田・柳の三強は健在。
試合に出るメンバーは、すぐそこに迫った決勝戦に向けて最後の調整をしているところだった。


桜華はコートの中にあるベンチの傍でマネージャーの仕事をしていた。
ドリンクを渡したりタオルを渡したり試合について話を聞いたりと、大忙しだ。
そんな中、先輩との打ち合いを終えた幸村が彼女に近付いた。


「桜華、ドリンク貰ってもいいかな?」

「どうぞ精市。……あ、ドリンク結構減ってきたなあ。もう一回作らなきゃ」

「大丈夫?俺も手伝おうか?」

「ううん、大丈夫!そこにコンビニがあった気がするから、ちょっと水買ってくるね!精市は最後の調整しっかりね!」

「分かった……もし何か困ったらすぐに連絡して?」

「はーい!ありがとう精市!」


桜華は元気良く返事をすると、ドリンクを作る水を買うためにその場を離れた。
幸村はコートを離れる彼を見つつ「大丈夫かな……」と心配そうにその後ろ姿を見つめていた。
何せ桜華は方向音痴。
すぐそこにあるコンビニと言っても迷う可能性がある程の重症なものだ。
しかしそんな心配をしている暇もなく眞下に呼ばれてしまい、幸村は返事をして呼ばれた方へと走っていった。





「えっと水水……っと。二リットル八本くらいあればとりあえずは大丈夫かな?」


何とか無事にコンビニへ到着する事が出来た桜華は、かごにペットボトルを入れた。
流石に重い、そう思うも頑張っている皆の事を考えるとそんな事も気にならなかった。
両手でかごを持ちレジへ行く。
店員さんの優しさで袋は二重になっており、彼女は笑顔で「ありがとうございます!」とお礼を述べる。
店員の優しい笑顔を見た後、桜華は八本もの水を持って会場に戻ろうとした。

しかし……


(お、重い……やっぱり重い……!)


やはり八本と言うのはかなりの重量。
中学二年生の女子が持つにはかなりきついものがある。
桜華は早く戻りたいと思いつつもそれは叶わず、少し歩いては休憩するという行動を繰り返していた。
それは思ったよりも時間を取るらしく、彼女はなかなか前に進めずにいた。

その行動をコンビニを出た辺りから見ていた人物が一人。
彼はゆっくりと桜華に近付くと、横に立ちそっと優しく声をかけた。


「なあ、大丈夫か?」

「え?」

「さっきから何度も立ち止まってるし……それ、俺運んだるわ」

「い、いやいいですよ!大丈夫です……!」

「大丈夫ちゃうから立ち止まるんやろ?流石にこの量は女の子にはきついで」

「でも、そんな初対面の方にいきなりは……」

「ええからええから、俺が運んであげたいんや……やから気にせんで、な?」


そう言うとその人物……正確には綺麗な顔の少年は桜華から袋を奪うと、よっと軽々と持ち上げた。
彼女はぽかーんとその様子を見ていたが、少年の左手を見て慌てて袋を取り上げようとした。


「どないしたん自分?あ、別に盗もうとか思ってへんよ?」

「違います!あなた左手に包帯巻いてるじゃないですか……!怪我してる人にこんな重たいもの持たせられません!」

「ああ、これな……大丈夫や、別に怪我してる訳やないから」

「?」


少年はくすくすと笑うと、「ちょっと訳ありやねん」と言って腕をぶんぶんと振った。
それを見る限り、腕に怪我があるとは到底思えない。
しかし、水が入った袋を持っているにも関わらずいとも簡単に腕を振るその少年の力に桜華は驚いた。


「なあ、これどこまで持って行くん?」

「あ、えっと……あっちのコートまでです」

「了解。っていうか、君の名前聞いてもええか?」

「湊桜華って言います。あなたは……?」

「俺は白石蔵ノ介や。大阪の四天宝寺の二年……桜華ちゃんはどこの学校なん?」


桜華はその名前と学校名に更に驚いた。
特に名前は聞き覚えがあるどころではなかった。
先程蓮二が散々と言っていた、四天宝寺の部長で一番の要注意人物……。


「(四天宝寺の白石君って……!)私は立海です、神奈川の」

「立海!ほんまに?」

「はい……私も今聞いてびっくりしました!まさか次の対戦相手の部長さんに会うなんて」

「俺もや……まさかマネージャーさんに会うとは」

「何か運命みたいですね」

「せやな。なんや、桜華ちゃん立海なんか……」

「……嫌ですか?」

「んなわけあらへん。むしろ可愛い子に会えてラッキーや」

「か、可愛くなんか!」

「そういうところがかわええ」


言うと白石は「なんやテンション上がってきたわ」と言ってニッと笑った。
桜華は、何でテニスやってる人ってこんな綺麗な顔の人ばっかり!しかも天然のたらし!と心の中で思いながら顔を赤くした。


「桜華ちゃん?」

「え?……あ、はい!」

「どないしたん?何や、顔赤いで?」

「(何だかすっごく見られてる……!?)何でもないです……!」

「そうか?て言うか別に敬語やなくてええよ、俺等同い歳なんやし」

「あ……そっか!」


桜華はつい同じ歳に見えない白石に敬語を使っていた。
彼は先程からそれが気になっていたらしい。
やんわりと指摘すると、桜華は小さくはっとした表情を浮かべ「ごめんね白石君!」と謝った。

白石は何故かキュンと胸が高鳴った気がした。


(何やめっちゃ今キュンってしたわ……びびった……)




そのまま話しながら暫く歩いていると、前から凄い剣幕で白石と同じユニフォームを着た少年が走ってきた。
凄いスピードだ……と桜華は驚く。
遠くに見えていたその少年が、まるで瞬間移動してきた様な錯覚に陥る程のスピード。

足の速過ぎる少年は二人の前で立ち止まると、キッと白石を睨んだ。


「白石!お前こんな所で何しとんねん!」

「おお、謙也やないか」

「おお、やないわドアホ!もうすぐ試合始るんやで!」

「ほ、本当ですか!?」

「……誰やこの子?」


けんやと呼ばれた男の子が桜華を見る。
金髪ではあるものの、整った顔をしているその男の子に睨まれるように見られ桜華は一瞬怯んだ。
彼女の様子に気付いたのか、白石は小さく「謙也、顔怖いで」と言って謙也の頭を軽く叩いた。


「った……。……あ、すまんな。別に睨んでた訳やないんやけど……」

「いえこちらこそすみません……!変に気を遣わせちゃって……」

「ええよ桜華ちゃん、謝らんで。で、謙也は何でここにおんねん。オサムちゃんから何か伝言か?」

「はあ!?さっきゆうたやろ!もうすぐ試合始まるて!」


先程の話を全くと言っていい程聞いていなかった白石に、謙也はキレかけた。
当の白石本人は全く気にしていない素振りを見せる。
そんな彼の隣でそわそわと「どうしようどうしよう……」と呟く桜華。
勿論彼女の心配の原因は、謙也の試合が始まると言う言葉によるものだ。


「桜華ちゃん、そろそろ行かんとヤバイんちゃう?立海やろ?」

「うんっ……!あ、ここからは頑張って水持つよ!ありがとう白石君!」

「ええよええよ、まだギリギリ時間あるし立海ん所まで持って行くわ。あ、謙也も手伝ってな?」

「なんでやね「な?謙也?」……はあ、しゃーないな」


白石を探しに来たはずが、敵である立海まで水を届ける事になった謙也。
桜華は謙也の心境を察し、「ごめんなさいご迷惑をおかけして……」と申し訳なさそうに謝った。
その時謙也の目には、少し潤んだ瞳、身長的に自然になる上目遣いで可愛らしく自分を見つめる彼女が映った。
女子からその様に見つめられた事がなかった謙也は、瞬間顔を赤くし「べべべ、別にかまへんよっ……!」と慌てだす。
桜華がきょとんとしているその隣で、謙也の反応に白石がプッと笑ったのは言うまでもない。




そして少し早足で、会場に到着。
そのまま立海のベンチまで行くと、案の定彼女を心配していた幸村が駆け寄ってきた。
表情はまだ心配と言っている様だ。


「桜華!すぐそこのコンビニまで行ってたんじゃないの?時間かかってるから心配したよ……」

「ごめんね精市、ちょっと色々あって……。あ、ありがとう白石君、謙也君!助かったよ!」

「かまへんよ。桜華ちゃんの役に立てたなら何よりや」

「せ、せや!こんな重いもん女の子が持ったらあかんよ!」

「……四天宝寺の白石?……と、どちら様かな?」


桜華の隣に立つ男二人に気付き、幸村は微笑む様に目を細めながら二人を見た。
幸村の笑顔は当然素直に笑っている訳ではなく、「俺の桜華に近付かないでくれない?」と言うメッセージが込められている。
白石は気付いているようだが、謙也は全く持って気付いていない。


「幸村君やないか!次の決勝戦、よろしくしたってな」

「それは勿論だけど白石。何で桜華と一緒にいるのかな?理由、聞かせてよ」

「精市、ほらもうすぐ試合なんじゃ……」

「いいから、まだ時間あるよ。……ね?白石とそっちの金髪の君?」


幸村は再び敵対心むき出しの笑顔と湛えた。
白石は「まあ大丈夫やろ」とへらっと笑って見せた。
その笑顔に、幸村への恐怖や敵対心は全く感じられない。
金髪の君として指摘された謙也はばっちり怯えているのだが。


「で、どうして一緒にいたの?」

「これや、これ」

「これ……?」


白石が手に持っている袋をよっと上に持ち上げる。
幸村はそこに視線を送ると、「水……?」と小さく呟いた。
その呟きが聞こえたのか白石は「せや、水や」と返事をし続けた。


「桜華ちゃんがこんな重いもん持ってて、何度も休憩しながら運んどったから気になってな。俺が声かけてここまで運んだ……っちゅー訳や」

「その横の金髪の君も?」

「お、おう!俺は白石迎えに来たらそのまま手伝わされただけやけどな……!(し、視線がめっちゃ怖いわ……!)」

「ふーん……」

「精市!白石君と謙也君は本当に手伝ってくれただけだからね?」

「そっか。……すまない二人共」

「別にかまへんよ。まあ、自分の彼女が男引き連れて戻ってきたらええ気せんやろうしな」

「ええ!?桜華ちゃんと幸村って付き合っとるんか……!?」

「何や謙也気付いとらんかったんか……見てたらすぐ分かるやろ」


白石は「謙也はほんまどっか抜けとるなあ」とくすくすと笑い、謙也の怒りを買った。
それを聞いていた幸村は「謙也君でいいのかな?……駄目だよ?」と威嚇し、怒りを露わにしていた彼を一瞬にして恐怖へと叩き落としたのだった。


「せや桜華ちゃん」

「?」

「これ、俺の連絡先……これも何かの縁やと思うし、これからも仲良くしてな?」

「白石君……?」

「蔵ノ介でええよ」

「白石?君は分かっていると思ってたんだけど?」

「ええやん幸村君、友達になるくらい。な、桜華ちゃん?」

「友達なら勿論……!関西の友達って初めてで嬉しい!」

「ほら、桜華ちゃんも喜んどるし」

「全く……本当に桜華は……」


はあ……と溜め息をつく幸村の横で、桜華は嬉しそうににこにこと笑っていた。
さっきは幸村から与えられるプレッシャーに対する恐怖で怯えていた謙也も、桜華が友達になってくれる事を知ると「お、俺もええか!?」とちゃっかり連絡先を教えていた。


「おしたり……謙也君?」

「せや、忍足謙也。謙也でええから!て言うかこの苗字一発で読めるん凄いな?」

「忍足って苗字の人もう一人知ってるよ!珍しいのに同じテニスしてるなんてびっくり!」

「もしかして名前侑士ちゃう?」

「そうだよ!謙也君知ってるの?」

「それ、俺の従兄弟や」

「従兄弟……!」


桜華は目を光らせた。
従兄弟と言う響きが妙に心くすぐったらしく、「そっか従兄弟かあ……!」と嬉しそうに謙也を見た。
その笑顔に彼はドキドキドキドキと胸を高鳴らせた。
俺どうしたんや……!と心の中で呟くも、答えは一向に出てこない様だ。


「桜華」

「精市?」

「もうすぐ試合だから白石達帰るって」

「あ、そっか……じゃあね蔵ノ介君!謙也君!」

「ああ、お互い力の限り戦おうなー!負けへんで王者立海!」

「ふふ、臨むところだよ。今年も立海の優勝は揺るがないけどね」

「ゆうやないか……流石は神の子」


白石は楽しそうに笑うと、未だ顔を赤くしている謙也を連れて行ってしまった。
姿が見えなくなると、幸村はぎゅうっと桜華を抱き締めた。
いきなりの事に驚いたものの、その腕が微かに震えているのに気付き彼女は何も言えなかった。


「……桜華」

「……精市、決勝頑張ってね。私ずっとここから応援してるから」

「うん、ありがとう」

「ドリンク、ちゃんと用意しておく!」

「ふふ、ありがとう」


幸村は羽織っているジャージを片手で軽く持ち上げると、それをブラインドにして桜華に一度キスをした。
隠していると言うものの、公衆の面前でのキス。
桜華が「わわわっ……!」と恥ずかしがっている中、幸村は悪戯っ子の様な笑みを見せ一言。


「おまじない……俺これでもう絶対負けないから」

「!」


そこで丁度眞下の号令がかかった。
幸村は軽く桜華の頭を撫でると、「行ってくるね」と胸を張って言った。
そんな彼の自信溢れる態度に彼女も答えるように笑って「いってらっしゃい!」と元気良く見送った。

幸村を見送った後、桜華は一度息を吐いた。
そして心の中で思う。
彼女が今一番望んでいる事を。


(今年も絶対立海が優勝!)





(精市)
(何?蓮二)
(……口付けるのはいいが、もう少し考えろ。隠すつもりなかったのだろう?)
(あ、ばれてた?)
(丸見えだったからな……見ろ弦一郎のあの動揺を)
(はは、キスだけで真っ赤になってるね、面白い)
(全く……桜華は見られてないと思っているようだが)
(それでいいんだよ。あれは桜華にこれ以上悪い虫がつかないようにけん制の意味を込めたんだから)
((桜華が不憫で仕方ないな))






あとがき

原作とは違う対戦校ですが、どうしても四天を出したかったので。
ここの幸村君はいつでも心配してるし、独占欲の塊の様。